第17話 弟
一ヶ月後。
よく考えてみれば、特に何かあったわけじゃない。
ただ、この一ヶ月はなんだか平和すぎた。
まるで田舎暮らしを体験してるみたいだった。
……まあ、確かにそうかも。
もちろん、天の指輪は今も俺の手にある。
エイナも、俺の身体の中にいる。
まあ、忘れようとしても忘れられないんだけど。
「……親父、大丈夫かな」
俺は遠くを見る。
今の王府がどうなっているのかも分からない。
でも、いつまでもここに隠れているわけにもいかない。
だから、今日は帰ることになった。
王府のことも、どうやらもう落ち着いたらしい。
「しっかり掴まってて、ルクラン」
「うん」
ロルフィは白狼の背に乗り、俺ももう一頭の白狼の背に乗っていた。
俺たちは王府へ向かっていた。
森の中を走る白狼の風が、耳元を通り過ぎていく。
どれくらい走ったのか分からない。
俺たちは白狼を止めた。
「ちょっと休もうか」
「うん」
俺は白狼の背から降りて、ぐっと身体を伸ばした。
「あぁ……」
やっぱり、長時間乗ってると疲れるな。
ロルフィが水筒を取り出す。
「水、飲む?」
「うん」
俺は水筒を受け取って、何口か飲む。
森の中は静かだった。
聞こえるのは、風が木の葉を揺らす音だけ。
「なあ」
「なに?」
「こいつらの名前って何?」
俺は二頭の白狼を指差した。
「ククとタタだよ!」
俺は自分が乗っていた白狼を見る。
クク。
クク兄貴、かっけぇ~。
だって、本当にカッコいいんだもん。
「そうだ、自己紹介するの忘れてた!」
「は?」
ロルフィ、なんで自己紹介するんだ?
「『白狼の使者』ロルファ!」
俺は一瞬、反応できなかった。
こいつ、どう見てもロルフィじゃん。
絶対嘘ついてるだろ。
「ちょっと! なんでそんなに呆れた顔してるの!」
「いや、お前ロルフィじゃん!」
「実は私たち、身体を共有してるんだよ」
「嘘つけ!」
「じゃあ、ロルフィが白狼を召喚できると思う?」
確かに。
俺はロルフィと十年も一緒にいる。
ロルフィが白狼を召喚できるなんて、今まで一度も見たことがない。
「じゃあ、どうやったらロルフィに戻るんだ?」
「お前、なんかすごく嫌なこと考えてそうだな」
「俺が何を考えてるっていうんだよ??」
「この一ヶ月、ずっと私のことをいやらしい目で見てたじゃん!」
「でたらめ言うな……」
「そういえばさ、ロルフィとはどういう関係なの?」
「私はロルフィの弟!」
俺は一瞬固まった。
「……はははは!」
思わず笑ってしまった。
「お前、どう見ても女だろ。俺を馬鹿にしてんのか、小娘」
「だから身体を共有してるって言ってるでしょ! 人の話聞いてる!?」
……
こいつ、嘘をついてるようには見えない。
ってことは、こいつも俺の弟ってことか。
じゃあ俺、さっきこいつの胸で泣いてたの……
めちゃくちゃ恥ずかしいじゃん!!!
ダメだ。
兄としての威厳を取り戻さないと!
「信じない。ロルフィを出せるなら信じてやる」
ロルファはしばらく俺を見つめた。
「分かったよ。じゃあ、戻ればいいんでしょ……」
そう言うと、ロルファは袖をまくった。
そこには、青い紐でできたブレスレットがあった。
俺が覚えている限り、ロルフィのは赤色だったはずだ。
ロルファは白狼の毛を撫でながら、口でブレスレットをくわえて下へ引っ張った。
ブレスレットは外れたはずなのに――
俺が瞬きをした次の瞬間には、ロルファはもう袖を戻していた。
そして、白狼も消えていた。
「おはよう! ルクラン」
「お前、ロルフィだよな!」
「もちろんだよ」
「やっと……やっぱりロルフィが一番優しいな」
「何言ってるの! まさか、ロルファの奴、また何かしたの?」
「あいつの前で俺の威厳、全部なくなったんだけど!」
「そういえば、どうしてロルファのこと教えてくれなかったんだ?」
「ちょっと色々あってね」
まあ、いいか。
それより――
ロルファが天の指輪のことを知らないのも当然だ。
じゃあ、ロルフィなら覚えてるよな!
「これ、覚えてる?」
俺は無名指に嵌まっている天の指輪を見せる。
「わあ! すごく綺麗!」
ロルフィは指輪を見つめる。
「……でも、なんだか忘れちゃったみたい」
やっぱりか……
俺もだいたい分かってきた。
この指輪の能力って、人の記憶を忘れさせることなんだろう。
まあ、いい。
まずはロルファに戻ってもらおう。
そうすれば、白狼に乗って王府まで行ける。
「ロルフィ、先にロルファになってくれ。白狼に乗って王府まで行くから」
「分かった!」
そう言って、ロルフィは赤いブレスレットを手で引っ張って外した。
これで、またロルファに戻るはずだ。




