第11話 記憶
「ルクラン!」
医療室に、ロルフィの声が響いた。
「……?」
俺は顔を上げた。
ロルフィが、なんだか嬉しそうだ。
こんなに嬉しそうな顔をするのは、珍しい。
彼女は両手で何かを大事そうに握っている。
まるで子供が、他の子供に自慢したくて仕方ないみたいだ。
「聞いて! すごいもの買ったんだよ!」
「……すごいもの?」
「うん!」
ロルフィは嬉しそうに頷いた。
そして、持っていた小さな箱を取り出した。
青い布で包まれた、綺麗な木箱だった。
「これ、見て」
ロルフィが蓋を開ける。
中に入っていたのは――
指輪だった。
淡い青色の宝石が嵌め込まれている。
そして、その宝石の周りには――
見覚えのある模様が刻まれていた。
八角星。
「……!?」
これ……天の指輪?
なんで、ここにあるんだ?
いや、それより――
これには触れないほうがいい。
どうなってるんだよ……?
「これ……」
俺の声が、少し震えた。
けれど、ロルフィは俺の様子に気づいていない。
「これ、『天の指輪』っていうんだって!」
「……天の指輪」
やっぱり……。
胸の奥が、急にざわつき始めた。
あの教会。
あの棺。
その中にいた、俺の死体。
そして――
『――ようこそ』
『日の魔王の葬式へ』
「……」
息が重くなる。
苦しい。
「どうしたの?」
「……いや」
俺は視線を逸らした。
「なんでもない」
ロルフィは不思議そうに首を傾げた。
「これ、かなり珍しいものなんだって」
「……そうなのか」
「うん! 神様の加護まで宿ってるんだって」
あの狂った奴は――
やっぱり、神なのかもしれない。
なら、あの司祭は天の魔王だ。
神。
天の魔王。
あの女。
淡い水色の着物。
八角星。
「……」
頭の奥に残っていた記憶が、はっきりと蘇ってくる。
あの笑顔。
あの声。
「……っ!」
俺は無意識に胸を強く押さえた。
「ルクラン?」
「大丈夫だ」
「本当に?」
「ああ」
ロルフィは心配そうに俺を見つめていた。
でも、すぐにまた嬉しそうな笑顔に戻った。
「それでね、この指輪――」
そのとき。
俺は、ふと何かに気づいた。
「……待って」
「え?」
「その……」
俺は、もう一度『天の指輪』を見る。
「さっき、一緒に買いに行ったのか?」
「……?」
ロルフィが瞬きをする。
「ううん?」
「私、一人で買ってきたんだよ?」
「……そうなのか」
これ……どういうことだ?
おかしい。
俺は、ちゃんと覚えている。
ロルフィと一緒に街を歩いた。
店に入った。
そして――
天の指輪を見つけた。
触った。
そのあと――
教会。
葬式。
自分の死体。
あの女。
「……」
でも……
もし、あれが本当に起きたことなら。
なんでロルフィは何も知らない?
なんで、覚えているのは俺だけなんだ?
そもそも――
俺は本当に、あの店に行ったのか?
「ルクラン?」
「……」
「ねえ~、ルクラン~」
「……あ」
俺は顔を上げた。
ロルフィが、少し拗ねたように頬を膨らませている。
「またぼーっとしてる」
「ごめん」
「もう~」
ロルフィは小さく笑った。
そして、箱から『天の指輪』を取り出した。
「それより――」
彼女は指輪を俺の前に差し出した。
「これ、つけてみてよ」
「……俺が?」
「うん」
「なんで?」
「だって、すごく似合いそうなんだもん!」
ロルフィは、嬉しそうに笑った。
「ほら。手、出して」
「……」
俺は『天の指輪』を見る。
淡い青色の宝石。
八角星。
――これに触れたら。
また、あそこへ連れていかれるかもしれない。
あの狂った女がいる。
あの教会がある。
あの声が聞こえる。
それに――
自分の死体まで。
「……」
背中に冷たい汗が流れた。
「ルクラン?」
「いや、その……」
何か言い訳を考えないと。
なんでもいい。
とにかく――
もう、あそこには行きたくない。
「……まだ傷が治ってないんだ」
「え?」
「指輪をつけたら、傷に響くかもしれない」
「でも、指には傷なんてないよ?」
「……」
しまった。
俺、バカか?
「えっと……」
ロルフィが、じっと俺を見る。
「……もしかして、嫌なの?」
「違う」
「じゃあ、つけてみてよ」
「いや、その……」
俺は視線を逸らした。
「今日はやめておく」
「なんで?」
「……今は、そんな気分じゃない」
完全に苦し紛れの嘘だ。
ごめんな、ロルフィ。
ロルフィは少し黙った。
「……そっか」
少し残念そうに、『天の指輪』を見る。
「じゃあ、また今度ね」
「……ああ」
俺は小さく頷いた。
ロルフィは指輪を箱に戻した。
そして、蓋を閉じる。
――パタン。
また、声が聞こえた。
胸の奥から――
『……ふふ』
エイナの声だ。
『逃げちゃったね』
(……黙れ)
『あの指輪、嫌い?』
(……ああ)
『どうして?』
(……)
答えたくない。
こいつ、うるさい。
頭の中に、あの教会が浮かんだ。
棺。
その中にいた、自分の死体。
そして――
あの笑顔。
(……あいつとは、もう関わりたくない)
『ふふ』
エイナはそれ以上何も言わなかった。
ただ、すごく楽しそうに笑っている。
(なあ)
『なに?』
(お前、さっき逃げただろ)
『……はあ?』
(とぼけるなよ。あの女を見た瞬間、お前、精神の奥に逃げ込んだだろ)
『私が?』
(そうだよ)
『……』
エイナは、しばらく不思議そうに黙っていた。
(あのとき、めちゃくちゃ怯えてただろ)
『待って』
声の調子が変わった。
『私、そんなことしたの?』
(した)
『……本当に?』
(本当だ)
『……』
しばらく、沈黙が続いた。
そして――
『あはははは!』
エイナが突然、大声で笑い出した。
『何それ! 君が何を言ってるのか知らないけど、私が女を怖がって逃げたって?』
(いや、実際に逃げただろ)
『私、そんなこと知らないもん』
(……覚えてないのか?)
『覚えてない』
(……)
『だって、私があんなに怯えるわけないじゃん』
(でも――)
『あはは! ルクラン、寝ぼけてるんじゃない?』
(いや、絶対に逃げただろ)
『証拠は?』
(……)
『ほらね』
(……)
『私がそんな情けないことするわけないでしょ』
(……ふざけんな)
『私はいつだって堂々としてるんだから』
(じゃあ、なんで記憶がないんだよ)
『そんなの、私が知るわけないじゃん』
エイナは、あまり気にしていないようだった。
……本当に、知らないみたいだ。
俺は少し眉をひそめた。
――あのとき、あんなに怯えていたのに。
「……まあ、もういいか」
『でしょ?』
「でも、俺はちゃんと見たからな」
『はいはい~』
エイナは、適当に笑った。




