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第28話 核を繋ぐ者

天の魔王の力で、俺はまた、崩れた王府へと送り返された。


「......おかえり」

ドロテアが、部屋の入り口に立っていた。

いつもの人形を、抱えたまま。


「......ただいま」


俺は、そう答えるだけで、精一杯だった。

まだ、頭の中が、うまく整理できていなかった。


「話、聞いてもいい?」


「......ああ」


俺は、崩れた椅子に腰を下ろし、あったことを、順番に話した。


天の魔王のこと。

無数の「俺」のこと。

23800という数字のこと。

親父を殺した分身のこと。


話しているうちに、また、胸の奥が、気持ち悪くなってきた。


ドロテアは、最後まで、黙って聞いていた。


「......そう」

話し終えると、彼女は、抱えていた人形を、そっと膝の上に置いた。


「......ドロテア?」


「考えてる」


「......何を」


「その、分身たち」

ドロテアは、人形の頭を、指先で、こつこつと叩いた。

「名前、あるんでしょ」


「......名前?」


「23800とか、18902とか」


「......ああ、番号だけど」


「それも、名前みたいなもの」

ドロテアは、あっさりと言った。

「名前があれば、核がある」


「......待てよ」

俺は、思わず、身を乗り出した。


「それ、お前の人形と、同じ理屈か」


「たぶん」

ドロテアは、頷いた。


「私の人形も、名前をつけた瞬間、ただの人形じゃなくなる。核を持つ」


「......分身も、同じなのか」


「わからない。でも、似てる気がする」

彼女は、そう言いながら、膝の上の人形の目を、じっと覗き込んだ。

「......核があるなら、繋がれるかもしれない」


「繋がる?」


「一時的に、乗り移る。それで、その時間軸の記憶を、覗く」


「......そんなこと、できるのか」


「わからない。やったこと、ない」

ドロテアは、正直に、そう答えた。

「でも、理屈は、通ってる」


俺は、しばらく、その言葉を、頭の中で転がした。


......分身に、一時的に乗り移る。

その時間軸を、覗く。

そして――戻ってくる。


「......それ、危なくないのか」


「危ない」

即答だった。


「戻れなくなるかもしれない。向こうの時間軸に、取り込まれるかもしれない」


「......それでも、やるしかないのか」


「やらなくてもいい」

ドロテアは、俺を、まっすぐ見た。

「私は、止めない。でも、勧めもしない」


「......お前らしいな」

俺は、思わず、笑ってしまった。

「危険だから、やめとけ、くらい言えよ」


「言っても、やるでしょ」


「......否定できない」


ドロテアは、それ以上、何も言わなかった。

ただ、膝の上の人形を、そっと撫でていた。


「......ドロテア」


「なに」


「手伝ってくれるか」


「......うん」


短い返事だった。

でも、その声には、迷いがなかった。


「材料、いる。あと、時間も」


「どれくらい」


「わからない。やってみないと」


彼女は、立ち上がり、部屋の奥にある棚から、いくつかの道具を取り出し始めた。


糸、針、小さな硝子瓶。

見慣れない、白い粉。


「......それ、何に使うんだ」


「核を、一時的に、繋ぐための道具」

ドロテアは、淡々と、それらを並べていった。

「私が、あんたと一緒に、あっちに行く」


「......え」

俺は、思わず、彼女を見た。


「お前も、来る気なのか」


「うん」


「危ないって、さっき言ったばかりだろ」


「言った」


「なのに――」


「あんた一人じゃ、繋ぐ作業、できない」


ドロテアは、道具を並べる手を止めずに、そう言った。

「私が、繋ぎ役をやる」


「......危険だって、分かってるのか」


「分かってる」

彼女は、顔を上げ、俺を見た。


その目には、いつもの、感情の読めない色があった。

でも――ほんの少しだけ、いつもと違う色も、混ざっていた。


「......エイナは、私にとっても、恩人だから」


「......恩人?」


「昔、助けられた」

ドロテアは、それだけ言って、また、視線を落とした。

「詳しいことは、言わない。でも、それだけは、本当」


俺は、何も言えなかった。

こいつが、こんな風に、自分から動機を口にするのは、珍しかった。


「......ありがとう、ドロテア」


「......別に」


いつもの、素っ気ない返事だった。

でも、その耳の先が、少しだけ赤くなっているのを、俺は見逃さなかった。


「......ロルフィにも、話しておかないとな」


「うん」


「あいつ、絶対、心配するだろうな」


「......うん」


ドロテアは、道具を並べ終えると、静かに、俺のほうを見た。

「準備、数日かかる」


「分かった」


「その間に、心の準備、しておいて」


「......お前が言うと、説得力あるな」


「私も、怖い」

その一言は、あまりにも、素直だった。

「でも、やる」


俺は、頷いた。


「ああ。やろう」


窓の外は、もう、夕暮れだった。

崩れた王府に、橙色の光が、差し込んでいる。


まだ、何も解決していない。

でも――少しだけ、前に進める気がした。


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