第七話「それからどしたの」
「いや、災難だったね」
翌日、レベッカ先輩から、休日にすまないという枕詞と共に呼び出しを喰らった俺たちは、生徒会室を訪れていた。
市の行政にすらある程度の発言権を持つ生徒会。その権威を表すが如く、その部屋の内装は豪勢だった。
とはいえ下品さはなく、落ち着いた雰囲気。高級品で揃えられてはいるが。
「まさか、精霊使いを狙う者がいるとは思わなかった」
「まあ。そうですね」
二人、ため息をついて席に座る。
スピカも続いてちょこんと隣に座った。
「わが校に対する不可侵...そんな契約すら守れんとは」
「ははは...。精霊とは”人類の脅威”に立ち向かうための戦力であり、人と共に歩む者たち。人と争うための道具ではない...ですか」
「ああ。600年前、人類が滅びの危機に瀕し、精霊と契約を交わして以来の盟約だ。”精霊を戦争に使ってはならない”とな」
そして、それを破り、国土から精霊が消え失せたのが件の華国である、とも。
「あの国はどうにも”人類の危機”は終わったと思っているらしい。未だ旧アフリカ大陸...”悪魔の国”は健在だというのに」
はあ。と深い溜息を吐き、レベッカ先輩は机に置いてあった資料を広げる。
「君の証言と、気絶していた保安官の証言をもとに調査したが、件の人物、およびそれに類似した人物は今のところ確認されていない。...そもそも、鉄仮面やサーコート、ギリ―マントのまま市内をうろついてるとも思えんが」
まあ。確かに。変に目立つ格好は目撃された後のことを考えてのことだったのかもしれない。
「ここはあくまでも精霊使いの養成所だ。精霊騎士の養成所ではない。軍事以外に付く者も大勢いる」
精霊使いにはいくつかの階級のようなものが用意されている。だがそれはあくまでも”騎士”となったものにのみ付けられるものだ。
精霊とはマスターと共に成長するものであり、生まれたばかりの幼年期、成長した成年期、そしてたとえ一生かかってもたどり着けるものは一握りとされる聖霊の三段階が定義されている。
精霊騎士以上は成年期から先であれば与えられる階級ではあるが、市井で働いている限りは等しくみな精霊使いのままだ。
そして当然、軍務についていない以上、その扱いは明確に”一般市民”である。
...そもそも”人類の脅威”に対するために育成される精霊騎士なども、攻撃すれば明確な国際条約違反なのだが。
「...ただ、彼らは精霊使いと戦争になった歴史がある」
「精霊を乱用した結果、己自身が人類の脅威とみなされた...でしたか」
俺が言葉を継ぐと、レベッカ先輩は頷いた。
「ああ。政情故に何とかその命脈を繋いでいたかの国も途絶え、遂に旧世界の国名が絶滅したわけだ。...実情は、どうやらそうではなさそうだが」
「...どういうこと?」
人間の政治に詳しくなさそうなスピカが疑問を挙げる。
「刷新したのは表向きだけで、裏では旧国の連中が巣食っているのだろう。アッシュ君が見たという”複製体兵士”は旧国時代の産物だ。それも、かなりの秘密兵器に当たる。クーデター後、敵対的に接収されたというには疑問が残る。確証はないが」
そのまますべてを受け継いだ、ということか。
...いや、その前に。
「...何でそんなこと知ってるんです?」
なんで旧国時代の秘密兵器の情報なんか持ってるんだこの人。
と半眼で問うと、当の本人はすまし顔。
「なに。親の脛は齧るものだろう?」
...。
確か、レベッカ先輩の実家...妃家は大家だ。それも、皇家と繋がりがある。だが、その内情は誰も知らないとも聞く。皇家と繋がりがある割に家業が随分としょぼいとかなんとか。
まさか暗部だったりするのだろうか。
こわいなぁ。
微妙な表情をするとレベッカ先輩は咳払いで誤魔化した。
「おほん。つまり、彼らにとってこの学園は国を滅ぼしうる兵器を生産する工廠となるわけだ」
なるほど。
「しかし、そうなると暗殺というのは」
「まあ、どのような影響を狙ったのかは知らないが、対象は自明だろ?」
「秋津麗奈」
俺ではなくスピカが答える。
「おお、正解だ」
意外そうな顔をレベッカ先輩が見せる。
「なによ。当然でしょ。木っ端を狙ってどうするってのよ。この私を狙ったというなら理解はするけど、情報が早すぎるし、そもそもあの鉄仮面が”罠の誤作動”とか言ってたし。何回か踏まれるだけで誤作動するような馬鹿らしい罠でいいというなら狙ってたのは先頭。露骨に前を張って目立ちたがるやつを狙ってる」
つまらなさそうに見事な推理を披露するスピカ。
いや、すごいな。探偵の才能がありそうだ。
「ま、そういうことだ。よって本人には護衛の強化を要請したんだが」
...だが?
「はっはっは、断られてしまってね」
ええええええ。
「何でよ、馬鹿じゃないの...」
スピカが思い切り頭を抱えた。
気持ちはわかる。
「ま、皇家と学院の伝統というものだね。この学院にはあまりSPやメイドの類は連れてこれないことになっている。具体的には一人まで」
ああ、何人か世話係を連れた金持ちがいるとは聞いたことがあるな。
「校則を皇女自らが破ってどうする...とのことだ。ま、彼女の付き人は私から見ても強者だ。とはいえ、今回のような限界がある」
.......。
スピカと二人、顔を見合わせる。
出会ってまだ三日目だというのに、考えていることが手に取るように分かる。これが相棒との絆ということなのか...それとも、嫌な予感というものは伝わりやすいということか。
「察しがよさそうで助かるよ。つまり、君たちに彼女の護衛を頼みたい」
そして、その予感は的中した。
残念なことに。
「そう嫌そうな顔をしないでくれ。ほら、美少女の護衛だ。プラスに...ああ、すまないね」
スピカが戦闘態勢を取ろうとしたのを見てレベッカ先輩が引き下がる。
「......嫉妬か?」
「うるさいわこの馬鹿!」
いててててて。
ちょっと伸びた気がする頬を抑えながらソファに座り直す。
「はあ。とりあえずこの話はなかったことにしてほしいんですが」
「そうよ。拒否。それ以外にないわ!」
だが、レベッカ先輩はにこにことした笑みを崩さない。
「いやね。正直な話を言うとこれは命令に近い話なんだ。それももっと上からの」
「上からの、って...」
学園長とも対等に渡り合える生徒会長が、明確に上、というということは。この学院の理事長。すなわち秋津国の国家元首のことを指す。
「ま、親心というやつさ。取り巻きが学生であれば校則違反にならないからね」
...まあ、事情は理解しないでもないが。
「...なら、なんで俺に鉢が回ってくるんです?もっと仲いいヤツくらいいるでしょうに。女子の方が都合がいいでしょうし」
そう返すと。
レベッカ先輩は初めて言葉に詰まった。
「...まあ、そう考えるだろうとは思ったよ。...言って良いのかな。うーん」
始めてみる困り顔。
...まさか。
「いないんスか、友達...」
恐る恐る問うと、困った顔のままにレベッカ先輩は頷いた。
「俺ですら数人は居るんすけど」
「まあ、うん。何しろ本人が仲がいいと思い込んでいた六人がアレでね」
「「あーーーーー」」
納得。
あれが元取り巻きだったのか。ご愁傷様。
「結果、相対的に一番仲がいい相手が君になるんだよね」
「いやどんだけ人望ないんですか」
肩を竦められる。
マジか。
「辛辣な物言いにはなるがこちらとしても想定以上にひどい状況でね。一瞬内部犯を疑うレベルだ。一応一国の姫だというのにあの嫌われようは私も驚いてしまう」
「...なんでですかね」
一応、スピカを馬鹿にされた以上と思い喧嘩を買ったが、そこを除けば騙されやすいところを含めそう悪い人物ではないと思うのだが。
「まあ、君は君で手いっぱいだった時期の話だからな。知らなくても仕様がないさ。...とはいえ部外が語る事情でもない。...一つだけ言うなら、彼女は悪くない、ということだけだ」
...そうか。
意外と苦労してるんだな、あいつ。
「それに、君が適任だと思う理由はもう一つある」
そう言ってレベッカ先輩が立ち上がる。
「君は護衛向きの人選だ」
優雅に、ゆったりとした足取りで、俺の隣、スピカの逆側に腰を下ろす。
「あまり良い気分ではないかもしれないが」
前置きし、つつ...とそのたおやかな指を俺の胸板に這わせる...。
...あの。
がちがちに固まってしまった俺に、くすりと笑い彼女は続ける。
「”家の力”を持って適任だと断じさせてもらった。”上”も了承している」
腕に伝わる何かが変形する感触には努めて意識しないようにし、それでも答えに窮し耐えていると。
「ちょっ、なにしてんのよ!」
ばっ、とスピカが先輩を引きはがす。...助かった。
「ふふふ。すまないね。人を揶揄うのが好きなんだ」
「悪趣味ね!」
...。おほん。
「家の力、ですか」
「すまないね。とはいえ生徒情報くらいは見る権限がある」
「まあ、隠していることではないですが」
「”砕賀・F・アッシュ”...。”フォード”。ありふれた名前ではあるが。最初知った時には驚いたよ。正直」
「ま、世間的には”いないことになっている”んですからね」
そもそも記録自体がほとんどない。知っていたら余程の”ファン”だろう。
スピカが首をかしげているが、説明は省かせてもらおう。
あまり語りたいことでもないし。
「兎に角そういうことだ。頼めるかな?...ああそうだ。ついでだが。これは皇公認の”業務”ということになる。給料も出るぞ」
がたっ。
「...食いついたな」
「万年金欠なもので。...いくつです?」
「日で...これくらいだ」
「...。千?」
「万」
「乗った!!」
すげえや皇家。
「...何よ急に」
「下手すりゃ毎日パフェが食えるぞ」
「乗った!」
似た者同士のコンビである。
「ははは。...あ、それからだが。授業に関する話をしておこう」
授業?何かあったっけか。
「君も知っての通り、この学院のクラス分けシステムは少々特殊だ」
「あー、初週は適当に教室に割り振って、二週目に本格的にやるんでしたっけ」
なお、クラス分けは下級過程から上級過程に上がる際の一度のみだ。
「そういうこと。つまり明日からだな」
ええと。
「話の流れ的に麗奈と同じクラスになるように手配した、とか?」
「それについては偶然だが元々一緒だった」
それはそれでなんか嫌だな。
「スピカの取り扱いだよ。流石に一人にするわけにも行かないだろう?」
「まさか、授業に出させるつもりですか」
「本人の希望次第だがね」
悪くない選択肢だ。
確かに一人にするのも不安があるし、そもそも日中男子寮に閉じ込めておくのも忍びない。
ついでに精霊である彼女が護衛中いるというのもプラス要素だ。
ただ。
「生後三日で高校の過程ですか...」
「あら、微分積分まではできるわよ」
「俺より先!?」
来年の範囲じゃねえか。すごいな精霊。
「...自習用のドリルくらいは用意するつもりだったんだが、驚いたな」
すこし唖然とした様子のレベッカ先輩。
多分俺も似た表情だ。
「いちいち社会常識を検索するわけにはいかないからね。最低限の”常識”は原書目録から習得したの。箸の持ち方で苦労したから、面倒臭がるのもダメだと思ってね」
「そんなことできるのか。学校いらずだな」
「一気に余計な事までダウンロードしちゃうと大変だから最低限、生活回りと教科書の内容だけよ。アンタが使ってた教科書を全部取っとく主義で助かったわ」
そういえば、捨てるタイミングを見失って小学校時代の教科書も取ってあったな。昨夜ガサゴソしてたと思ったらそんなことしてたのか。
「ま、そういうことで付いていけると思うわよ。実践とは違うかもしれないけれど」
「いや、君にそもそも学習の義務はないからな。授業中暇にならないか、程度の話だから問題ない。なさすぎるというくらいだ」
苦笑するレベッカ先輩。今まで苦労して覚えた内容が一晩で覚えたと言われてはな。
「まあズルよ。説明が面倒だから端折るけど、マスターの学習量にもよるし。意外と勉強はできる方なのね」
「社会科と化学は苦手だけどな...」
答えると、その辺は私も苦手になるわと帰ってきた。そこらへん引っ張られるのか。
不思議な話だ。
「っていうか意外とってなんだ意外とって」
「ほら、こういうのって「座学は苦手だ」っていうのが定番じゃない?」
いやいやいやいや。
「そんな一言のために馬鹿にはなりたくねえよ」
「そういえば君は理系志望だったか」
レベッカ先輩が思い出したように言う。
「そこまで生徒情報って書いてあるんですか」
「ま、まあね」
?
まあいいや。
「おほん。丁度麗奈君もそうなんだ。あちらは生物選択だが...さすがにそこまで付いて回れという気もない」
この学院では上級過程に上がった時点である程度の教科選択がある。クラス分けにはあまり影響しない要素だが。
「最悪私がついていけ、ってことね」
スピカが言うと、まあそうだと返答が帰る。ふむ。そうか。スピカは女子枠にもなるわけか。
考えたな、会長。
「つーか、本人の意向はどうなんです?護衛するにしても本人が嫌がったらどうにもならんでしょう」
露骨に視線を逸らされた。
「...会長?」
「...........。」
「この前夜にパフェを三つも食ってたことバラしますよ」
「何で知ってるんだ!!?」
だって俺その店でバイトしてるんだもん。
っていうかなんでそんなことしててその体型なんですかね。
パフェ好きの同士を見つけたスピカがキラキラした目をしている。
「おほん。...壁に耳あり障子に目ありとはこのことだね。まあ説得はしておくから安心したまえ」
「はいはい...」
前途多難な気はするが、頑張りますか...。
「...あ、それはそれとして」
「なんだ?」
気になっていたことを聞いておく。
「麗奈にレースのこと吹き込んだのは先輩だと聞きましたが...」
「...あー、しまった。ごたごたで忘れていたな...」
ばつの悪そうな顔をする先輩。
「いや、直談判に乗り込んできたうえ、あまりに強硬に主張するのでな。話題逸らしも兼ねて提案してみたら、ことのほか乗り気になってしまってね」
あー、なるほど...。
「まあ、たとえ君が負けていたとしても退学にさせる気はなかったよ」
勝ったわけじゃなく棄権ですがね。




