↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/31

第30話 覚悟

――ドロテアの人形が、地下への隠し通路を見つけた。


「......ここ、なんか匂う」


俺は、弾かれるように、駆け出した。

錆びた扉を、押し開ける。


奥に、人影があった。

壁にもたれ、崩れ落ちている。


灯りを近づけて、最初に目についたのは――親父の左手の爪が、三枚、剥がれていることだった。


岩か何かを、掻きむしったんだろう。


なんでそんな、どうでもいいことに、気づいたのか。

自分でも、分からなかった。


「......親父」


肩を揺する。


「親父」


「......う」

薄く、目が開いた。


「......ルクラン......か」

声は、思ったより、はっきりしていた。

それが、逆に、怖かった。


「今、人を――」


「いい」


親父は、それだけ言って、目を、天井のあたりに、彷徨わせた。

何かを、探しているみたいだった。


「......水」


「......え?」


「水、あるか」


俺は、慌てて、腰の水筒を、口元に、傾けた。

半分ほどが、こぼれた。

親父の喉が、小さく、動いた。


「......ありがとう」

やけに、丁寧な言い方だった。


こんな時に、律儀に礼を言う親父を見て、なぜか、笑いそうになった。

笑ったら、駄目な気がして、必死で、堪えた。


「フェルゼンから、逃げてた」

親父は、天井を見たまま、ぽつぽつと、話し始めた。

「核を、狙われて。あちこち、逃げて」


「......喋らなくていい」


「聞け」

短く、遮られた。


「俺の核、お前が、継げ」


「......は?」


「頼み方が、分からなかった、ずっと」

親父は、視線を、俺に戻した。

「お前が、無茶するの、分かってた。でも、止め方も、分からなかった」


「......親父」


「不器用な父親で、悪かったな」


その言い方が、あまりにも、いつも通りだったから。

俺は、何と返せばいいのか、分からなくなった。


「......シアのことも」


「......何だよ、それ」


「いや」


親父は、そこで、言葉を止めた。

目が、また、閉じかけた。


「おい」


「......寒いな」


「......え?」


「ここ、寒い」


寒くなんて、なかった。


湿った、生ぬるい空気が、地下に、澱んでいるだけだった。

でも、俺は、何も言わず、自分の上着を、脱いで、親父の身体に、かけた。


「......ありがとう」

また、同じ、丁寧な礼。


「なあ、親父」


「......ん」


「まだ、行くなよ」


「......善処、する」

冗談めかした返事。

でも、声は、もう、ほとんど、息だけだった。


「......ルクラン」


「なんだよ」


「腹、減ってないか」


「......は?」


「厨房に、干し肉が、あったろ」


なんで、今、その話をするんだよ。

そう思ったのに、なぜか、涙が、出てきた。


「......あるよ」


「そうか。......それは、よかった」


親父は、満足そうに、そう言った。

それが、最後だった。


しばらく、名前を呼んだ。

何度も、呼んだ。

でも、もう、答えは、返ってこなかった。


俺は、その場に、座り込んだまま、動けなかった。

上着をかけたはずの、親父の胸は、もう、上下していなかった。

指先が、痺れていた。


何を考えればいいのか、分からなかった。


ただ、水筒の蓋が、開いたままなのが、やけに、気になった。

閉めなきゃ、と思った。

そんなことを、考えている自分が、少し、おかしかった。


俺は、震える手で、彼の胸元に残った、光る核を、拾い上げた。

口に含む。


身体の中を、何かが駆け巡る。

微かに、規則正しい音が、聞こえてきた。

時計の針が、刻む音のような。

これが、時の欠片。


俺は、水筒の蓋を、そっと閉めた。

それから、しばらく、暗闇の中で、座っていた。

やがて、通路の入り口から、光が差し込んできた。


「......ルクラン? 遅いから、様子見に――」

ロルフィの声だった。


灯りを手に、階段を降りてくる足音。

その足音が、途中で、ぴたりと止まった。


「......え」

ロルフィの視線が、俺の隣、動かない親父の姿に、注がれる。


「......そんな」


「......ロルフィ」


「噓、噓だよね......?」


ロルフィは、階段を、駆け下りてきた。

親父の傍に、膝をつく。


震える手で、頬に、触れた。


「......冷たい」

その一言に、ロルフィの目から、涙が、溢れ出した。


「......なんで」


「フェルゼンから、ずっと、逃げてたんだと」

俺は、掠れた声で、そう答えた。


「限界、だったらしい」


ロルフィは、何も言えず、ただ、肩を震わせていた。


もう一つの足音が、通路の奥から、近づいてくる。


ドロテアだった。

彼女は、その場の光景を見て、しばらく、動かなかった。


「......そう」


短い一言だった。

でも、その声には、いつもより、明らかに、力がなかった。


「私の人形が、もっと早く、見つけてたら」


「お前のせいじゃない」

俺は、すぐに、そう言った。


「誰のせいでもない」


ドロテアは、何も言わず、そっと、親父の胸元に、手を合わせた。


不器用な、祈りの形だった。

祈り方すら、うまく知らないみたいな。

でも、それが、彼女なりの弔いなんだと、分かった。


「......埋葬、する」

しばらくして、ドロテアが、そう言った。


「今は、それしか、できない」


「......ああ」

俺は、頷いた。


親父の亡骸を、三人で、崩れた王府の庭に、運んだ。

夕暮れの光が、土を掘る俺たちの背中に、長い影を落としていた。

誰も、多くを、語らなかった。

ただ、黙々と、手を、動かし続けた。

土をかけ終えたとき、空は、もう、暗くなり始めていた。


「......ルクラン」

ロルフィが、赤い目のまま、俺を見た。


「これから、どうするの」

俺は、左手の薬指――天の指輪を、見つめた。


そして、もう一方の手を、胸の上に、そっと当てた。

そこに、確かに、新しい力が、宿っているのが、分かった。


「行くよ」

俺は、静かに、そう言った。

「エイナを、迎えに」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。