第27話 23800分の1の異類
「......ルル」
俺は、肩に留まっている小さな相棒に、そっと呼びかけた。
「うん」
「今の話、お前も聞いてただろ」
「......うん」
ルルの声も、心なしか、沈んでいた。
「なあ――」
「――おい」
近くにいた、傷だらけの分身が、怪訝そうな顔で、こちらを覗き込んできた。
「お前、さっきから、誰と喋ってるんだ?」
「......は?」
「独り言にしては、やけに具体的だけど」
「......ルルだよ。ここにいるだろ、肩に」
俺は、自分の肩を指差した。
分身は、その場所を、じっと見つめた。
......見つめ続けた。
「......何も、いないけど」
「――は?」
俺は、思わず声を裏返した。
「いるだろ! ここに! 青くて、小さくて――」
「悪いけど、俺には、何も見えない」
別の分身が、横から口を挟んできた。
「俺にも見えないぞ」
「俺も」
「俺だって見えない」
次々と、同意の声が上がる。
まるで、こちらが変なことを言っているみたいな、生温かい視線が集まってきた。
「......マジかよ」
俺は、思わず頭を抱えた。
「ルル、こいつら、お前のこと見えてないって」
「......うん、知ってる」
ルルは、あっさりと頷いた。
「僕、ルクランにしか見えない存在だからね」
「......え、じゃあ、こいつらの時間軸には、お前、いなかったのか?」
「んー、たぶん」
ルルは、腕を組んで、首を傾げた。
「僕が指輪から出られたの、たぶん今回が初めてなんじゃないかな」
「......初めて?」
「うん。だって、僕、ずっと出ようとしてたのに、出られなかったんだから」
その言葉に、周りの分身たちが、一斉にざわついた。
「......おい、待て。それ、羨ましいんだが」
さっきの傷だらけの男が、真顔で言った。
「俺の時間軸、話し相手なんて、剣も鎧もないような、絶望的な独り身だったぞ」
「俺なんか、指輪すら、いつの間にか失くしてたからな」
別の分身が、遠い目をして呟いた。
「......指輪?」
俺は、思わず、自分の左手を見た。
薬指に、天の指輪が、変わらず嵌まっている。
「お前ら、これ、なくしたのか」
「なくしたっていうか......そもそも、そんな指輪、貰った覚えがない奴もいるぞ」
「俺は貰ったけど、途中で誰かに奪われた」
「俺は、最初から持ってなかったな」
反応が、ばらばらだった。
......これも、俺だけなのか?
「......なあ、じゃあ、これは知ってるか」
俺は、恐る恐る、口を開いた。
「教会で、棺の中に、自分の死体を見たこと」
その瞬間、辺りが、しんと静まり返った。
「......は?」
「なんの話だ、それ」
「聞いたことないぞ」
分身たちが、口々に、困惑した声を上げる。
誰一人として、心当たりがあるような顔をしていなかった。
「......マジで、誰も知らないのか」
「知らないっての。そんな不気味な思い出、あってたまるか」
傷だらけの男が、露骨に顔をしかめた。
「お前、それ、本当に俺たちと同じ時間軸から来たのか?」
「......分からない」
俺は、自分の手のひらを見つめた。
指輪も。
あの棺の記憶も。
ルルのことも。
全部、俺だけが持ってるものらしい。
「......なんか、俺、お前らと、微妙に違うのかもな」
「不気味なこと言うなよ」
「同感だ」
分身たちが、揃って顔をしかめた。
その反応が、あまりにも息ぴったりで、俺は、思わず苦笑した。
こんな時でも、こういうところだけは、全員、俺なんだな。
「......え、待って。俺たちの中で、ルルと会話できてるの、こいつだけ?」
「そうみたいだな」
「なんだよそれ、ずるくないか」
分身たちが、急に、こちらをじろじろ見始めた。
なんだか、居心地の悪い注目のされ方だった。
「......いや、そんな目で見られても」
俺は、たじろぎながら、ルルのほうを見た。
ルルは、なぜか、ちょっと得意げな顔をしていた。
「へへー、僕、レアなんだ」
「レアって、お前......」
でも、その顔を見ていたら、なんとなく、さっきまでの重苦しい空気が、少しだけ軽くなった気がした。
「......なあ、ルル」
「なに」
「お前、本当に、俺の――今の俺の中でしか、存在できないのか」
「たぶん」
「じゃあ、絶対に、離すなよ」
「......え」
ルルが、驚いたように俺を見た。
「なんだよ、急に」
「いや、なんとなく」
俺は、視線を逸らしながら、そう答えた。
正直、うまく言葉にできる自信がなかった。
ただ――こんな場所で、こんな連中に囲まれて。
自分の顔をした、無数の「終わり」を見せられて。
それでも、今、隣で軽口を叩いてくれる存在がいることが、ありがたかった。
それだけだった。
「......ふぅん」
ルルは、しばらく俺の顔を、じっと見つめていた。
それから、にへっと笑う。
「まあ、いいけど。ずっと一緒にいてあげる」
「......恩着せがましいな」
「感謝してよね」
近くで、傷だらけの分身が、深いため息をついた。
「......くそ、俺のときにも、そんな奴、いてほしかったな」
「同感だ」
「切実に同感」
分身たちの、ぼやきが重なる。
その様子が、あまりにも間抜けで、俺は、思わず、少しだけ笑ってしまった。
こんな状況で笑うなんて、どうかしてるとは思う。
でも――笑えるうちは、まだ、大丈夫な気がした。
「......よし」
俺は、深呼吸をして、周りの分身たちを見回した。
「聞きたいことが、まだある」
「......まだ聞くのか、お前」
「当たり前だろ」
俺は、まっすぐ、前を見た。
「エイナを助ける方法が、知りたい」
その一言に、辺りが、しんと静まり返った。
やがて、誰かが、ぼそっと呟いた。
「......そんな時間軸、あったかな」
「さあな」
「聞いたことないぞ、そんなの」
不安げな声が、ぽつぽつと漏れる。
でも――
「一つくらい、あるかもしれないだろ」
俺は、そう言い返した。
「二万三千八百回もあれば」
分身たちは、顔を見合わせた。
そして、誰からともなく、探すように、辺りを見回し始めた。
その光景を、ルルが、俺の肩の上から、じっと見つめていた。
「......ルクラン」
「なんだよ」
「なんか、頼もしくなったね」
「......うるさい」
俺は、ぶっきらぼうに、そう答えた。
でも、悪い気は、しなかった。




