鍋を囲んで
いつもと同じ時を刻んでるはずなのに、何故かゆっくりと進んでいるように感じる秒針。寒く感じた部屋の空気を、だしの効いた鍋の香りとともに、暖かさが広がっていく。
私は楓さんを手伝い、鍋の食材の下ごしらえをしていた。しいたけに十字の飾り切りを入れ、えのきや水菜を豚バラ肉で巻いた。最後にごまだれを入れて、鍋に蓋をする。台所から机の上にあるガスコンロに鍋を移動し、て二人でこたつに入り鍋を囲む。久々の再開を祝して、小さなグラスにビールを入れて乾杯をする。
好きなものを食べていいからねと楓さんが、色々と鍋の具材をよそってくれる。
家ではごぼうを鍋に入れないのだが、なかなかにおいしい。聞いてみるとごぼうの旬も秋らしい。年中あって旬なんて気にしたことがなかったけれど、口の中に入れるとその土臭さが今日歩いた秋の道を連想させる。
「やっぱり鍋は人と食べるとおいしいわね」
「いつもは食べないんですか?」
「一人になってからは、あんまりね......」
「あの、楓さんの旦那さんって、どんな人だったんですか?」
「ん〜、そうね。変わった人だったわよ。でも、素敵な人だった。一緒に居て笑顔になれる人だった」
「へぇ~、いいなー! 出会いのきっかけって何だったんですか? 私、ずっと気になってて、もし聞いてもよければ」
この街にきてから、ことあるごとに旦那さんの話が出てきたから、二人の思い出話を聞いてみたいなと密かに思っていた。
「きっかけね......」
「私ね。交通事故で、娘を亡くしてしまったの」
「え......」
予想外な話だった。聞いてはいけなかったのかもしれとおもったが、咄嗟に言葉が出てこなかった。
「それまでは、習字や字の書き方教室をしていたんだけど、娘のことがあってから、しばらくお休みしてたの。それでね、その場所をずっとつかってなかったんだけど、ある人がそこで絵画展をやりたいと言い出して」
「それが、旦那さん? 絵も描かれるんですね」
「そう。結構上手だったのよ。それでね、一様、学び舎だったから子供が見ても大丈夫な絵か確認してほしいと頼まれてね。そこにあった、一枚の絵を見たら涙を流してしまって。
親と子が手を繋いで、夕日に染められた土手の上を歩く写真。なんてことない、ありふれた日常の一コマ。でもね、私が失ってしまった瞬間を見るようで、胸が締め付けられてしまったの」
楓さんは、少し悲しそうな顔をする。そんな顔が見たくて話を振ったわけではないので、私は急いで旦那さんの話に戻そうとする。
「それで、旦那さんが慰めてくれた感じですか?」
すると、楓さんは思い出したようにふくみ笑いをして、口を軽く手で押さえながら話始めた。
「それがね、あの人私のことは何にも知らなかったから、自分の絵が人をこんなにも感動させたと、逆に感動しちゃったみたいでね!
私も変に気を使わせたくなかったから、隣の絵を指さして『この桜並木が、とてもきれいで』と、とっさに答えたの。そしたら、帰り道によかったら、さっきの絵の場所が近いから少し歩きませんかと誘われて。私もたまにはいいかと思って、散歩に出かけたのが出会いのきっかけかしらね」
遠くを見つめて、懐かしい記憶を思い返すように目を細める。ビールを一口飲み、話を続ける。
「私は気が強い方でね。人様の前で涙を流したのなんて、初めてだったよ。でもね、今になってあの時だけは涙を流せてよかったと思うよ。そのおかげで、あの人にたくさんの景色を見させてもらった。ここに引っ越してきたのも、二人にとって思い出の場所があるから来たんだよ」
「へぇー、どんな場所ですか?」
「星空がよく見える場所。私があの人の前で二度目の涙を流した場所」
その涙の理由を聞きたかったが聞いてもいいのかわからず、私は黙ってグラスに口をつける。
「ねぇ、よかったら今から行ってみない?」
「え? どこにですか?」
「私達の思い出の場所に」




