第四話「パフェ、お代わり!」
「...こいつは」
ザ・ストリートスタイル。
黒いタンクトップに紅蓮のパーカー、だぼっとしたジーンズ。ちょうど引っ掴んできたバッグに、入っていたヘッドフォンまで合わせればまるきりと言った雰囲気だ。
そう言えばとスピカを見れば、対になる様にこれまたストリートスタイル。黒いジャケットに真っ赤なへそ出しシャツ、スキニーよりの黒パンツ。
ふむ。
「サングラスが欲しくなるな」
「さすがにそれは別料金かな」
だろうな。どう見てもブランドものの高そうなのしか置いてない。こういうのは小物の方が高いんだ。
「...で、どうですかいスピカちゃん」
「う”」
にまぁー、と顔を歪めたケンセイが、顔を逸らそうとしたスピカを視線で捕まえる。
「せっかく何着も、言葉の限り褒めて貰ったんだから、マスターの衣装も、ねぇ」
ニマニマと圧を発するケンセイと、ついでに俺の視線から逃げる様に顔を逸らし、耳まで真っ赤にして。
ぼそり、とスピカは呟いた。
「似合ってる...わよ」
なるほど。悪くないな。こういうのも。
その後、妹のプレゼント関係で色々とあるとのことでケンセイと別れ。
買いたてのストリートファッションのままに、二人ぽてぽてと街を歩く。
こういう感じならいつもはヘッドフォンをしながら歩くのだが、さすがに連れがいるときにそうはしない。結局ただヘッドフォンは首にかかっているだけだ。
「こっちに連れてこられたのはある意味ラッキーだったな」
携帯端末に目を落とし、ぼそっと呟く。
「何でよ」
返された問に肩をすくめる。
「商店街が近いんだ」
富士見通り商店街。富士大好きな秋津国、全国にありそうな名前な上に、この街にいれば地下でもなければ嫌でも富士は目に入るが...福慈岳市周辺でで商店街と言えばここしかない。
「へえ、ずいぶんと活気があるわね」
平日の真昼間だと言うに、中々の人通りだ。
商店街というシステムそのものが廃れつつある昨今、大企業に押し負けず勃興できた理由には、この学院都市だからこその理由がある。...が、長いのでここでは語らない。いずれ機会もあるだろう。
「そろそろ昼飯時だからな。臨戦形態のおばちゃんたちが屯してる」
「なるほど。...中々のオーラね。皆歴戦だわ」
そういってスピカが目線を向けた先には小さなスーパー。”平日限定タイムセール”の看板に待ち構えるのは、歴戦の精霊使いですら逃げ出す迫力をまとったおばちゃんたち。
「主婦は皆戦士さ。俺に言わせれば、世界最強の存在は彼女たちだね」
すると、おばちゃんの一人と目が合った。
互いにサムズアップ。
「何してるのよ」
「別に」
家事をこなす者同士、通じ合ったというべきかな。
首を捻るスピカはともかく、俺たちは目的地へと歩を進める。
「ついたついた。ここだ」
そこは小さな雑貨屋。店名は”桐谷雑貨店”。
学院OBが経営する店だ。
「ここが安いんだ」
「...みみっちいわね」
「ないからな、金」
世知辛いとはこのことである。
「どもー」
「はいはい。...ええと、彼女かい?」
店の奥からとたとたと貼ってきたのは、気の弱そうな眼鏡の男。ぼさぼさの茶髪は無造作に伸び、背が高いはずなのに猫背のせいで台無しである。彼の名は桐谷 裕。肩にいるオレンジ色のリスが彼の相棒のチップだ。
「ええと。...OBなら言ってもいいかな。相棒です。俺の」
そういうと、彼はぴしりと固まった。
「...マジか。そんなのアニメの世界でしか見たことがないよ。...これ暫くは機密だろうね。学会が引っ繰り返る大事件だ」
”精霊”に関する新しい情報は、すなわち各国の軍事に直結する。そのため発覚したら、その組織でしばらく機密にして調査し、その後情報を取り扱いを決める。それは学院生にとって常識であり、学院都市に住まう商売人の間に合ってもそうだ。
「...となると、必要なのは生活用品か。二人とも勝手がわからないだろうし、とありあえず娘を参考に...っと。予算はいくらだい?」
ええと。
携帯端末の決済アプリを開く。今月の食費...最低二人分必要だから。...貯金はあきらめて、次の仕送りがここで、バイトが...うわギリギリだな。
「...2万...くらい?ある程度は学院で建て替えてくれるらしいですが」
「ああ。物資支援制度か。となるとあまり派手なものは買わない方がいいね。...その服は大丈夫かい?」
「さあ。結構いい服紹介してもらっちゃったので...」
そういうと、桐谷は苦笑する。
「なら、こっちは安く抑えた方がいいだろうね。...ほら、カゴ持って付いてきて」
雑多、雑然...いや、これはもう散らかっていると言うべき店内は、実に統一性のない商品であふれている。この店は、店長が気まぐれに気に入ったものを適当な値段で売るスタイルだ。雑貨屋というよりは何でも屋。一応、中古品と新品で売り場は分かれているが、それ以外はごちゃまぜだ。古い扇子の隣に電気行火が置いてあったりする。
しかし、本人は配置を覚えているらしい。ぽいぽいと必要なものをカゴへと放り込んでいく。
「...こんなもんかな。1万2千円でどう?」
ありがたい。8000円の余裕はでかい。
カゴに入れられたのはベッド回りのものが主だ。マットレスは支給されるが、枕その他は自腹だからな。その辺は流石OBだ。地味なれど女の子らしいデザインのラインナップなのもニクイ。
「化粧品回りのものが入ると予算ギリギリになっちゃうけど...」
「要らないわ」
「だ、そうだし、当面はこれで十分って感じじゃない?」
「ありがとうございます」
素直に礼を言い、決済アプリでレジを通す。
「いやあ、それにしても、”あの”アッシュ君がついに相棒持ちとはね」
「言わないでくださいよ」
むす、と返すと、意外にもスピカが話にノッてしまう。
「貴方、前のアッシュ...マスターを知ってるの?」
「ん?まあ、そりゃね。...へえ、自分のマスターのことが気になるのかい?」
「当然よ」
ふんす、と鼻息荒く身を乗り出すスピカ。何とか制止しようと説得を試みる。
ファンブル。
ちくしょう!
「あはは、まあ諦めまえ。そうだね。正直、落ち着いたのはここ最近で、ずいぶんと尖った子だったなぁ」
うぐぐ。
「へえ、そうなの」
「うん。触るもの皆傷つける!って感じの雰囲気でね。たまに一緒に来てたルームメイトの男の子以外とは交流もなさそうで...」
「...今でもほとんどそうですけどね」
あれま、悪いこと言っちゃったな、と桐谷が苦笑する。
「まあそんな感じだよ。...変わったのはあの時かな。ほら、大雪の日に、泣きながら...」
「もういいでしょう!」
流石にその先を、我が相棒に聞かれては気恥ずかしい。何しろケンセイにも内緒なのだ。この秘密は墓まで持っていってほしいところである。
気になるのに、とぼやくスピカを引っ張り出し、いい時間だと昼飯を探すことにする。
「...好物とかあるか?」
「生後数時間、いまだ口にしたものはグリーンティだけなのだけれど?」
ですよね。
とりあえず、と俺は、苦学生御用達の激安店に連れていく。ロマン料理風を歌うその店は、この時間となると少し学院から遠出してくる学院生もいて中々の賑わいだ。
バイトらしき店員に案内されたテーブルに腰を下ろす。
スピカはと言えば、きょろきょろとあたりを見回しながら、俺の隣に腰を下ろした。
「...こういう時は向かい合わせに座るもんだぞ」
「いいじゃない別に。精霊に人間のマナーを適用する方がナンセンスだわ」
それは流石に何とかしてくれ。
まあいいや、とメニューを開く。
「ドリア...スパゲティ、ピザ...どれも美味しそうね」
「食べれないものとかある?」
「だからわからないって言ってるでしょ」
そりゃそうだ。
「...たぶん竜系の精霊と食べれるものは同じはずよ」
「ってことはほぼ人間と一緒か」
どでかいドラゴンが樽一杯のラーメンをかっ食らう動画を思い出す。確かむしろ人間よりも栄養云々に関しては緩かったはず。
「じゃあ、たぶん好きに頼んで大丈夫そうだな」
「そう?じゃあね、私は...ドリアと、ピザと、あとは...」
「待て待て、結構食う気か?」
複数のメニューを頼もうとするスピカを止める。学生に人気というだけあってここのメニューはそこそこ多い。それを複数頼まれると。
「私は竜族よ。人間の生体機能を期待しないで」
うっぐ。それがあったな...!
「...まあ、あんたが金に困ってることは解ってるから、少し抑えめにしてあげるわ」
「かたじけない...」
生後ゼロ日の相棒に気遣われる主。うう、泣けるぜ...。
暫くして、頼んだ料理が届く。俺はカルボナーラ。スピカは沿岸風ドリアと、マルゲリータピザ。俺が意地で付けたパフェがデザートだ。
「でもそうなると、しばらくは戦闘は無理ね...」
ぼそ、とスピカがそんなことを口にする。
「...ええと?」
「単純な話よ。腹が鳴ってはボートは漕げぬってやつ」
「それを言うなら腹が減っては戦は出来ぬじゃないか?」
まあほぼ合ってるけど。
「ほぼ合ってるからいいわね。精霊は空腹じゃ死にはしないけど、その分弱くなるから」
「...そうなのか」
そういえば生物学の教師がそんなことを言っていたような気がするが。
「ええ。私たちは宿主...マスターさえいれば、繋路を通じて最低限生きるだけのエネルギーは提供されるわ。それ以上は食べて、って感じ」
要するに点滴みたいなものか。
「...バイト増やすかぁ」
「頼むわよ」
頑張りますか。
「ん、おいひい」
「庶民食堂だけどな」
最初スプーンをグーで掴んで食べようとする事態はあったが、すぐに食べ方を覚えてくれた。優秀だな。
もりもりと気持ちのいい食べっぷりに財布の心配はともかくほっこりする。
「んむんむ。結構いけるわね」
庶民舌で助かった。なんとなく位の高そうな言い草だったから、高い食べ物じゃないと満足しないとか言ったらさすがに不味かった。
みるみるうちに飯類は消え、残るはデザート、パフェのみとなる。
「これがパフェ?...ふわふわね」
頼んだのはオーソドックスなイチゴパフェ。万年金欠かつ、あまり甘味が得意でない俺にはあまり見る機会がないものだが、見慣れている者からすれば見飽きたであろうそれに、人生初邂逅であるスピカは興味津々だ。
「食べるのがもったいないわ」
「食べない方がもったいないから食ってくれ」
そういうと、意を決したように一部を掬い取り、口にする。
「!」
瞬間、脳天に雷撃が落ちたかのように。スピカは静止し、プルプルと震えだす。
「おいしい...!」
そりゃよかった。なけなしの550円(税込み)も浮かばれるだろう。
「毎食食べたいくらいね!」
「そいつはちょっと勘弁してくれると助かるぜ...」
食費が爆増する。
...考えてみればこれが初めての甘味か。もっと安いもの食わせるべきだったか。明日から休日だし...久しぶりに”アレ”をやるか...?
...待てよ?
「何よ、餌の隠し場所を忘れたリスみたいな顔して」
「どんな顔だよ。いや、何か大切なことを忘れているような気がして」
ええと、明日...明日...。
「ここにいたのか」
と、声がした。
「誰だ...ってバルか」
今朝がた会ったばかりのパルだった。
「パル先輩と言え。...ずいぶんいい服を手に入れたな。それを経費にツケる気か?」
キラン、と眼鏡を光らせる。
「破格の大セールでね。俺のコレはなんとオマケだ。スピカの服は...ちょっと口添えしてくれないか?」
貯金も切り崩す大出費だったものでね。かわいいは正義だ。
「ま、ファッションは女子の最大武力だからな。そのくらいは何とかしよう。何万買った?」
「雑貨類1万2千、服類が7万5千だ」
「結構買ったな。...まとめ買いと考えると安い部類か?」
「ちなみに10セット買って俺は2セット分しか出してない」
「どんな経緯でそうなったんだよ。というか高いな!?」
かわいいは正義だ。
「まあいい。物の内容より額面の方が重要だからな。何とか通るだろ」
そういうとどっかりとパルは向かいの席に着き、ポチポチと注文用端末でメニューを選ぶ。奴隷風パスタか。渋いな。
「俺らもう出るぞ」
言うと、まあそういうな、と返された。
「デザートくらいは奢ってやるよ」
「じゃあパフェお代わり!」
言うや否や食い気味で返され、パルは苦笑する。
「甘いもの好きは共通か。いいぞ」
わあい、と注文用端末にパフェの文字を刻み付けるスピカ。
「そういえばお前、明日はいいのか?」
無料の水を呷り、パルがそんなことを聞いてくる。
「明日?」
「ああ。...こんなごたごたで忘れてるのも仕方がないだろうがな。明日は騎乗競走祭だろう?お前も出ると聞いていたが」
....。
........。
だらだらだらだら。
「忘れてたな?」
「...ウッス」
一瞬にして掻いた大量の冷や汗を拭っていると、思ったより早く来たパフェを早速頬張りつつスピカが入ってくる。
「何それ」
同じくパスタを店員から受け取りつつ、パルが説明を始める。
「ま、簡単に言えば騎乗可能な精霊たちのレースだ。富士樹海の決められたコースを走り抜ける。本来は此奴も出場予定だったんだがな」
そう。そして非常に不味いことになったこともまた事実である。
「ふーん、で、それの何が問題なわけ?」
「こいつ、...あー、秋津麗奈っていうやつと勝負をしていてな。出場できなくなると困るんだ」
...何で知ってるんだ。
「麗奈姫に騎乗競走祭のことを吹き込んだのは会長だからな」
マ ジ か よ !
「まあ、たぶん吹き込んだ本人もスピカのことでいっぱいになって忘れてると思うけどな。...で、どうする?」
頭を抱える。
どうするも何も、と言ったところだ。いや、スピカが生まれた以上、相棒のいない上級過程という話は払しょくされたのだが、だからと言って一度受けた勝負を捨てるのは道に反する。
とはいえまさか本当に一人だけランニングで参加するわけにもいかないし。
どうするか...と思っていると、スピカはきょとんとした顔をした。
「そのなんとかレース、簡易召喚の参加は大丈夫なの?」
「?ああ。もとよりこいつはそれじゃないと参加できなかったからな。ふつうはレースを完走するまで簡易召喚は持たないんだが...」
そう言って背景を説明しようとするパル。しかしスピカはそれをぶっちぎって続ける。
「じゃあ簡易召喚で出ればいいでしょ」
....いや。
いやいやいやいや。
話はそう単純ではない、はずだ。
「原書目録ってやつに載ってないか?相棒が生まれた精霊使いは簡易召喚を使えないって」
簡易召喚は、精霊が使えない者が一時的に精霊の協力を得る仕組みだ。あくまで疑似的なものに過ぎない。だからこそ。”精霊が使えない”という前提が崩れたその時、もう簡易召喚は使えない。
そう、習ったはずなのだが。
「他の精霊がどうかは知らないけど、私にそんな制約はないわよ」
............まじ?
それぞれパフェとパスタを食べ終え、俺たちは急いで学院へと舞い戻る。
短い外出になり不機嫌なスピカには悪いが、早く確かめないといけない。
「簡易召喚!」
俺が最も得意とする魔法の名、本来もう発動できないはずの魔法の名を叫ぶ。すると。
ばち、ばちばち...!
「...嘘だろ、本当に起動した!」
パルが驚く中、俺はさらに叫ぶ。
「来い!一角獣!」
ばちばちばちぃ!!!
閃光が飛び散り、晴れ。果たして呼んだ”精霊”は、凛々しい姿を晒しそこにいた。
角を持った馬、一角獣が。
「ほ、本当に召喚された...。まさかアッシュ、この子、実は普通の人間の女の子だったりとかはしないか?」
「それはないと思うぜ...」
なんとなく、本当になんとなくではあるが、スピカとの間に繋がりを感じる。これが繋路という奴だろう。であれば、相棒であることに間違いはない...はずだ。
「ならまあ、大丈夫か。...頑張れよ。バーラタ人は下剋上が大好きなんだ」
確かハーフとか言ってなかったっけ。...ま、素直に受け取っておこうか。
「ああ。...勝つさ」
そう言って、かっこつけようと...したら、スピカがとんでもないことを言い出した。
「じゃ、明日は二人乗りでドライブね」
...。いやいやいやいや。
「こう言っちゃなんだが遅くなるだろ」
「何よ、私だけおいていくつもり?せっかくの相棒なのに?」
...それを言われるときついんだが。
「それに、多分役に立つわよ。それとも忘れてるのかしら、繋路盟約を」
そう言い、精霊の少女はにまり、と笑う。...それがあったか。
「繋路盟約、精霊ごとに異なる、マスターに作用する能力、か。...ちなみにどんなだ?」
「さあ?」
...。
パルと二人、顔を見合わせる。
「さあって何だ、さあって」
「しょうがないじゃない。よくわからないし。原書目録で調べようとしても”弾かれる”し」
「...自分のことは自分で見つけろ、ってことだろうか」
パルの言い方はおそらく正しいのだろう。要するに、新しく生まれた者の能力なんて知りえない、ということか。
「まあ、ほぼ確定として、身体能力は向上するはずだ。スピカの身体能力にもよるが、アッシュ、お前、目が出てきたんじゃないか?」
「はっ、バカ言え。もとから勝つつもりだったさ。つまり...」
ぽむん。スピカの頭を軽く撫でてやる。
「鬼に金棒、というやつさ」




