第八話「世間を知っているようで知らない女」
「...なんで!よりによって!キサマなのだ!」
顔合わせ。予想通りのセリフと共に俺は迎え入れられた。
「...相対的に俺が一番仲がいいって言われたぞ」
「ぐはっ!?」
喚き散らそうと立ち上がった麗奈が、そのまま吐血しそうな勢いで蹲る。
ぷるぷると震えている。
...ちょっとかわいそうかもしれない。
「いいんだ...未来の皇たるものに友人など不用...ぐすん」
「...あー、アイツらの話は...」
「...いろいろと”やらかしていた”ことが発覚して停学処分になったそうだ。私を隠れ蓑にして好き放題していたらしいな」
...そうなんだ。
何と言うか、不憫な。
「...じゃあ逆に何故お前を?わざわざ隠れ蓑を脱ぎ去ってどうするんだ」
「ほかに取り入るモノが出来たということだろう。二年の”彼”の話は聞いたことあるか?」
ああ、確か遥か地球の裏側、ケチュアから留学してきた王子か。相当な放蕩野郎とは聞くが。成程取り入りやすいだろうなそりゃ。
「そう言えばこっぴどくフッたとか言う話があったな」
そう言う恋愛模様に興味もない俺が知っている話だ。有名な話なのは間違いない。
「...面識もない上に国際情勢、外交力学も理解していない馬鹿の様な婚姻話に頷く筈もないだろう。あまつさえ側室扱いだぞ」
...それを恨んで、ってところか。馬鹿王子という情報は確度が高そうだ。
「...意外と大変なんだな、アンタも」
「...まあ、な」
額を抑えて溜息を吐く。まだ色々抱えてるんだろうなぁ。
「...その、なんだ」
と、急にもじもじとしだす麗奈。
「...なんだ」
なんだ、なんだ、って何が言いたいんだお前は。
「その...すまなかった。色々と」
そう言い、麗奈は勢い良く頭を下げた。
...。
「えらく素直だな」
「...私をなんだと思っているんだ。皇家たるもの己の失態の責任は取る!」
そうか。...そうか?
「正直、貴様が上級過程に進学出来た理由は...今でも少し腑に落ちんが。あの見事な手綱裁きを見れば納得は兎も角理解は出来る。それに、後追いにはなるが相棒が出来たのだ。あの時点で私の言い分は言いがかりに成り下がっていたのだ」
それに、と麗奈は続ける。
「他人の相棒を詰るなど精霊使いの風上にも置けん発言だ。さらには知らなかったとはいえ”産まれの事情”までを揶揄するなど。その相手から借りなど受けては本当は顔も合わせられん失態と言っていい。この軽い頭で済ませられるというなら何時間でも下げるとも。...少々、覚悟が出来る前に話が出てきたおかげで取り乱したがな!」
...ま、言い分は分かった。
「謝罪を受けよう。と言うのが作法かな。思うところがないでもないけど。あんたのことは別に嫌いじゃない。それに、雇い主と不仲じゃどうしようもないし。な、スピカ」
また聞きだというのに俺以上に腹を立てていたスピカに水を向ける。そう言えば静かだな...と思っていたら、いつの間にやらパフェを頬張っていた。
「ふぁふぇにへんひてね!」
「パフェに免じて赦すそうだ。...じゃない。何で食ってんだ」
呆れて問いただすと、口いっぱいの甘味を、まるで喜劇戯画の様にごっくんと飲み下す。パフェの原型が見えそうな勢いで。
「メイドに貰ったのよ」
そして帰ってきた簡素な答えに、はてと思ってスピカの背後を見ると。そこにはにこにこと既にお替りを用意した銀髪の女性。
「何をしているのだセレン...」
関知していなかったらしき麗奈が溜息を吐く。
セレンと呼ばれた彼女は、”本家”に行った時を思い出す本格的なヴィクトリアメイド。そのままモデルでもやれそうなバランスの取れた体形。柔らかめの顔に、ギャップのある銀髪ウルフカット。優し気な雰囲気だが、いざと言うときは頼りになりそうな感じがする。
今はパフェ魔人だが。
「うふふ、好物だとお伺いしていたので」
何処で聞いたんだ。恐ろしい女性だな。
「美味しいわよ!アンタの手作りとはまた違って」
「そりゃ家事のプロかつ高級食材に勝てる訳ねぇだろ」
そう言って麗奈に向き直る。スピカが口をと尖らせていた様な気がするが...。
食材のアップグレードは難しいぞ。お前質より量だし。
「彼女が付き人か」
「そうだ。...いやまて、貴様菓子作りなど出来るのか?」
そこで引っ掛かるのかよ。
「まあ一通り。昔取った杵柄ってやつさ。金欠だからさ、作った方が安上がりと言うか」
ふうん、と不思議そうな顔をした。
「貴様の産まれを考えるに、何故金欠なのが不明だが」
「...あー、その辺は聞かないでくれ」
そう言うと、そうか、と彼女はあっさり引き下がった。この辺は助かる話だな。生まれの様に既に広まっている話は兎も角知られていない話までぶちまける気にはならん。
「...だがそうか。現状貴様が最も仲の良い相手か...」
そして、落ち着いた結果またそこに思考が言ったのか。麗奈は机に突っ伏した。
...うん、まあ。
「俺も友達は少ないから...」
「ふぐう...情けを掛けるんじゃあない!”少ない”ではなく”いない”のだぞ!」
「悲しい反論をするなよ...少なくとも俺が、この仕事を受けている間はボッチじゃないだろ」
しょぼんとした顔は変わらなかったが麗奈は何とか立ち直ってくれた。
「そもそも対等であるはずの生徒に、護衛の仕事を頼むなど不本意だがな。...父の意向だ。娘の私としてはよろしく頼む、としか言えんな」
「ま、こっちとしても生活費...パフェ費がかかってるんでな。よろしく頼む」
手を差し出すと、一瞬ためらったものの、麗奈は握り返してくれた。
...線は細いが、騎乗系の精霊使いらしい、頼もしい手だった。
「...金の問題については正直良く分からんが、パフェは値が張るんじゃないか?」
「...色々作っては見たが...パフェには勝てなかったんだよ」
翌日。
正式なクラス替え後初めての授業は。
「...体育か」
「なんだ、実技トップの癖に嫌いなのか?」
幾ら歴史が積み重なろうと、出来た頃からほとんど変わりないという体操着。つまりは何の変哲もない白半袖と青い短ズボン。春先のちょうどいい気温の中、今更こんな格好かと思わなくもない。
尚そう言う俺に話しかけてきたのは麗奈だ。
事前情報どおり同じクラスの所属となった彼女は、白半袖は変わらないものの赤みが勝ったブルマを履いていた。
何でブルマなんだよと毎度思うのだが。教師陣の趣味であろうか。...まあ、そこら中で惜しげもなく晒された純白の太ももを見れば、よくやったと言いたくもなるが。
「武術訓練とかは兎も角、基礎体力作りは流石につまらない部類に入るだろ」
「そうか。私は余り苦ではないが」
真面目ちゃんめ。
はあ。と溜息を吐く。
原因は体育が云々と言うよりも、実際は周りからの視線。
麗奈のスタイルに体操着とブルマという格好はいっそ扇情的とすら言っていい。黒髪が彩る顔も添えれば旧国家時代より伝わる伝説の存在が如くだ。
だが、彼女に向けられる視線は侮蔑、嫌悪のそれ。
奇異の視線は俺が共にいるからだろうが。
一体何をやらかしたらこうなるんだとすら思うものだ。
「...お前、この中で生活してるのか」
「...?」
...成程。このお嬢様は人の悪意と言うモノをあまり知らないらしい。
何となく仲良くなれない相手だとは思っているが故、孤立している自覚はあるようだが。
皇女でも無かったら虐められてたんだろうなぁ。
はあと視線を落とせば、その裾と言うモノが存在しない格好が故にほぼすべて露わとなった、むっちりとした太ももが目に入る。
確りと鍛えられた筋肉の上を柔らかに覆う脂肪。健康的な太さを持つそれから思わず視線を逸らす、と今度はスピカが目に入る。
「........」
じとお、とこちらを見る彼女の体操着は...はっきり言って、ぶかぶかだった。
「なんでよりによってアンタの体操着なんか...」
「私としては寧ろそちらが羨ましいがな...」
胸に付いたものがない分サイズに大きな差があるのである。
ブルマの方も少々差があるもんで、そっちはなんと俺の短パンだ。
何せ裾野から”見えた”からな。うん。
「系統が違うんだから、体形云々なんか言ってもしょうがないだろ。スピカの体操着は明日には用意できるし」
購買部でたまたまサイズが切れていた故の状況である。明日には仕入れがあるとのことで、問題はなさそうだ。
「その辺りズバッと言うのがマスターよね」
「...セクハラと取られても仕様がないぞ」
別に貶す意図はないんだが。どっちにしろ最高クラスのスタイルだぞ?
ここ数日より一つほど増えた呆れの視線から逃れようとしていると、ちょうどヤツがやってきた。
「よう、まさか両手に花とはな。羨ましいぜこの野郎」
現われたのはケンセイである。
部屋が分れたヤツであるが、今年からはクラスが一緒という訳だ。
これも一種の腐れ縁か。
「まあ、いろいろあったんだよ」
「まあ、だろうな」
呆れ笑いと共に周囲を見渡す。
「...何かわかるのか」
そっと、不自然に思われない程度に声を小さくして問う。
「...ま、前より険悪なんでな。あのおバカ六人衆は...性悪だが人気はあったんだ」
...成程な。
帰ってきた小声の返答に納得する。
差し詰め、嫌われ者のお前に構ってくれていた子を追い出すなんて恩知らずめ。と言ったところか。
「まあ、”あの事件”の焼き増しみたいな話でもあるんでなぁ」
「”あの事件”?」
問い返すと、知らんのかという顔をされる。
「まあ知らんならそれでいいや。お前には関わりのなさそうな話だし」
そうか。まあ、支障がないならそれで良さそうだ。
「ええと、貴様は織田ケンセイ、だったか」
と、スピカと何やら話していた麗奈が話しかけてくる。
「...おー、そうですよお姫様」
「...敬語は不要だ。ふむ。去年も見たような気がするな」
そりゃ同じクラスですんで、と苦笑い。そもそもあまり他人を気にしていないらしい麗奈は、その表情にも気が付いていないらしい。
「...」
「...何か?」
「貴様か、そやつの友達とやらは」
そう言われ、ケンセイは困惑を浮かべつつも頷く。
「...そうか」
急に肩を落とした麗奈は、そのまま何も言わずに立ち去った。
「...なんだったんだあれ」
「...友人と言うモノが消滅して凹んでるんだよ。...思ったよりお前が良い男だったからじゃないか?」
言うと、ケンセイは複雑な顔をする。
「急にデレんなよ。男に言われると複雑だろ。...成程ねぇ。紅蓮の姫も人の子か」
「始めるぞ!」
精霊が驚くからと、チャイムが実装されていないこの学院。授業開始は教師の宣言が合図である。
男と見紛う程の筋骨隆々な女性教師が時代遅れの竹刀を振り、授業が進行する。初回に終わらなかった説明をさっさと済ませ、下級過程のころと変わらない授業が始まる。
「ほれ、たったと二人組になれ」
指令が下される。...さて。と。
「スピカー」
「まあそうなるわよね」
筋力のケタが違うからな。
昨夜、転びかけてくにゃりと曲がってしまった階段の手すりを思い出して二人納得する。
なお、このクラスはスピカ込みで一人が余る計算。
まあつまり。
「...........」
「なんとなく察してはいたがな」
ぽつねん。
なんというか雨の中の捨て犬みたいな顔をした麗奈がやってきたために受け入れる。
全く、雰囲気の悪いクラスだこと。
...案の定、勢い余ったスピカが麗奈を物理的に”折りたたみ”かける事故があったことは、詳しくは語らないでおくべきだと思う。




