第九話「今日のお弁当」
昼休み。
「いたたたたた...」
「わ、悪かったってば!」
腰のしきりにさする麗奈に連れられて、俺たちは校内の敷地の一角へとやってきた。
「だから言っただろ、力加減に気をつけろって」
ほんとに麗奈がペラペラになるんじゃないかと思ったぞ。
「だって、あんたあのくらいじゃ大丈夫じゃない!」
「それはスピカがアッシュの相棒だからだ...いたた」
「...ちょっと失礼」
なおも痛そうにする麗奈を見かね、俺はそっと腰に手を当てる。
「にゃあっ!?貴様何を!」
「失礼と言っただろ。<応急回復>」
「貴様失礼とは本当に礼を失しろと言う意味ではなくてだな...ふあ」
あたたかな緑色の光が、右手から麗奈へと流れ込む。
なんてことはない初級の回復魔法だ。使い手が限られるということを除けば、だが。
「貴様、回復魔法なぞ使えるのか」
「まあな。支援系魔法は一通り。変わりに攻撃魔法は得意じゃないんだが」
火を噴いたり氷を放ったりは苦手だ。
「随分と偏った適正だな...。私の様に炎系ならなんでも、のようなほうが多いだろ」
「お前も偏った配分だよ!」
魔法には属性と系統が存在する。
とはいってもそこまで難しい分類じゃない、属性は炎、水、風、土の四大属性プラス特殊属性がいくらか、系統は攻撃、弱化、回復、強化、特殊の五つ。系統に関しては攻撃、弱化の攻勢系と回復、強化の支援系に大別することもある。
大体は属性は1から3つ、系統はそれぞれをちょこちょこつまみ食いして適正があるものだ。
使う魔法に対する適正は属性と系統の乗算で決定する。
俺は支援系にやたらと適性が高く、属性はまんべんなく低いので、掛け合わせて平凡ちょっと上と言ったところ。
麗奈はたぶん炎属性にやたら適性があり系統は平均なので魔法が強いと言ったところだろうか。
「そもそも精霊使い、ないし精霊騎士に魔法が求められる場面は少ないがな」
それはそう。繋路盟約の存在もそうだし、当然精霊も攻撃手段を持つ。そも精霊使いが必要になる場面というのは人間の魔法ごときではどうにもならないことの方が多い。
「でもお前、上級魔法学Iをとってなかったか?」
護衛の打ち合わせの時に見た麗奈の授業計画表を思い出しながら聞くと。
「ああ、私とアマテラスの繋路盟約は”炎魔法を精霊級規模に引き上げる”だ。精霊騎士としての能力を育てるには必須なのだ」
なるほど、なぁ。
そんな会話を続けつつ、俺たちは麗奈の先導でやたらと低いアーチを潜る。体育館と部活棟の間か?
「...なんだこの妙な構造」
「連絡通路を作ろうとしたら高さが合わなかったらしいぞ」
この土地妙に高低差があるからな。もっと平坦な場所に建てろ。
まあいいやとついていくと、なんと花畑が目に入る。
「花畑...!?」
「ま、誰かが管理しているというわけではないようだがな。なんでもこう、うまいこと風がこの場所に当たるお陰で種が飛んできやすいらしい」
確かに、無造作に菜の花やタンポポといったものが生えているだけである。しかし。
「意外と雰囲気がいい」
「ああ。...昼はいつも一人だからな。たまにこうしてこういう場所で食べるのだ」
そう言って麗奈が連れていたセレンに弁当を取り出させる。
流石、豪華な弁当だ。箱から高級感が滲み出ている。
「ほーう?ま、いいやたまには。丁度俺らも弁当だし」
「...む、しまった。貴様らのことを考えていなかった」
どうもどこか抜けている麗奈の唸りを苦笑いで流しつつ、スピカのスクールバッグから弁当を二つ取り出す。
「よっと」
そつなくレジャーシートを広げてくれたセレンに礼を言いつつ腰掛けると、麗奈が俺の持つ弁当をのぞき込む。
「...まさか貴様の手作りか?」
「そりゃそうだろ。生後数日の相棒に包丁握らせるほど鬼畜じゃないよ俺は」
何かの懸賞で手に入れた、男が使うにはファンシーな風呂敷の封を解くと、大きめの安っぽい弁当箱。
確かこれも何かのオマケだ。家族向けの何かだったために明らか数が多かったものの、スピカのことを考えれば取っておいたのは正解だったな。
しみじみと己が財布の安全に感謝しつつ蓋を開けば、ご機嫌な昼食だ。
ゴマ塩ごはんに昨夜の余り物だが唐揚げを豪勢に三つ。砂糖を少なめに、ほとんど出汁だけで味をつけた卵焼き。大体いつも冷蔵庫にぶち込まれている作り置きのきんぴらごぼう。プチトマトにブロッコリー。そしてダメ押しのソーセージ。
安い店さえ知っていれば金欠だろうとこの程度までは豪華に出きる。まあぶっちゃけ護衛の給料を当てにしている部分はあるんだが。
隣で同じく弁当を開けたスピカがほお!と声を上げる。健啖家の彼女のためできる限り多めに詰めたが、どうやら満足してもらえそうだ。
「すごいな。全部自分で作ったのか」
まだのぞき込んでいた麗奈が感嘆の声を出す。ま、スーパーお嬢様は自分で料理なんかしないだろうがな。
「ブロッコリーとソーセージ以外はな」
「...トマトは?」
「ああ、部屋で育ててるんだ。以前苗をもらう機会があってな。ペットボトルで作ったプランターでも育つんだぜ」
ケンセイのアホに倒されないように置き場所には気を使ったが、ケンセイにも好評だったので続けている。そう一年中採れるというわけではないが、まあ趣味の一環だ。蟲とかの心配が薄い分気楽だし。
「...貴様、性別を間違えて生まれてきたのではなかろうな」
「まあ逆ならバランスよかったかもな」
憎まれ口をたたきなにおう!と憤慨する麗奈を尻目にきんぴらごぼうを口に運ぶ。
ふむ。美味い。自画自賛だが。
自炊の一番の利点は自分の好みの味付けをできることに他ならない。
少々一般的なそれと比べ辛みの強い味付けは、口の中に熱を持たせるついで、ゴボウと人参の旨味を増幅させてくれる。
「おいひ」
いつの間にやら頬を膨らませたスピカが、こればかりは生まれて間もない子供らしく可愛らしい表情を見せる。
「...」
そして、心ここにあらずなもものが一人。
「...なんだよ、お前の弁当の方が美味いだろどう見ても」
「...いや、二人とも随分と美味しそうに食べるものでな」
「美味いものを美味そうに食うのは料理と食材に感謝する一番の手段だぜ」
持論である。
もぐりと唐揚げを頂く。スーパーを回って手に入れた格安の鶏肉に使いまわしの古い油。しかしやれることはあるモノで。こってりしすぎない絶妙なバランス。あえて放り込んだショウガがよく効いている。弁当用でなければニンニクも入れるのだが、無くたって美味くする方法はいくらでもある。
「...一つくれないか」
「...ええー」
涎を垂らさんばかりの麗奈。お前な、セレンが泣くぞ。
「ローストビーフと交換だ」
「乗った」
私も欲しい、と言うスピカの分も含め、唐揚げ二個とローストビーフ二切れが交わされる。
分量としては目減りしたが、価格としては倍以上になっただろうそれを、二人同時に放り込む。
「「..........!?」」
二人目を見合わせる。
これは...凄い。肉が舌の上で消滅した。
いや、そう感じられるほど何の抵抗もなくほろほろと解けていく。
過去何時食べたか...いや、食べたことがないであろう超高級肉。それにぴっちりと合わせられた火加減。弁当に入れるもの。食中毒の心配がないようあえて火を多めに通しつつ、肉汁を一切損なわない加減に感嘆するしかない。
ただちと味気ない、か。
「美味しい...けど、ちょっと味が薄い...かしら?いや、私はこれも好きなんだけど。なんか懐かしい気がして」
「そこらへんは竜の本能か」
それはそれで納得だな。
「美味い!」
横合いからの大声に驚く。
見れば、麗奈が立ち上がり、震えている。まさかとは思うが、感動に打ち震えているようだ。
「貴様私のシェフになる気はないか!?」
座りなおしたかと思えばガシッと掴まれて揺さぶられる。
「話が見えんぞお前...!」
余りにも激しく揺られるもので、思わず強引に引きはがす。
ちょっと目が回ったぞ。
「今ので判ったのだろう?基本、私に出される料理と言うモノは軒並み味が薄いのだ」
...あー。
「秋刀魚は目黒に限る、ってやつか」
「そう言うことだ」
万が一にも病気させる訳にも行かんだろうしな。
ちらりとセレンを見ると苦笑い。
「まあ、そうですね。余り濃い味のお料理は出さないよう仰せつかっております。いくつかの例外はございますが」
お菓子とか、と言われて納得する。あっちは頻度で制御されているんだろうな。
アスリートみたいな話だ。
「...いいのか?」
「ご学友との交流を邪魔しろとは言われておりませんので」
意外と、不本意なのかもしれんな。
あっと言う間に二つ、リスの様に頬張った麗奈を見て苦笑する。
「人間、高級でも栄養だけで味気ない飯よりか、安物でも美味い物を喰った方が健康的か」
こくり、とセレンが頷いた。




