第15話 恋人
「……エイナ」
俺は指に嵌まった指輪を見つめる。
「まだいるか?」
『もちろんいるよ』
当たり前みたいに答える。
『ずっとあなたの身体の中にいるんだから~』
「……」
こいつの身体の中にいるって言い方、何度聞いてもマジで気持ち悪い。
もうエイナの存在には慣れた。
でも、身体の中にいるっていうのだけは、やっぱり慣れない。
『あ、そうだ』
エイナが突然、声を上げた。
『私、ちょっと面白いことを思い出した』
「何?」
『日の魔王って、覚えてる?』
「日の魔王?」
この名前……どこかで聞いたことがある。
いや。
正確には――
あの変態司祭がずっと口にしていた名前だ。
『この世界にはね、かつて最強の魔王がいたの』
エイナの声が、少し楽しそうになる。
『その名も、日の魔王』
「最強?」
『うん』
『この世界で一番』
俺は少し黙った。
「でも……そいつ、もう死んでるんだろ?」
『そうだよ』
エイナはすぐに答えた。
『もう死んでる』
「……」
俺は眉をひそめる。
「じゃあ、なんで今になってそんな話をするんだ?」
『だって……』
彼女は小さく笑った。
『日の魔王には、もう一つ面白い身分があるから』
「何?」
『天の魔王の恋人』
「……」
俺は固まった。
「恋人?」
『そうだよ』
彼女の声には、どこか面白がっているような響きがある。
『天の魔王が一番愛していた人』
俺は何も言わなかった。
ただ、必死に頭の中を整理する。
日の魔王は、もう死んでいる。
天の魔王の恋人。
それから……
教会。
葬式。
あのとき、天の魔王が俺に言ったこと。
そして――
棺の中で見た、俺自身の死体。
「……待てよ」
俺は勢いよく顔を上げた。
違う。
もし、これが全部繋がっているなら……
ふと、あのときのことを思い出した。
天の魔王が俺を見ていたときの目。
あれは、どう考えても知らない人間を見る目じゃなかった。
それに、あの教会。
あの葬式。
日の魔王の葬式。
「……そういうことか」
俺は小さく呟いた。
『分かった?』
エイナの声には、明らかに笑みが混じっている。
「天の魔王……」
俺はゆっくりと拳を握った。
「俺を日の魔王だと思ってるんだ」
『正解』
まるで子供を褒めるみたいな声だった。
「だから、あのとき……」
頭の中に、医療室の外から聞こえていた音が蘇る。
戦闘。
叫び声。
金属がぶつかる音。
それから……
あいつら。
「じゃあ、あいつら……」
俺は自分の手を見る。
「ただ医療室を襲いに来たわけじゃない」
『うん』
「俺を狙ってたんだ」
『その通り』
俺の魔力核が、ドクンと跳ねた。
「俺の魔力核……」
エイナは何も答えなかった。
でも、今度は俺にも分かった。
この世界では、魔力核を取り込むことで能力を受け継ぐ。
日の魔王の力。
最強の魔王。
そして、魔力核。
もしあいつらが、本当に俺を日の魔王だと思っているなら――
「俺の魔力核を狙ってるんだ」
『たぶんね』
エイナは相変わらず軽い口調だった。
『だって、日の魔王のものなんだから』
「……」
俺はベッドに背を預けた。
さっきまでバラバラだったことが、一気に繋がっていく。
どうして医療室が襲われたのか。
どうして父さんが突然、剣を手に取ったのか。
どうして俺に、ロルフィを探せと言ったのか。
それから……
どうして天の魔王が、俺の幻覚に現れたのか。
あいつにとって――
俺は、もう死んだはずの恋人だからだ。
「でも……」
俺は突然、眉をひそめた。
「もう一つある」
『ん?』
「天の魔王が言ってた」
俺は顔を上げる。
「俺は……死んだって」
エイナは答えなかった。
「でも、天の魔王が俺を日の魔王だと思ってるなら……」
俺はさらに眉を寄せる。
「なんであいつは、俺が死んだって言ったんだ?」
そこだけが、どうしても分からない。
もし本当に俺を日の魔王だと思っているなら――
今ここにいる俺は……
一体、誰なんだ?
「俺、ちゃんと生きてるのに」
俺は自分の手を見る。
心臓は動いている。
呼吸だって普通にできている。
「あいつ……」
思わず歯を食いしばる。
「俺をいったい、何だと思ってるんだ?」
『ふふ……』
エイナが突然、笑った。
「……何がおかしいんだよ?」
『別に?』
彼女の声には、どこか意味ありげな笑みが浮かんでいる。
『ただ……』
『どんどん面白くなってきたなって思って』
「全然面白くない」
『あなたにとっては、そうだよね』
「……」
『でも、私にとっては――』
エイナが一度、言葉を切る。
『すごく面白いよ』
俺は黙ったまま、自分の指を見る。
天の指輪は、まだそこに嵌まっている。
どうしてだろう。
突然、嫌な予感がした。
この件は……
まだ終わっていない。




