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私の中に住むあの女は、ヤンデレ魔王  作者: ミルクティー猫
第四章 タイムループ編
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第18話 王府の少女

王府が見えてきたのは、太陽が傾き始めた頃だった。


「......ルクラン、あれ」


ロルファが手綱を握ったまま、前方を指差す。


俺は白狼の背の上で、目を細めた。

見慣れたはずの城壁が――半分、崩れていた。


「......噂には聞いてたけど」

「実際に見ると、やばいね」


ロルファの声にも、いつもの軽さがない。


白狼はそのまま門をくぐり、崩れた石畳の上を静かに進んでいく。

門番の姿はどこにもなかった。

代わりにあったのは、焦げた跡と、まだ乾ききっていない血の染み。


「......誰かいますか!」

ロルファが叫んだ。


返事はない。

風が、割れた窓の隙間を抜けていく音だけが響いていた。


俺たちは白狼から降り、並んで城の中へ足を踏み入れた。


「親父......?」


自分の声が、やけに大きく聞こえた。

長い廊下を歩きながら、俺は何度も同じ名前を呼んだ。

返ってくるのは、いつも沈黙だけ。

使用人の姿もない。

まるで、時間が止まってしまったみたいだった。


「ルクラン、こっち」


ロルファが、父の執務室の扉を指差す。

扉は半開きのまま、力任せに壊されたような跡があった。


俺は息を止めて、中を覗き込む。


――誰もいない。


机の上の書類は乱れ、椅子は倒れたまま。

でも、争った跡はそれだけだった。

まるで、誰かが「何も奪わずに」出て行ったみたいに。


「親父の魔力核......持っていかれたのかな」

ロルファが小さく呟いた。


俺は答えられなかった。

答えを知るのが、怖かったから。


「とりあえず、他の部屋も見よう」


「......うん」


俺たちは執務室を出て、さらに奥へと進んだ。

静まり返った王府を歩くたび、胸の中に嫌な予感が積もっていく。


そのときだった。


――カタン。


かすかな物音が、廊下の先から聞こえた。


「......!」


俺とロルファは、同時に足を止めた。


「誰か、いる」


ロルファが小声で言い、腰の短剣に手をかける。

俺も無意識に、天の指輪を嵌めた手を握りしめていた。


物音は、突き当たりの部屋――確か、来客用の応接間から聞こえていた。


俺たちは息を潜めながら、そっと扉に近づく。

ロルファが俺を見て、頷いた。


三、二、一――


勢いよく扉を開ける。


「――ッ!」


身構えた俺たちの目に映ったのは。

窓際に座り込み、床に人形を並べている――小さな女の子だった。


年の頃は、十歳にも満たないだろう。

白い髪、白い肌。まるで生気を感じさせない、人形のような顔立ち。

着ている服は、この国のものじゃない。

見たこともない意匠の、黒いドレス。


女の子は、俺たちが部屋に入ってきたことにすら、気づいていないようだった。

ただ、床に並べた小さな人形の頭を、一つずつ、そっと撫でている。


「......だ、誰だ!」


ロルファが短剣を構えたまま、鋭く声を上げた。


女の子の肩が、ぴくりと動いた。

ゆっくりと、顔だけがこちらを向く。


赤い瞳が、俺たちを映した。


――でも、そこには何の感情もなかった。

恐怖も、警戒も、敵意も。

まるで、ただの景色を見るように、俺たちを一瞥しただけ。


「......」


女の子は何も言わず、また人形に視線を戻した。

そして、何事もなかったかのように、人形の髪を指で梳き始める。


「......おい、ロルファ。あれ」


「うん、私も見てる」


俺たちは扉の前で、しばらく動けなかった。


「あの子、魔王の手下かもしれない」


ロルファが、俺にだけ聞こえる声で囁いた。


「フェルゼンの......?」


「分からない。でも、この王府を襲った奴らの一味だとしたら――」


「うかつに近づくな、ってことか」

俺は頷いた。


短剣を持つロルファの手に、力が入っているのが分かる。

俺は天の指輪を意識しながら、女の子との距離を測った。


もし何か仕掛けてきたら――

そう思った、その時。


「......ねえ」


女の子が、ぽつりと呟いた。


俺たちは同時に身構えた。


「この子、名前ないの」


女の子は人形を一体、両手で持ち上げながら言った。


その声には、やっぱり何の感情も乗っていない。


「......は?」


「名前、ないの。だから、決めてあげないといけないの」


女の子はそう言うと、また人形をじっと見つめ始めた。


俺とロルファは、思わず顔を見合わせた。

......なんだ、これ。


拍子抜けした、というのが正直な感想だった。


「お前......ここで何してる」

俺は警戒を解かないまま、そう尋ねた。


女の子は、ちらりとこちらを見る。

「遊んでる」


「......誰の許可を得て」


「許可?」


女の子は、初めて少しだけ首を傾げた。


「そんなの、いらないでしょ」


「......」

会話が成立しているようで、どこかズレている。


こいつ、本当に敵なのか?


それとも――

「フェルゼンって奴、知ってるか」

俺は試しに、その名前を出してみた。


女の子の指が、一瞬だけ止まった。


......見た。


今、確かに反応した。

でも、女の子はすぐに何事もなかったかのように、人形を撫で続ける。


「知らない」


「......嘘つけ」


「知らない」


女の子は、同じ言葉をもう一度繰り返した。

抑揚のない、それでいてどこか頑なな声で。


ロルファが俺の袖を、そっと引っ張った。

「ルクラン、無理に聞き出すのはやめよう」


「でも」


「見た感じ、今すぐ襲ってくる様子はない。それに......」


ロルファは女の子を見て、少し表情を曇らせた。


「なんか、この子――普通じゃない気がする」


普通じゃない。

その言葉に、俺も同意せざるを得なかった。

殺気も敵意もないのに、どうしようもなく不気味な、この違和感。

まるで、目の前にいるのに、どこか遠くにいるような。


「......分かった」


俺は短剣を握るロルファの手に、そっと触れた。


「とりあえず、今は放っておこう」


「いいの?」


「親父を捜すほうが先だ。それに......」


俺は女の子をもう一度見る。

彼女は、もう俺たちのことなど気にも留めていないようだった。


ただ黙々と、人形の一体一体に、丁寧に名前をつけているように見えた。


――お前は、ハナ。


――お前は、リコ。


小さな声で、そう呟きながら。


「あれが本当に敵なら、こんな悠長なことしてる場合じゃない」


「......まあ、確かに」


「だから、しばらく様子を見る。何かあったら、すぐ知らせろ」


「了解」


俺たちは応接間の扉をそっと閉め、その場を後にした。


廊下を歩きながら、俺は何度も振り返りたくなる衝動を抑えた。

――あの子は、いったい何者なんだ。


フェルゼンの名前に、確かに反応した。

でも、それ以上のことは何一つ分からない。


......まあ、いい。

今は、それより優先すべきことがある。


「親父を捜そう」


「うん」


俺たちは崩れた王府の中を、再び奥へと進んでいった。

背後の応接間からは、女の子の小さな呟き声が、いつまでも漏れ聞こえていた。


――お前は、なんて名前がいいかな。

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