In the mood1
『In The Mood』
上を見上げると看板には、そう書かれていた。
防音のために作られた重い鉄の扉のとってに手をかけ、その扉を開けた。
店内は黒の壁紙と明るすぎない間接照明、赤いソファーにどっしりと重そうな木のテーブル。奥のステージとなるスペースには上からスポットライトで照らされていた。
「いらっしゃいませ」
「こんばんは、和也さんっていう人に教えてもらって来たんだけど、彼はもういるかい?」
楓さんはカウンターに居る黒いドレスで赤いピアスをしている女性に尋ねる。
「あ、かずさんのお知り合いの方ですか? 今日はまだ来ていないんです」
「そうかい。なら、またせてもらおうかね。すまないが、先にお水を一杯もらえるかい?」
「はい、かしこまりました。どうぞ、お好きな席にお座り下さい」
二人でカウンタに座ると、水とおしぼり、そしてメニューを開いて渡された。
思っていたよりもお手頃価格で、カレーなんかもあってなんだか安心した。
「かずさんに、ここで毎日即興のライブをやってるから聞きに来ないかって誘われてね」
「あら、かずさんが人を誘うなんて珍しい。うちの旦那も混ざって男友達で集まって、いつも音で遊んでるだけですよ」
楓さんの言葉に、女性はあきれてるような口ぶりだが、内心それが楽しみなのか、どことなく表情から笑顔が零れ落ちていた。
「音で遊ぶって、なんだか響きが可愛いですね!」
「ほんとに、いつも子供みたいに遊ぶのよ」
「今日は、この子もその仲間にいれてやってくれないかい?」
「あら、ほんと? こんなかわいいこが入ってくれるならおじさん達、みんな喜ぶわ! 楽器は何を弾くの?」
なにも持たずに、準備もせずに来てしまったとは言えず。私は戸惑いながら答えた
「まだなにも弾けないんです……。でも、なにか始めたくて」
「なら、うちのお店はピッタリよ! In the moodって、どういう意味か知ってる?」
「どういう意味ですか?」
「なにか始めたい気分って、意味よ。今のあなたにぴったりね! よかったら、かけてみるわね」
店内に軽快なトランペットの音が響きわたる。
テレビなんかで聞いたことはあったが、私は初めてこの曲の名前を知った。
まるでブロードウェイの映画の幕が開けるかのようで、私の物語はここから始まったのかもしれない。




