↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/30

第14話 白狼

「……私にいい考えがある」

ロルフィが突然、そう言った。


「何?」


「ここから出る方法」


それ以上、彼女は何も説明しなかった。

ただ、懐から一本の笛を取り出す。

それは、いかにも古そうな骨で作られた笛だった。


「骨笛?」


俺は一瞬、呆気に取られた。

これ……いつから持ってたんだ?


ロルフィは答えない。

そのまま笛を口元に当てる。


次の瞬間。

倉庫の中に、澄んだ笛の音が響き渡った。


「……」


最初は、彼女が何をするつもりなのか分からなかった。

だけど――


ドン!!


倉庫の扉が突然、勢いよく破られた。


「アオォォン――!」


巨大な白狼が、一頭飛び込んできた。


「うわぁ!」


俺は驚いて、一歩後ずさる。

続けて、もう一頭の白狼まで外から駆け込んできた。

二頭の白狼は俺たちの前で立ち止まり、身体をぶるぶると震わせて毛を整える。


「……」


俺は呆然と二頭を見つめた。


「ロルフィ」


「ん?」


「これ、何?」


「狼」


「狼なのは分かってるって!」


思わずツッコんでしまった。

こんなに大きな狼、俺だって見たことくらい――

……いや、こんなに大きい狼は、さすがに見たことない。

もしかして……魔獣?


まあいい。

問題は――

なんでこいつらが突然ここにいるんだ?


なのにロルフィは、まるで何もおかしくないみたいに、片方の白狼のところまで歩いていって、その毛を撫でた。


「久しぶり」


「アオ」


白狼が小さく鳴いた。


「知り合いなの?」


「うん」


ロルフィは笑った。


「私たちを迎えに来てくれたの」


「……迎えに?」


は?

俺がその意味を理解するより先に、ロルフィは白狼の背にひらりと跨った。

そして振り返る。


「ルクラン、乗って」


「俺も?」


「他に誰がいるの?」


「……」


俺は目の前の、普通の狼より何倍も大きな白狼を見る。

なんというか……。

今日起きたことが多すぎて、もう何が起きても驚かなくなってきた気がする。


まあいいか。

少なくとも――

歩くよりは速い。


俺ももう一頭の白狼の背に乗った。


「しっかり掴まって」


「うん」


次の瞬間――

二頭の白狼が同時に駆け出した。


「うわぁぁぁぁぁ!」


風が一気に顔に吹きつけてくる。

俺は反射的に白狼の背にしがみついた。


速い!

マジで速い!

木々や道、建物が次々と横を通り過ぎていく。

俺には、さっきまで起きていたことを考える暇すらなかった。

ただひたすら前へ。

どこにあるのかも分からない場所へ向かって走り続ける。


どれくらい経っただろう。

やがて、目の前の景色が少しずつ変わっていった。


さっきまでの張り詰めた空気が消えていく。

代わりに見えてきたのは、静かな小さな村だった。


「……ここは?」


俺は白狼の背に乗ったまま、その村を見渡した。


村はそれほど大きくない。

小さな家が数十軒ほど並んでいる。

道を歩いている人がいる。

子供たちは道端で遊んでいる。

遠くには、洗濯物を干している人の姿まで見えた。


叫び声もない。

戦いもない。

あの不穏な音も聞こえない。


何もかもが普通だった。

普通すぎて、逆に現実じゃないような気さえする。


「霜月村」


ロルフィが言った。


「ここなら安全だよ」


「……霜月村?」


俺はその名前を口にしてみる。

名前のイメージと全然違うじゃん。

今、真冬なのに雪なんて一欠片もないし。


俺たちはすぐに村の中で民宿を見つけた。

女将は、見るからに人の良さそうなお婆さんだった。

二頭の白狼を見ても、特に驚いた様子はない。


ロルフィ、たぶんここに結構来てるんだろうな……。


「二部屋お願いします」


ロルフィが言った。


「ちょっと待って」


俺は慌てて口を挟んだ。


「なんで二部屋?」


「だって、私たち二人でしょ?」


「……」


……まあ、確かに。


「でも……」


「どうしたの?」


「なんでもない」


もういい。

今の俺、本当にツッコむ気力すらない。


部屋の鍵を受け取って、俺たちは一緒に二階へ上がった。

部屋はそれほど広くない。

ベッドが一つ。

机が一つ。

それから、村の通りが見える窓が一つ。


俺は荷物を置いた。


「ふぅ……」


やっと休める。

俺はそのままベッドの端に腰を下ろした。

ここまで走り続けてきたせいで、身体はとっくに限界だった。


ロルフィは俺の部屋で荷物を整理している。

俺たちは、特に意味のない話をぽつぽつと続けた。

村のこと。

白狼のこと。

それから、これからどこへ行くか。


それにしても、こういうときのロルフィって、やっぱり頼りになるな。

いつの間にか、俺は外で起きていたことすら忘れかけていた。


そんなとき――


「ちょっと下に行ってくるね」


ロルフィが言った。


「うん」


扉が閉まる。

部屋に残ったのは、俺一人。


「……」


静かになって。

そこでようやく気づいた。


俺の薬指には、まだあの指輪が嵌まっている。

天の指輪。


俺はしばらくそれを見つめた。

そして、ゆっくりと拳を握る。


「……エイナ」


返事はない。


俺は目を閉じた。


「出てこい」


「……」


やっぱり返事はない。


俺は眉をひそめた。


「いるのは分かってる」


次の瞬間。

頭の奥から、小さな笑い声が響いた。


『ふふ……』


あの聞き慣れた声。

こいつ、絶対何か知ってる。


『どうしたの?』


エイナの声には、楽しそうな笑みが混じっていた。


『急に私に会いたくなった?』


「とぼけるな」


俺は歯を食いしばった。


「この指輪、どういうことだ?」


『指輪?』


彼女はわざとらしく言葉を伸ばす。


『どの指輪?』


「天の指輪」


部屋が数秒間、静まり返った。


そして――


『ああ……それのことね』


彼女は笑った。


『もう分かってるんじゃないの?』


「分かってない!」


思わず声が大きくなる。


「なんでこれが俺の指に嵌まってるんだ?」


『うーん……』


彼女は考えるような声を出した。


『なんでだろうね?』


「とぼけるなよ」


『ふふっ』


彼女の笑い声が、さらに楽しそうになる。


『怒ってるあなた、可愛い』


「……」


俺は大きく息を吸った。

こいつのペースに乗せられるな。


「ロルフィは、この指輪を覚えてない」


『へぇ?』


「これが何なのかも知らないって言ってた」


エイナは、まるで自分には関係ないと言わんばかりの声で言った。


『それなら、いいじゃない』


「どこがいいんだよ?」


『だって、これで指輪を彼女に返す必要がなくなったでしょう?』


「……何?」


『今はあなたの指に嵌まってるんだから』


彼女の声が、少しだけ柔らかくなる。

なのに、なぜか妙に嫌な感じがした。


『だったら、それはあなたのものよ』


「違う」


俺はすぐに言い返した。


「元々はロルフィのものだ」


『でも、今は違うでしょ?』


「……」


『それに――』


エイナがくすっと笑った。


『薬指につけてるんだから、すごく似合ってると思わない?』


「……黙れ」


『どうして?』


まるでわざと俺をからかっているみたいな声だった。


『私は綺麗だと思うけどな』


こいつ……ロルフィの真似までしやがって……!


俺は指に嵌まった指輪を見下ろした。

胸の奥が、妙に重くなる。


「エイナ」


『ん?』


「お前、いったい何をするつもりなんだ?」


今度は、すぐに返事が返ってこなかった。

数秒が過ぎる。

そして、彼女は再び口を開いた。


『私、何もしてないよ』

『ただ……』

『私、本当に何も知らないんだよ』


「……」


俺は呆然とした。


「知らないのか?」


『ふふ……』


彼女はそれ以上、何も説明しなかった。

ただ、不安を煽るような笑い声だけを残す。


『あなたも、そのうち分かるよ』


そして。

声が消えた。


「……」


俺は一人、ベッドの端に座ったまま。

その指輪を見つめる。


なんでか分からない。

ただの普通の指輪のはずなのに。

今では、それがまるで――

何かに取り憑かれてしまったみたいに感じる。


それに。

もう、これを外すことはできないような気がした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。