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私の中に住むあの女は、ヤンデレ魔王  作者: ミルクティー猫
第四章 タイムループ編
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第21話 怪物

鐘の音は、まだ鳴り続けていた。


「行くぞ」

俺は短くそう言うと、窓から身を乗り出し、指笛を吹いた。

風を切る音とともに、二頭の白狼が中庭に駆け込んでくる。

クク、タタ。


「......ドロテアは?」

ロルファが振り返って尋ねた。


「私は残る」

ドロテアは、窓の外を見つめたまま、静かに答えた。

「今は、行かないほうがいい」

その言い方には、何か含みがあった。

でも、今はそれを聞いている暇はなかった。


「分かった。何かあったら、すぐ呼べ」


俺たちはククとタタの背に飛び乗り、崩れた壁の隙間を抜けて、街のほうへと駆け出した。

風が、耳元でうなる。


黒い煙は、まだ細く空に伸びている。

近づくにつれ、微かに――金属がぶつかり合う音が聞こえてきた。


「戦ってる......?」

ロルファが、緊張した声で呟いた。


俺たちは白狼を止め、路地の入り口から、そっと様子を窺った。

広場の中央で、王府の兵士たちが、剣を構えて何かと戦っている。


――何かと。


俺は、目を凝らした。

兵士たちは、確かに何かに向かって剣を振るっている。


叫び声を上げ、後退し、また前に出て。

なのに――そこには、何もいなかった。


「......見えない」


「私にも見えない」


エイナが、俺の隣で静かに呟いた。

その声には、いつもの軽さがなかった。


「進んで大丈夫か」


「......分からない」

珍しく、エイナがそう答えた。


俺たちは、白狼から降り、慎重に広場へと足を踏み入れた。

その瞬間だった。

――兵士たちの動きが、一斉に止まった。


まるで、糸の切れた人形のように。

一人、また一人と、崩れ落ちるように地面に倒れていく。

音もなく。


「......え」

ロルファの声が、震えていた。


俺たちは、倒れた兵士たちの間を、そっと進んだ。

誰も、動いていない。

呻き声すら、聞こえない。

ただ、静寂だけが広場を満たしていた。


「......ルクラン」

ロルファが、俺の袖を強く掴んだ。


「あそこ」

俺は、その指の先を見た。


広場の中央――

宙に、何かが浮いていた。


人の形をした、それ。

まるで、見えない寝台に横たわっているかのように、水平に浮かんだまま、ぴくりとも動かない。

長い髪が、重力を無視して、ゆらゆらと揺れている。


「......なんだ、あれ」

声が、掠れた。


俺たちは、それ以上、動けなかった。


見てはいけないものを見ている――そんな感覚が、背筋を這い上がってくる。


――そのときだった。


浮かんだままの首が、ゆっくりと、こちらを向いた。

まるで、油の切れた人形のように、ぎこちなく。


「......っ」

俺は、息を呑んだ。


視線が、合った――気がした。

顔は見えない。

輪郭さえ、はっきりしない。

なのに、確かに――「見られている」と分かった。


次の瞬間。


何か鋭いものが、猛烈な速さで、身体を通り抜けていった。


――遅れて、痛みが来た。

いや、遅れて、なんて生易しいものじゃない。


一瞬にして、頭の中が真っ白に焼き切れるような、そんな痛みだった。

声にすらならなかった。

叫ぼうとした喉から、掠れた息だけが漏れる。


「――ッ、あ、ッ」

視界が、痛みでチカチカと明滅する。


身体のどこが、どうなっているのか。

考えることすら、痛みが許してくれなかった。

ただ、悲鳴じみた痛みが、全身を突き上げてくる。


膝が、勝手に折れる。

支えを失った身体が、地面に向かって倒れていく。

受け身も取れず、俺はただ、視界いっぱいに広がる石畳を見ていた。

耳の奥で、自分の悲鳴と耳鳴りが入り混じって反響する。


「――ッ!! ルクラン!!」

ロルファの叫び声が、割れるように響いた。


やけに、遠く聞こえる。

痛みだけが、やけに近い。


「......ぁ、ぐ......っ」

声を出そうとしても、まともな言葉にならなかった。

視界が、痛みと涙で滲んでいく。


「......ルクラン、ルクラン!」

誰かが、俺の名前を呼んでいる。


エイナの声、だろうか。

いつもの軽さが、どこにもなかった。


誰も、動けなかった。

広場を満たす悲鳴の中で、時間だけが、止まったように感じられた。


――低い、唸り声。

それを破ったのは、タタだった。

真っ白な毛を逆立て、牙を剥き出しにして、宙に浮くそれへと躍りかかる。


「タタ、待て――」

ロルファの声は、届かなかった。


一筋の風が、広場を横切った。

タタの唸り声が、ふっと途切れた。

それきり、何も聞こえなくなった。


痛みで霞む視界の端で、俺はそれを見ていた気がする。


――でも、もう、よく分からなかった。

痛みも、音も、色も、少しずつ、遠ざかっていく。

意識を保っているのが、限界だった。

最後に耳に届いたのは。


「......ルクラン......っ」

震える声で、俺の名前を呼ぶ、ロルファの声だった。


そこで、意識が、途切れた。

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