第24話 おかえり
夜、一人になると、いつもこうだった。
考えたくもないことばかりが、頭に浮かんでくる。
親父のこと。
宙に浮いていた、あの人形。
タタの、あの唸り声。
それから――ルルのこと。
そういえば、あいつ、いつの間にかいなくなったままだ。
あのときは、たぶんどこかに用事でもあるんだろう、くらいにしか思ってなかった。
急に姿を消す奴だし、そのうちひょっこり戻ってくるだろう、って。
......でも。
最近は、なんでか、あいつのことばかり考える。
タタが死んで。
親父もいなくて。
切られて、死にかけて。
そのたびに、頭の片隅で、ふと思うんだ。
――こんなとき、ルルがいたら、なんて言うんだろう。
情けない話だけど、あの馬鹿げた軽口が、無性に恋しかった。
俺は、ベッドに腰掛けたまま、無意識に左手の薬指に触れていた。
天の指輪。
もう、すっかり馴染んだ重み。
指先で、その表面をなぞる。
「......ルル」
気づいたら、そう呟いていた。
なんでその名前が出てきたのか、自分でも分からなかった。
ただ――なんとなく、そう言いたくなった。
その瞬間だった。
――カッ。
指輪が、眩い光を放った。
「......うわっ!」
俺は思わず目を閉じ、腕で顔を庇った。
光は、一瞬で収まった。
恐る恐る目を開けると――
ベッドの上に、青い小さな影が、力なく転がっていた。
「......げほっ、げほっ......」
咳き込む声。
聞き覚えのある声だった。
「......ルル!?」
「......っ、や、やっと......」
その青い生き物は、ふらふらと身体を起こした。
羽根が、ぐったりと垂れ下がっている。
「やっと、出れた......」
「お前、今までどこに――」
「ずっと、ずっと呼んでたんだよ!」
ルルは、涙目で俺に飛びついてきた。
「聞こえてなかったの!? 僕、ずっと中で叫んでたのに!」
「......中?」
「指輪の中だよ!」
ルルは、俺の胸元にしがみついたまま、そう叫んだ。
「あの日から、ずっと閉じ込められてたんだから!」
「――あの、医療室が揺れた日か」
「そう、それ!」
......そうか。
あのとき、ただの気まぐれで姿を消したわけじゃなかったんだ。
てっきり、いつもみたいに勝手にどこかへ行っただけだと思ってた。
「......ずっと、閉じ込められてたのか」
「そうだよ! 叫んでも、叩いても、誰も気づいてくれないし!」
ルルは、ぷくっと頬を膨らませた。
「僕、頑張って呼びかけてたんだからね。ルクラン、ルクランって」
「......全然聞こえなかった」
「知ってる。だから、余計悲しかった」
しゅん、と肩を落とすルル。
その様子に、俺はなんだか申し訳ない気持ちになった。
「......悪かったな、気づかなくて」
「べつに、ルクランのせいじゃないし」
ルルは、そう言いながらも、俺の指にちょこんと座った。
「でも――今日、急に、外に出れそうな気がしたんだ」
「......今日?」
「うん。なんでかは、分かんないけど」
ルルは、首を傾げた。
「たぶん、ルクランが名前呼んでくれたから、かな」
「......たまたま、口から出ただけだけどな」
「それでも、嬉しかったよ」
ルルは、にこっと笑った。
そのとき――
「――あら」
部屋の入り口から、聞き慣れた声がした。
振り返ると、そこにはエイナが立っていた。
腕を組んで、扉に寄りかかっている。
「まだ生きてたんだ、青ネズミ」
「......っ、エイナ!」
ルルが、ぱっと顔を上げた。
「僕はネズミじゃなくて、精霊だっての!」
「はいはい」
エイナは、興味なさそうに、ひらひらと手を振った。
それから、俺のベッドに近づいてきて、当然のように隣に座る。
そして、ルルにしがみつかれたままの俺の胸元を、じろりと見た。
「......ねえ、ルクラン」
「なんだよ」
「ちょっと、そのネズミくっつきすぎじゃない?」
「くっついてない、しがみついてるだけだろ」
「同じことでしょ」
エイナは、そう言いながら、ルルの尻尾を指でつまんだ。
「はい、離れて」
「な、なにするんだよ!」
「駄目、離れて」
「僕、今戻ってきたばっかりなのに!」
「知らない。ルクランは私の宿主だから」
にっこりと笑う顔は、いつも通り軽やかだった。
でも、その目の奥は、まったく笑っていなかった。
「......おい、エイナ」
「なあに?」
「お前、たまに本気で怖いんだけど」
「褒め言葉として受け取っとくね」
エイナは、悪びれもせずそう言うと、ようやくルルの尻尾から指を離した。
「......ちっ、相変わらず面倒な奴」
ルルが、ぼそっと呟く。
「聞こえてるよ」
「聞こえるように言ったんだよ」
「へえ」
エイナの笑みが、すっと深くなった。
「じゃあ、次はどこ摘まもうかな」
「ひっ......」
ルルが、慌てて俺の陰に隠れた。
俺は、思わずため息をついた。
......こいつら、相変わらずだな。
「まあ、それはそれとして」
エイナは、いつもの調子に戻り、俺のほうを見た。
「ルルがいなくなった日、指輪の中の力、急に不安定になったんだよね」
「......知ってたのか」
「知ってたよ。私も、原因までは分からなかったけど」
「......理由、分からないのか」
「うん。でも、今日、また落ち着いた」
エイナの声色は、いつも通り軽い。
でも、その「分からない」という一言には、珍しく、少しだけ引っかかるものがあった。
......こいつが「分からない」なんて言うの、珍しいな。
俺の陰から、ルルがひょこっと顔を出した。
「......まあ、原因はともかく」
「戻ってこれて、よかったよ」
「うん」
俺は、頷いた。
「それより、ルル。お前がいない間、いろいろあったんだよ」
「知ってる。指輪の中からでも、なんとなく、感じ取れてたから」
ルルの声が、少し曇った。
「......誰か、死んだでしょ」
「......タタだ」
「......そっか」
ルルは、目を伏せた。
「ごめんね、力になれなくて」
「お前のせいじゃない」
俺は、さっき自分が言われたのと同じ言葉を、そのまま返した。
ルルは、少し驚いたように俺を見て、それから小さく笑った。
「......ふふ、なんか、変な感じ」
「なにが」
「ルクラン、ちょっと逞しくなった?」
「......うるさいな」
エイナが、横で愉快そうに笑った。
「まあ、いろいろあったからね」
窓の外は、静かな夜だった。
久しぶりに戻ってきた小さな相棒は、俺の指の上で、大きく伸びをした。
「さて、と。積もる話は、山ほどありそうだね」
「......ああ」
俺は、久しぶりに、少しだけ肩の力が抜けるのを感じた。
まだ、分からないことばかりだった。
親父のことも。
あの人形のことも。
ルルが閉じ込められた理由も。
でも――今夜くらいは。
このまま、少しだけ、話をしていたかった。




