第五話「レース開始ぃぃぃぃぃぃいいい!!」
どかん、どかんと、火薬の音が空気を震わせる。
これなるは祭り、騎乗競走祭の始まりだ。
あくまで生徒の”一部”のみの参加ということもあり、THE・祭りという雰囲気かというとまた違う。飾りつけの類も最小限で、せいぜいいくつか看板がある程度。ただ屋台はある程度来ている。そう、スポーツというものの常ではあるが。どちらかと言えばこの祭りのメインは、レースをしている側というよりかは観戦だ。
未確認の情報だが、裏では賭け事も横行しているらしい。全く、未成年賭博は違法だぞ。
競馬場の要領で設置された巨大モニターに特設観戦席。なんと一夜にして設置されたそれは、簡易的ながら作りは中々だ。
俺は学院に規定された騎乗服...革製のごついジャケットとズボンを着込み、開始線のあるグラウンドに立っていた。
既に呼び出しておいた一角獣は、貸出の鞍を装着して準備万端だ。
「ほんとは、こんな風にはしないんだろうけどな」
ぼそりとつぶやくと、答えが返ってくる。
「そうなの?」
振り返れば、貸出の騎乗服...女物のため細部は異なる...に身を包んだスピカだ。
「まあそうだ。本来、簡易召喚された精霊は十数分で帰っちまうからな」
手間取れば鞍をつけ終わった時点でバイバイだ。そう考えれば、俺の簡易召喚の異常性がわかるだろう。
俺の簡易召喚は、俺が「帰ってくれ」と言うまで続く。一時間だろうと、一日だろうと。...まあ一部帰還してしまう条件こそあるが、基本的には無制限。
耐久レースに近いこのレースにおいても、それは十分に通用する。
「おはよう、諸君」
と、設置されたスピーカーからレベッカ先輩の声が響く。
このレースの主催は伝統的に生徒会だ。
つまり、開会式の担当は生徒会長ということになる。
見上げれば、空に悠然と浮かぶ彼女の姿があった。
彼女が両の足で騎乗する存在こそ、彼女の相棒たる”アナスタシア”。
氷でできた人形のような...というより氷でできたドレスを着た氷のロボットのような見た目をした異形の”精霊”。3mを優に超える巨躯からくる迫力。触れるだけで切り裂かれそうな鋭利。そして流麗な美しさ。それにレベッカの美貌と能力を合わせれば、見目、実力ともにまさに学院最強にふさわしい。
「ああ、長々と話す気はないよ。挨拶にかかる時間でランキングなど作られたくはないからね」
どっと笑いが起きる。
学院長の話が長すぎて、秒数まとめが創られているのは有名な話だ。なんと代々受け継がれており、ちょっとしたデータベースクラスの量があることも。
「いやはや。今年は生徒会長になったせいで参加を禁じられてしまってね。悔しい限りだ。だがつまりは、誰が優勝するか分からないということでもある」
出れば勝てる、という堂々たる宣言だが、だれからも反論は起こらない。去年のレースで2位と15分以上の大差だったという話はあまりにも有名だ。
「そこで盛り上げるためにと思って、優勝賞品に私との一日デートを贈呈しようと思ったのだがね。止められてしまった」
ぶーっとブーイングが巻き起こる。
レベッカ先輩の人気度を考えれば当然の結果である。が、故にこそ止められたというのも想像に難くないが。
「というわけで、食事券を用意した。デートはダメだが会食ならOKということらしい」
わあ!と会場が沸き立つ。男女ともに人気の高い会長だ。そうとなればこの場にいるほぼ全員が血眼になることだろう。観客席では出場しない/できない連中が血の涙を流している。
「...ナニコレ」
呆れ顔をするのはスピカだ。
「ま、学院一番人気の証さ。ファンクラブが4つあるらしいしね」
「ふうん...アッシュは入ってるの?」
「いいや?美人だとは思うへほ...いへへへへへ!!!」
ジト目で問われたので答えると、一瞬顔が明るくなったと思ったら思い切り頬を抓られた。
「ばか」
「す、すまない...」
アホな問答をしているうちに、段取りが早い開会式はすでに次のフェーズに進んでいた。
「では最後に、出場選手の代表からも言葉をもらっておこう。私が出れていればもう終わりだったんだがな!」
よほど出たかったんだなあの人...。
「おほん、では、秋津麗奈皇女殿下」
わざとらしく恭しい声でレベッカ先輩が麗奈を呼ぶ。
ばさり。と浮かび上がる紅蓮。
なるほど、壇の用意がなかったのは登場人物が全員飛行系の相棒だからか。
燃え盛る翼は太陽の如く。射貫く視線は熱を放つ。
それは、この国を表して然るべき、日輪の神鳥。
鳳凰。
”アマテラス”。
彼女こそが”日輪姫”、秋津麗奈の相棒である。
紅蓮と氷蒼。全く逆で、しかし美しさという意味では共通した二騎が並び立つ。
「では。我が国を代表する学園の生徒として、かくあるべしとされたことを忘れるな。...以上だ」
しかし、そのステージも一瞬のこと。レベッカ先輩の前口上以上に短い一言を告げ、さっさと集団に戻って言ってしまう。
もはやタイミングもクソもなく、感情が置いて行かれた生徒たちがまばらに拍手を上げて終わる。
「なぁに、あれ」
「お姫様だからって粋がっちゃってさ」
「だから”出来損ない”を押し付けたのに、無事で戻ってきちゃうしさ~」
「怖気づいて何も言えなかったんじゃない?所詮は、ねえ?」
あはは、と陰湿な笑いをする6人ほどの女子の集団の話が耳に入る。
「...聞こえてるんだが」
隠す気はあるんだろうか。
...というか、麗奈を焚きつけたのはお前らか。
「身体強化は感覚器も強化されるらしいわよ。聞こえるような声量じゃないのよ、多分」
そうなのか、聞いたことがないが...。
「それにしても、人間って陰湿ねぇ」
「一部だけだと思いたいがな」
「あんなのに付く羽目になった子たちが可哀そうだわ」
...まあ、違いない。
精霊というのは精霊使いと互いに影響しあうものだ。性格の悪いマスターの下では...これより先は流石に失礼だろう。
「っていうか”出来損ない”って誰よ」
...あー。相棒の前、格好つけたいところではあるが、素直に自分を指さすことにする。
「...どこがよ」
途端に憤ってくれるスピカに感謝しつつ、俺は肩をすくめる。
「ま、昨日まではな。...あとはまあ、それ以外にもいろいろあるのさ」
「ふうん...」
腑に落ちない顔をして、スピカは視線を落とす。
ま、情けない使い手の元に生まれてしまったのが運のツキだ。
すまないが、付き合ってもらうぞ。
ふわりと地面を蹴り、ユニコーンの背中に飛び乗る。ため息を吐いたスピカも危なげなく飛び乗り、俺の腰に手を回す。
「こういう時は...あててんのよ、って言うべきかしら」
「自虐か?いへえ!」
スピカはまな板だが、この分厚い革に阻まれては、レベッカ先輩なみに大きくなければ感じることはできないだろう。麗奈でもギリギリ感じるかもしれないが。
「はあ。馬鹿ね。...あの麗奈とか言う雌だけじゃあ足りないわ。優勝するわよ。それ以外にないわ」
呆れたような声で、だが優しさを湛えた声で。
スピカはそう口にした。
「...ああ」
事前に定められた位置に付く。例年はともかく、今年はくじで決められた。俺は最後尾付近。ま、大外れだ。
横を見ると、紅蓮に燃える鳳の精霊。この学園にいる鳳凰型の精霊なんて一体しか俺は知らない。つまり、名はアマテラス。
俺たちのスタート位置は、件の麗奈の真隣だった。
「げ」
「,,,げとはなんだ、”げ”とは」
努めて俺を無視しようとしていたらしき麗奈だが、俺の呟きに耐えきれなかったらしい。突っかかってきた。
「そりゃそうなるだろ」
「喧しいぞ。なぜよりによって貴様なぞが私の隣に...」
大外れのくじを引いた悪運二人。五十歩百歩である。
「貴様か、例の人型の精霊というのは」
ふと、視線が俺の後ろへ行く。
「...ええそうよ、無謀にもあんたがバカにしたアッシュの相棒とは私のこと」
キッ、と睨みつけるスピカに麗奈はほんの少したじろいだ。
「名前は?」
「アンタに名乗るほど私の名前は安くないわ」
痛烈な返しである。
なんというか、うれしいけどもうちょっと落ち着いてくれ。狂犬みたいになってるぞお前。
「...ふん、それでも結局騎乗しているのは簡易召喚か」
それでも憎まれ愚痴を叩く彼女に俺は苦笑する。
「まだ楽に勝てるつもりでいるなら、そうはならない。相棒がいるのに簡易召喚ができる...その意味を考えるんだな」
...ま、俺も知らないんだけど。
ふん、と前を向いた麗奈に合わせ、俺も前を向く。...お、ケンセイが観戦席にいる。一応手を振っておこう。
「ヘンタイに手ぇ振ってどうするのよ」
「あれでも唯一に近い友達なんでね」
「...選ぶ友達もいないのね」
泣くぞ。
「位置について!」
頭上からレベッカ先輩の声が響く。
まあいい。やってやろうじゃあないか。
「用意!」
会場の盛り上がりも最高潮。
面白くなってきたぜ...!
「GO!!!」
参加者数100名。相棒の精霊とともに、一斉に飛び出した。




