いつか見た流星を追いかけていくように
ギターを背中に背負って、電車に乗る。まだ、一曲も弾けてないのにミュージシャンの仲間入りしたみたいで、少しワクワクする。実はギターをさわるのは初めてではない。高校の頃、親戚のお兄さんが持っていたギターを借りて少しだけ弾いたことがある。
毎朝、音楽を聴きながら電車で通学するのが好きだった。この時間が好きで、この瞬間を独り占めするために、少し早く電車にのっていたくらいだ。私の高校生活は何か特別なことがあったわけではないけれど、耳元だけは幸せだった。
歌詞に繋がる言葉の続きが、自然と口から零れる。断片的な物語は、私に見たことのない世界を想像させてくれる。その瞬間と瞬間を繋ぎ合わせて、とりとめのない日常を彩っていく。
けれど、私はその言葉を歌にすることはなかった。
自分の感情を形にして表現することは恥ずかしいことで、同年代の子とカラオケに行っても流行りの歌しか歌わなかった。同じものを見て、同じ感じ方をして共感する。その楽しさや安堵感も知っている。
でも、自分の中に生まれた言葉は日の光を見ることなく、誰にも知られず消えていく。
本当は歌いたかったのだ。だから、ギターを手に取った。
人の顔色ばかりうかがってしまう私は人波に流されて自分が描いた場所から、どんどん離れてしまう感覚があっても、波風立てずに自分の心を殺して笑ってうなずいてきた。
だからか、いざ自分の言葉で歌を歌おうとしても、うまく形にすることはできず、星のように散らばった想いと言葉の欠片をうまく繋ぎ合わせることができなかった。
私の小さな手ではFコードも押さえられなくて、だんだんとギターに触れる時間は少なくなっていった。
でも、あの声を枯らした夜。私は歌う喜びを知った。
また、あの瞬間に会いたい。あの感情を味わいたい。
いつか見た夢を、今の私が追いかけていく。
私は電車を降りると、そんな未来への一歩を踏み出したのだった。




