第三話「服なんて飾りじゃない」
「...さて、と」
食事用のちゃぶ台を引っ張り出し、喉が渇いたというスピカの為にお茶を注ぐ。
「苦っ」
「...生憎とジュースの類は買ってなくてね」
冷やした緑茶、実家から送られた茶葉を適当に煮出したものだ。緑茶としては甘い方な筈だがな。
「ふうん。まあいいわ。嫌いじゃないから」
確かに生後0日と考えればお茶は厳しかったか、と水を取りに行こうとしたら、それを裏切る様にスピカはぐびぐびと飲み干した。
「これは、ええと。グリーンティってやつ?」
「正解。冷やしたやつだがな」
もう一杯、と言うのでピッチャーを持ってきて注いでやる。思い切り胡坐をかいてぐびぐびと飲み下す様はまるでオッサンである。
「失礼なこと考えてない?」
「なんにも」
まあ生後ゼロ日にお淑やかを求めるのも良くないよな、と言うことで逃げておく。
俺自身も適当に茶を注ぎ、どっかりと向かいに座る。
「ま、改めて宜しく、ってことだ」
「ん、宜しくね、アッシュ」
カンパイ、とグラスを差し出した。
...が、スピカは首を捻った。
「何?グラスって両手に持って飲むものなの?」
ちがわい。
「乾杯だよ乾杯。こう...」
ちん、とスピカの持つグラスに軽くグラスをぶつけてやる。
「祝い事がある時にやるモノさ」
「ふうん、そう。お祝いね。...ええと、私たちの未来に、ってところかしら」
ちん。
「おお、上手い上手い」
「なによ、ソレ。親馬鹿のつもり?」
二人で顔を見合わせ、ふふっと笑う。
スピカの真似をして俺も一気に飲み干して、次の行動を切り出した。
「さっさと服を買いに行ってしまおうか」
そういうと、しかしスピカは嫌な顔をする。
「服ねぇ...」
そう言って自分のパツパツの服...大分シンプルなTシャツとホットパンツを見下ろす。
「服なんていらない、って言いたいところね」
「この部屋で裸族するなら追い出すぞ」
流石に裸の女の子がいる環境は心臓に悪い。
「やってみなさいよ、って感じだけど。力比べで勝つつもりかしら」
うぐ。
見た目は少女だが、龍族を名乗っているし精霊だしどうせ力が強かったりするするのだろう。
勝てる見込みはゼロだ。
「まあいいわ。流石に自分の身体だもの。ある程度の理念は理解できるつもりよ」
そう言って彼女は自分の身体...露出した肌をなぞり始める。
「鱗や外皮、体毛を持たない代わりに、外付けのそれとして服を着る...と言うことでしょう?防御的な意味は兎も角、体温調節にはなるわ」
「...聞き分けが良くて助かるよ」
生後ゼロ日だというに、妙に理屈っぽい我が相棒に、少しばかり苦笑する。
「そうとなれば全はイソギンチャクよ!それ以外にないわ!」
それを言うなら善は急げじゃねえかなぁ。それ以外にない、と言うか寧ろそうは言わないと思うぞ。
...いっか。今度教えよう。張り切っているのを邪魔したくはないし。
「流石にそのぴちぴちで外に出すのもだし、ジャケットの一つでも着て行ってくれ」
とりあえずと丈が少し長めなやつを引っ張って着させ、俺達は街へと繰り出した。
「ふうん、コレが人間の街なのね」
きょろきょろと、街並みを見渡すスピカ。
ビルが多いが、高層ビルと言うほどではない。唯の学院と言うには巨大な、我らが浅間富士霊騎学院に付随するように発展した学園都市、福慈岳市。
「まあ、ココはあくまでも郊外、せいぜい地方都市レベルだけどな。皇都まで行けばこんなもんじゃない。空が見えない程ビルだらけだ」
「それは息が詰まりそうだから別にいいわ。これくらいがちょうどいい」
ふむ、趣味が合いそうだな。俺も皇都のぎちぎちは好きじゃない。
「ま、観光に行くには丁度いいと思うけどな。...さてと。服屋と言うとどうすっかな」
そう言いながら携帯端末を取り出すと、怪訝な顔をされる。
「なによ、決まって無かったの?」
「女子の服売ってる場所なんて知るかよ。アパレル系がいっぱい入ってるモールがあるんで、そっちに向かってるだけだ」
なるほどね、と頷くスピカを他所に検索エンジンを起動する。ええと、女子、服、店...違う。女性で良さそうだな。
行きつけの店の隣くらいにある店がちょうどヒットし、そこにするかと考えたその時。
「おう」
突如の伸びてきた手に掴まれる。
「おわっ」
驚いたのもつかの間。
誰より先に動いたのはスピカだった。
「何してんのよ変質者!!」
めごっ。
物凄い音と共に闖入者...ケンセイの背中に鉄拳が突き刺さる。スローモーションになった視界の中、ギャグマンガの様にケンセイの顔が歪み...
ド派手に吹き飛んだ。
....死んでないよな?
「いちちちち.......」
爺の様に腰を抑え、唸るケンセイの腰をさする。
折れなかったのは奇蹟か、それともスピカの手加減が神がかっていたのか。8mは吹き飛んだわりに、ケンセイの負傷は打撲で済んだ。
「スピカっつったか?その子か、例の、人型の精霊ってのは...」
「ああ、そうだ。...スピカ、挨拶」
「変質者にくれてやる言葉はないわ」
言うが、スピカの返答は冷たい。
「...嫌われたな?」
「そう言うお前は随分と懐かれたな。コミックの話だが...」
まあ、言いたいことは分かる。
「つっけんどんから始まるのが定番、だろ?俺もちょっと思わないでもなかったよ」
「あら、『私があんたの主様よ!』...みたいなのがお好み?」
「実際になるのは勘弁してくれ」
曰く、生まれてこの方そばに居て、一蓮托生だってのに好感度低くてどうするのよ。と言うことらしい。一蓮托生が一覧尺八になっていたが。楽器の展覧会かな?
「時折仲の悪いコンビもいるがな。俺も最初は言うこと聞いてくれなかったし。色々羨ましいぜ」
「変質者の言うこと聞きたい精霊なんていないでしょ」
「随分な言い草だな!流石にフェミニストの俺も泣いちゃうぞ!」
フェミニスト...フェミニスト?いい、この手の発言に付き合うと長い。
「流石に許してやれ。べつに悪いヤツという訳でもないし、少なくともこれくらいは普通の部類だ」
「...わかったわよ。ヘンタイ」
「それはグレードアップなのか...?」
首を捻っているケンセイは捨て置く。まあいいだろ。どの道レベッカ先輩に抱き着こうとしてパルに投げ捨てられた変態なのは事実だし。
「そう言えば窓から投げられた後はどうなったんだお前」
聞くと、ケンセイは苦笑い。
「いやあ、アレは流石に俺が悪いとは思ったんだがな。わざわざレベッカ生徒会長が来て謝ってくれちゃったぜ。少なくとも暫くはお前、その子と同棲なんだろ?個室に移してくれるってよ。ラッキーだぜ」
そりゃ、棚から牡丹餅ってやつだな。落ちたのは本人だが。
「引っ越しは...」
「お前らが外出してる間に済ませてくれるって言ってたぜ。鍵、出るときに寮母に渡せって言われなかったか?」
そう言えば。何故だと思ったらそう言うことか。
「...いやお前、大丈夫なのかよ、いろいろと」
こう、例のアレがいっぱいあったような気がするが。
「HAHAHA、何を言うのかねアッシュ君!俺に見られて疚しい部分なんて一つもないぜ!」
「それってただのオープンなだけのヘンタイじゃない」
高らかに笑うケンセイだが、スピカからのジト目の一言で撃沈した。
「龍族の勘を舐めないでよね。その手の本だらけってことくらいは見え見えよ。...って言うか思わず”検索”して後悔したわよ。...ああやっぱり磨り潰していいかしらマスター?」
「いいぞ」
「よくねえよ!うわあ少女が出していいオーラじゃねえ!マジで殺られる!まて、ちょっまて!俺の傍に近寄るなァーーーーッ!!」
閑話休題。
「いってててて...今日は怪我が多い日だぜ...」
制服がズタボロになったケンセイだが、体中をさすりつつまだついてくる。そう言えば窓から放り出された時は寝間着だったはずだがいつ着替えたんだこいつ。
「お前授業はどうすんだよ」
「元々サボる予定だったんだよ。妹の誕生日が近くてね」
ああ、そう言えばこいつは溺愛している妹が居たな。確かシンナとかいったか。
「いや、事前に買っとけよ」
「俺が女物を部屋に貯めこんでたら通報されるわ。...俺が使ってる会社のギフト宅配で、アイツの誕生日を指定できるのが今日からなんだよ」
まあ確かに。
妹に関しては誠実なんだがな、こいつ。
シスコンとはまた違う、兄バカである。
「アイツは服が大好きだからな。ちょうど行先が被ってるわけだ」
「ヘンタイと店巡る気はないわよ」
「まあそう言うな。妹を聞かざる為に磨き上げた俺のセンスが火を噴くぜ!」
...正直、俺が選ぶより絶対に信頼度があるから何とも言えない。
元々芋野郎だった俺の私服や髪型の面倒を見てくれたのもコイツだし。
軽薄野郎だが...軽薄野郎だからこそか、おしゃれ番長でもあるのだ、こいつは。
女子からは煙たがられているが、時たまその辺の相談を受けていることも知っているし。...実は男子からの評価の方が低いのだ。
「服なんて機能が満たせればなんでもいいわよ。ただの飾りに興味はないわ」
「そう言うな。...スピカ、お前が女の子だというなら、種族を超えてキラメクものが見える筈だ!おしゃれってのは魂の情熱だ!そう、どんなのでも、生物である限り!着飾れば!光る!」
コイツの相棒もばっちり着飾っているからな。持論に間違いはなさそうだ。
ケンセイの余りの情熱に根負けしたスピカは、渋々ながら同行を認めた。
「はあ。初めてのお出かけだったのに」
むすっとした様子のスピカに、ケンセイはぼりぼりと後頭部を掻く。
「...あー、それは悪いことをしちまったな。詫びに一着は奢るぜ」
「どうせ学校に出させるがな」
「後からだろ、どうせ何セットも買える金持ってねえだろ」
うぐっ。
実際手持ちは心もとない。後から貰えるとは言え、一着でも多く買っておけるのは普通にありがたかった。
「んま、ここよ」
辿り着いたのは俺の想定と全く違う場所。
街はずれの小さな小洒落た二階建ての建物だ。
「アパレルショップ”アントワネット”...?聞いたことないな」
「個人商店だからな。正直入門には向かないからお前にゃ教えたことねえが、メンズもレディースも一挙に取り扱ってる。つうかここに来れば大体揃う。慣れは要るが便利な店だ」
成程。
「ごめんくださーい」
まるでラーメン屋にでも入る様な勢いのケンセイに溜息を吐き、とりあえずと後に続く。未だふくれっ面のスピカは文句を言いながら。
「全く。こんなところに連れてこられたって、服なんてどうでもーーーッ!?」
それはデザインの槍衾。
様々な方向性のファッションアイテムが、テーマ性を持って、まるでそれそのものが芸術作品であるかの如く。
理路整然と並んでいる。
パンク系、ストリートスタイル。高級路線から可愛い系。ともすれば混沌としそうな雑食さを、テーマごとにまとめ、陳列で美しく見せている。いや、そもそも並べられた商品の質が高い。素人だが、それでも肌で感じ取れる。これは、スゴイ。
「ほああああ...」
横を見れば、瞳を輝かせる少女が一人。
これはあれだな。
百聞は一見に如かず、と言うことなのだろう。
なんだかんだと理屈をこねていたが、やはりしっかりと女の子か。奇麗な洋服には勝てなかったらしい。
「あれ、いつもより人が多いね」
そう言って店の奥から搭乗したのは。
「おう、親父さん。今日は、まあちょっとね」
どちらかと言うときりっとした顔立ちに白髪交じり、灰色のオールバック。初老に差し掛かっているが、刻まれた皺は老いではなくシックなアクセント。びっちりと黒いスーツバーテンダーでもしてそうな雰囲気の男。
「どうも、アパレルショップ”アントワネット”、”副支配人”のルイです」
「あっ、どうも」
ふわりと優雅なお辞儀は、それこそ高級ホテルの支配人が如く。本当に洋服店の店員か?
「奥さん...マリーさんはどうしたんすか?」
「彼女は仕入れ中だよ。ふふ、海千山千のタヌキたちと殴り合いでもしているんじゃあないかな」
...副支配人、と言うことは、そのマリーさんとやらがこの店の首領と言うことだろう。どうも豪快な人らしいが。
「今日は...ふむ、なるほど。その子の、かな?」
「ええまあ。ひょんなことがありまして、友達の...あー、説明がめんどくさいんでいいっすか?」
「まあ、聞かないよ。学院じゃ機密事項も多いだろうし。」
何となく、一目で事情を見透かされた気がした。もしかしたら恐ろしい人かもしれない。
「あ、それと妹の誕生日プレゼントの受け取りを」
「ああ、それならマリーがキッチリ揃えてあるよ。何時もどおりの梱包で良いんだろう」
へい、と応じるケンセイはまるきり常連の風格だ。
「...ねえ」
ぽそ、とスピカがこっそりと耳を引く。そこそこ背の高い俺がしゃがんでやると、そのまま耳打ちしてきた。
「あのヘンタイ、実は結構な家?」
ケンセイを見る。軽薄な調子のまま話してはいるが、その姿はルイと並び立っても遜色ない。
「ああ、なにせあいつは...」
その時、当のケンセイから声がかかる。
「スピカちゃん、ちょっと来てくれないか」
「あ、え、ええ」
おっとと少し慌てて駆け出す。どうも採寸がしたかったらしい。おとなしくルイさんにメジャーを当てられていた。
...スリーサイズ計測をガン見しようとしたケンセイの首が180°回転するのを見て、俺はそっと視線を逸らした。
10分後。
「わあ...!」
花のコサージュと白レースがふんだんにあしらわれた若草色のワンピース。それが最初にお出しされたスピカの姿だった。
「俺コーデだぜ。髪がピンクだから桜イメージだ。...ちと単純だが」
成程納得。
正に春です!!と絶叫するようなコーデ。ともすれば古臭い、使い古されたテーマだが、合わせた小物が煩くならない程度に可憐さを押し上げる。
すこし興奮したスピカの表情も合わさり、満開と言う言葉こそがと言ったところ。
「成程、女性を花にたとえる気持ちが良く分かる」
「オメエそれよく真顔で言えるな」
五月蠅いな。そう思ったんだからいいだろう。
俺の賞賛に少し照れたらしいスピカを見て、ルイはくすりと笑う。
「では次は私ですね。ふふ、久しぶりの逸材で、年甲斐もなく燃えてしまいますよ」
次にお出しされたのジーンズジャケットにチェックのスカートをベースにしたコーデ。こなれた感じを出しつつもあえて子供っぽさを残したかわいらしさと美しさの中間。
「夏になればジャケットを脱いでしまえばそのまま使えます」
脱がせば、白を基調とした半袖のトップス。快活そうな雰囲気を持たせつつ、主張は少な目。
「...これは買いだな」
隙の無い二段構え。これは間違いない。
次々と入れ代わり立ち代わり、完璧なまでに揃えられるコーデに、俺は圧倒され続けた。
女性の服選びはつまらないと聞いたことがあるが、アレは嘘だったのだろうか。実際に服を選んでいるのが男だからかもしれないが、一切暇に思うことはなかった。
二時間近いファッションショーにスピカ本人が疲れを見せるまで、大盛り上がりは続いくのだった。
「いやー、久々に頑張ったぜ。ここまでテンション上がったのは妹以来だ」
「つまり二人目ってことか」
おうよ!と無駄にかっこよく満足気に汗を拭うケンセイを尻目に、俺はメモを広げて計算していた。
「どうですかな?」
ルイが覗き込んで来る。
メモは見せられたコーデの代金がまとめられたものだ。お願いして用意して貰った。
「...ギリ三セットは買えるかな...って感じですね。一応経費として落とせるということになってはいるんですが...」
ぶっちゃけ思ったより高い。
領収書を張り付けるための紙を取り出せば、「過度な場合は拒否する場合があります」の文字。一着、二着なら例外の塊と言うことで許してもらえるかもしれないが、流石に全部買ってこれだけください!は多分通らない。そもそも買える手持ちすらないが。
「んじゃ俺が二セット奢るぜ」
「あれ、さっきは一着って...」
「いいよ、思ったよりいいファッションショーだったし」
有難い、と拝んでいると、ルイから声がかけられる。
「ご新規さまサービスと言うことで、今回だけ残りはオマケしますよ」
マジか!?プラス五セットあるぞ!?
「半額セールっスか、大盤振る舞いっスね」
「お得意様になってもらえそうなので、ね」
ウインク。くそう、様になってるなぁ。
絶対また買いに来ます。
「...そこまでしなくても...」
ぼそ、と呟くスピカに俺は反論する。
「甘い、甘いぞスピカ」
ぴっと立てられた指にスピカがすこし怖気付く。
「いいか、こういうのは特別...とまでは行かないがちゃんとした洗濯が必要なんだ。少ないと着る服が無くなるぞ」
そっちかいというケンセイの突っ込みはスルー。
スピカはある程度納得してくれたから良いんだよ。
「ああ、ただし、一つ条件があります」
そこでルイがそんなことを言い出す。
「条件?」
問い返すと、にっこりと笑ったルイはこう言った。
「貴方の服も、一着見させて欲しいのです」




