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第六話「人違い」

どん、という火薬の音と共に、麗奈とアマテラスは素晴らしいスタートを決める。


前方集団を避けるため、高度を上げて、爆炎を吹き散らしぐんぐんと加速していく。


俺はと言えば、最後尾をぱかぱか駆け出していた。


「...思い切りおいて行かれてるけど」


呆れた声が後ろから。


だがこれは作戦通りだ。


「大丈夫だ。簡易召喚でも、騎乗可能な精霊は結構な種類がいる」


それこそ俺ならドラゴン系も呼び出せる。


「だがあえてユニコーンを選んだんだ。この位置取りは合ってるのさ」


ユニコーンは加速は悪いが、スタミナに優れた精霊だ。何キロ走ろうとも疲れ知らず。

だから、ゆっくりと追い上げる走りが強いんだ。


「対して飛行系はスタミナが少ない。始めに前を張ってレースのペースを掴んでしまうのが定石となる。逃げと追い込みの関係だな」


つまり麗奈は教科書通りのレースをしているわけだ。俺もだが。


「ふうん」


ただし、初めに抜かないとは言っていないが。


手綱を振るう。


するとユニコーンは俺の要求に答え、ゆっくりと加速していく。


「...もう少し加速させても大丈夫そうよ」


「そうか?」


精霊の言葉だ。信じてみるか。

そう思い指示を出してみれば、中々良い加速で、少しづつ集団を追い抜いていく。

たしかにむしろ走りやすそうな雰囲気を感じる。


「さすがだな」


「当然でしょ」


ふむ。これだけでも連れてきた甲斐があったな。

二人乗りだし、序盤はもう少し加速が鈍るかとも思ったんだが。


有事の際に精霊が走り抜けるためにと広く作られた通りを、富士樹海に向けて走り抜ける。バイオ材料だか何かで気持ち柔らかめの舗装。蹄にも優しい。


「ほい、よっと」


手綱を捌き、並み居るライバルたちを避けていく。競馬で例えるなら追い込みだが差しよりの編成と言ったところか。まああちらとはだいぶ勝手が違うらしいが。


「綺麗に操るわね」


「この手の才能はあるらしくてね!」


馬も得意だ。一応。


ひひんと嘶くのを耳にとらえる。随分張り切ってるな!

簡易召喚には、大きく二つの学説がある。すなわち、召喚するたびに別個体になっているという説と、同じ個体を召喚し続けているという説だ。

俺は後者に賛成だ。何度も召喚しているうちに打ち解けているような気がしたからだ。

故に、今日の張り切り様は異様ともいえた。

スピカが関係しているのは間違いないが...。


ユニコーンが処女が好き、という迷信はとっくに否定されたそれだ。実際のユニコーンはあらゆる生物に平等な、潔白な性格をしているとされる。つまり、女だからというよりは、スピカだから、というべきなのだろう。


なぜかは知らんが、プラス要素を排除する理由はない。


ははは、最高だ!


調子よく、時折2ケツに驚かれながら樹海へと飛び込む。ダカラ、ダカラと小気味の良い蹄の音が森の中に木霊する。

このまま首位を独走しているであろう麗奈を目指して突っ走ろうと、手綱を握り直したその時。


あってはならないものを見る。


炎。


森に延焼させるのは当然ながらルールで禁止だ。しかし、炎を使う精霊であれば、その程度のコントロールは余裕。


つまり、眼前の炎は精霊自身が放つものだ。そして、常時炎を放ち続け、なおかつ騎乗が可能な精霊。


そんなもの、俺は一組しか知らない。


「あれ、例の雌じゃない?」


麗奈な。せめて名前で呼んでくれ。一応国家元首の娘だぞ。


...いや、問題はそこじゃない。


「マジかよ。ここはまだ後方組だぞ...!」


誇り高き鳳凰の、燻る様な尾の炎は。明らかな不満の色だ。


調子云々が原因ではない。その炎の隙間から状況を確認すれば、それはすぐに理解できた。


「あいつら...!」


その六騎は、スタート前に麗奈の陰口を叩いていた連中。

どうにも陰湿な彼女等だが、ついに直接手を下す気になったらしい。


このレースは、普通考えるそれよりも幾分か荒っぽい。

具体的には魔法を含むいくつかの妨害手段が認められているのだ。


とは言え許可されているのはあくまで目くらまし程度のもの。ちょっとぱちぱちと弾けるくらいだ。

だが、あれだけ密集して、それも連続で打ち込まれれば話は違う。態々顔面に向けて放たれるそれは、下手をすれば麗奈が振り落とされてしまうだろう。


それがわかっているアマテラスは、逃げようにも動けない。不満を表しつつも、甘んじて妨害を受けるしかない。


胸糞悪いが。

これはチャンスでもある。


見れば、彼女等は他の参加者には無頓着なようだ。彼らが横をすり抜ける分には咎めもしない。


いったいどれだけ麗奈に恨みがあるのか。いや、他の参加者も見ないふりをして駆けて行くあたり、それだけ麗奈が嫌われているということなのだろうか。


ともかく、俺が行く分には素通りできるはず。最有力優勝候補の麗奈がいなくなったレースなんて、メインディッシュのないコース料理のようなものだ。俺なら、絶好調のユニコーンなら余裕で勝てる。


「さぁて。どうするか...」


思案気に顎に手を当てる。...と、後ろから呆れた声。


「何がどうするか...よ。どうせもう決めてるんでしょ」


...はは、我が相棒は頼もしい。会って日も立っていないというに、以心伝心を感じるね。


「ほんと、長年ずっと一緒にいたような気がするよ」


「いたのよ。馬鹿ね。...やっちゃいなさい!それ以外にないわ!」


どうも何度か言っているうちに気に入ったらしいセリフと共に、その現象が起きる。


ユニコーンの体毛が薄ら輝いたかと思えば、ぐんぐんと加速していく。


マジか、もしや繋路盟約(リンクスキル)の一種だろうか。いや、スピカ自身の能力か。何かしらの強化をユニコーンに施したらしい。

だったら...そうだな。ああするか。


どかか、どかかと派手な土煙を上げ、胸糞悪い団子に追いすがる。


「くっ...なぜ...!」


背中、晒される悪意に困惑を浮かべている麗奈を一瞥し、俺は目的の”位置”に潜り込む。


「やってやろうぜ!ハイヤーっ!」


ぐん。異常なほど力強く、ユニコーンは地を蹴り飛び上がる。少し高度が出ていた彼女たちの、その高度を超えるほどに。


「何!?何なの!?」


驚く、六人衆のリーダー格っぽい金髪ウェーブ。は、正に悪役令嬢って感じの顔しやがって。


「はっはー!手綱さばきを間違えてね!出来損ない(シェリング)故に。笑って許してくれ給えよ!」


実は風を操る能力を持つユニコーン。命じれば浮かんだ体を邪魔する六騎の中心へと流す。


「きゃああ!?」

「いやっ、踏みつぶされる!?」


たちまち陣形は総崩れ。軒並み飛行系、翼を広げていた故か、軽く接触した彼女たちは、危険を感じた相棒(フェア)によって進路を逸らされ消えていく。

不時着したのを見るに復帰は絶望的だろう。

いやはや、実に胸がすく思いだ。


ちなみに、故意の接触はルール違反なので、突き抜けたルートはもし彼女たちが避けずとも当たることはないルートだ。


「なんのつもりだ!」


「友達のいないお姫様が哀れでね!」


適当に憎まれ口をたたいてから加速する。

麗奈は一瞬顔を赤くし、叫んだ。


「礼など言わんからな!」


暫く、樹海を疾駆する。

振り向いてもレーナとアマテラスはいない。ああなれば、今度は逆に、スタミナを温存して最後に差し切るしか活路はないからだ。


だが、それ故に油断はできない。

優等生たる彼女のことだ。追い込み戦術も完璧な完成度で行ってくるはず。


「こういう時は...むしろ前にいる方がつらいんだよな」


「いつ仕掛けて来るか分からないから...かしら」


そういうこと。であれば、微妙な位置にいるより先に抜けてしまえと、あえてペースを高めたのだが。


前にいるのは先頭集団。

差し掛かるはヘアピンカーブ。

アレを抜かせば俺がトップ...。


そう思った時だった。


突如として地面が爆ぜる。


「ぐわっ!?」

「きゃあっ!」


それなり以上の衝撃だったのだろう。簡易召喚が解除され、乗るものがなくなった鞍と、その上にいた俺たちが空中に放り出される。


不味い。


前述のとおりのヘアピンカーブ。

つまりは崖だ。

流石にここから二人分を浮かせられるような簡易召喚は不可能。

魔法の類も難しい。

地面への衝突は避けられない。


そう思い、必死にスピカを守ろうと引き寄せる。

が。

それは杞憂に終わった。


「掴まりなさい!」


頼もしい、甲高い声とともに抱き上げられる。


少女は俺ごとくるりと一回転し、崖上近くまで伸びた樹を蹴り付ける。


ぼんぼんぼん!と次々と。ゴムボールの様に木々を跳ねまわり、ずざざと地面に着地した。


「....お見事」


思わず賞賛を口にすると、今日だけでもう何度目か分からない呆れ顔。


「精霊、それも竜族を舐めないでよね。マスター(アンタ)は守られる側なんだから」


下ろしてもらい、苦笑いを浮かべていると、がさがさと茂みが震えだす。


「...誰!?」


スピカの誰何に、その影は答えない。


本来、樹海中に教師主導の保安部隊が展開している。となれば事故った俺たちの救出のために人が現れても不思議ではない。

しかし、不自然な爆発、早すぎるタイミング。普通ではない。


俺を庇う様にスピカが前に出ると、三つの人影が現れた。


一人は鉄仮面の男。やたら時代がかった格好だが、それを感じさせない不気味な雰囲気。残る二人はギリ―マント。体形がわかりづらいが...小柄な少女だろうか。


「いやはや。まさか罠が誤作動するとはね。やっぱり安物買いはよくなかったな」


仮面越し故にくぐもった声で男が苦笑する。どこか物腰柔らかなようで、人を見下したかのような声色。


「お前らか、アレの原因は」


そういうと、男はこともなげに頷く。


「ああ。まあね。ほら、精霊使い(きみたち)は銃弾程度じゃ死なないだろう?」


そう言って、懐から取り出した拳銃を撫でた。


精霊使いは死に辛い。それは確かだ。

繋路盟約(リンクスキル)は身体強化が基本で付いている。それは当然防御力も向上するわけで。

機関銃なんかはいざ知らず、拳銃ごときでは切り傷、軽い火傷くらいが関の山だろう。


「黒い星の刻印が入った拳銃...横流し品を持ったテロリストじゃなけりゃ、華国の連中か」


海を挟んだ大陸の国。確か...”世界で最も精霊がいない国”。それ故か、特に軍事に力を入れていると聞いているが。


「さあね」


ま、答えるわけがない。


「それにしても、まさかのモノが釣れた。...とはいえあまり関係ないか」


続く謎の独り言。

目的が推察通り暗殺なら、俺は間違って罠にかかったマヌケだが。ラッキーという口ぶりからして何かあるのだろうか。


「まあいいや。弐娘(アーニャン)。殺せ」


ビッ!


突如、ギリ―マントの片割れがナイフ片手に飛び掛かる。


驚き一瞬気を取られると、次の瞬間には残る二人はすでにいない。


「くっ!」


そのままスピカが前に出ようとするが、俺はそれを制止する。


「やめろ!毒だ!」


恐らく対象を崖上から突き落とし、その上で毒殺するつもりだったのだろう。ぬらりと妖しく光るナイフは、少しでもかすったら精霊ですらどうなるか分からない。


びたりと固まったスピカの代わりとなるべく前に出る。正確に首元に伸びて来るナイフの、その下。マントの隙間から覗く白い肌に手を添わせる。


掠らせれば勝ちなのだ。持ち替えようと指が動くその前に、俺はギリ―マントの懐に飛び込む。


「っ!?」


軍隊式格闘術。それも間違いなく華国で採用されている功夫を取り入れたもの。間違いなく特殊部隊員だろう。練度も高い。だが、こ(・)の(・)程(・)度(・)な(・)ら(・)!


ばちり。

減(・)速(・)す(・)る(・)視(・)界(・)。

掬い上げるように。ギリ―マントの裾野に手を当て投げ飛ばす。

訓練であれば受け身をとれるよう、手を離さないのが常識だが、今は実戦。手を放し、回転をかけてぶん投げる。


「がっ...哎呀(アイヤー)...」


一瞬地面にバウンドしたが、しかし直ぐに立て直される。

ちらりと聞こえた可愛らしい声は、やはり華国語を口走る。


「私の動き、なぜついてこれる。精霊使い、でもむり。それにその技」


おっと、小さな女の子といった感じなのに秋津語もいけるのか。優秀だな。


「さあな。一兵士だからって疑問の答えを待ってるだけなのはよくないぜ、自分で考えなきゃな」


「バリツ使う秋津人、知らない。バリツ、ぶりてんの技」


おっと、バレバレか。


だが答える義理はない。


「ちょっと、大丈夫なの!?」


毒ナイフに自分から行くとは思わなかったのか、あわてたスピカが割って入る。


「大丈夫。掠ってもない」


ちゃんとその辺も計算したからな。


「...未知の戦力。戦力計算。勝率、未確定。証拠隠滅のために自爆する」


...は?


「いや、ちょっとま...」


突如。何の脈絡もないギリ―マントの呟き。

嘘だろ、と固まる瞬間、スピカが俺に飛び掛かる。


爆発。


罠だったというそれより数段強い爆風が俺たちをミキサーの如くシェイクする。


直撃すれば俺は普通に死んでいたはずだ。助かったのはとっさに10m以上も跳躍したスピカのおかげと言っていい。


黒煙を上げる森の中、俺はふらふらと立ち上がる。


「嘘だろ。あんな躊躇なく自爆かよ...」


呆然と呟く。

捨て駒以前の扱いだ。

”勝てない”ではない。

”勝てないかもしれない”の時点で自爆しやがった。あんなの人の扱いじゃない。


「あれ、魔術的な複製体(クローン)の類だと思う。確かに肉体的には死んだみたい...だけど、本体の意識は別のところにあると思うわ」


不機嫌そう、というよりかは気分が悪そうにスピカが呟く。

精霊は魔法や魂に関することに敏感だ。彼女が言うのならそうなのだろう。ただしこの人型のものが粉みじんになる光景という気分の悪さは変わらない。


最悪だ。そうつぶやき視線を上げると、騒ぎを聞きつけた保安官と、初めて見る焦り顔と共に降りてきたレベッカ先輩が目に入った。

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