邂逅 吉野剛志said
池のほとりでモモは透き通った綺麗な声を響かせる。
美しい景観も相まって、まるで一枚の絵画のような情景だ。
祠の傍でそれを見ていた俺の横に来た蒼太がふるりと体を震わせた。
「どうした?この陽気だが、寒いのか?」
「ううん、寒いんじゃないよ。なんかね、モモちゃんの謠を聞くと変な感じなんだ。こう、胸の中がザワザワするみたいな…」
「ザワザワ、か…」
「うん。碧はね、モモちゃんが綺麗でドキドキしてるんじゃないのかって言うんだ。自分がドキドキしてるから僕もそうなんだろうって。でも、何か違う感じ」
蒼太は困ったような顔をして俺を見上げる。
顔色が悪い。
「剛ちゃんだから言うけど、僕ね、こっそり親衛隊のところに行ってるんだ。そのせいでモモちゃんが言う悪いものが僕の中にあるんじゃないかな…って」
こいつが親衛隊のところに顔を出しているのは知っていた。
実のところ、俺もたまに顔を出している。
丁子も行っていると隊員から聞いている。
少しでも顔を出し、親衛隊のガス抜きをした方がモモへの当たりが弱くなると踏んでの行動だ。
「悪いもの…か。それなら俺の中にもあるかもな」
俺がそう言うと、蒼太は首を傾げた。
「俺もなんだか不思議な騒めきを感じている。背徳感のような罪悪感のような…そういった類のものが湧き上がってくる」
「あぁそうか、剛ちゃんに言われて納得した。僕のこれもそんな感じだ」
蒼太はモモに目をやった。
「会長がね、いつでも戻ってきていいよって言ってくれるんだ。そう言って優しく笑うから…僕は苦しい」
「戻りたいのか?」
「よくわからない。あのね、僕、たぶん会長のこと好きだった。もちろん一番好きなのはモモちゃんだよ。でも、前はね、時々思ってたんだ。大きくなったモモちゃんは会長みたいになってるかもしれないって」
「なるほど。あの唯我独尊ぶりと優しさが同居しているわけのわからなさは似ているかもしれない」
「唯我独尊って…会長そこまで俺様じゃなかったよね?」
「終業間際に未整理の議事録持ってきて明日までにやっとけと言われてみろ」
「あー、あったね。あの時は剛ちゃん置いて帰ったね」
「おかげで夕飯の限定ムニエル食いっぱぐれた」
「舌鮃美味しかったよ」
蒼太はクスクス笑う。
よかった、青白かった顔色が良くなってきた。
いつの間にか歌が終わっていた。
モモがこちらに手を振っている。
それを見た蒼太はモモに駆け寄り抱きついた。
反対側からも碧が抱きつく。
はにかんだ笑顔を浮かべるモモと戯れ合う双子はまるでコロコロした子犬のようだ。
綾彦と俊輔もそれに加わるのを見つつ俺はゆっくりそちらへ向かう。
ふと背後に人の気配を感じ振り返ると、藪を掻き分けるようにして悠貴が出てきた。
「なんでそんなところから…」
呆れて見ていたら、その後ろから風紀副委員長の大島と、なんで2人と一緒にいるのかがわからないが、楡崎が出てきた。
「ふぅん、ここに出るのか」
「だから近道だって言っただろうが」
「道という道じゃなかったぞ。獣道ですらなかった」
「仕方ないだろう、ここしばらく来ていないから夏草が繁ってたんだ」
悠貴と楡崎が揉めだした。
案外だがこいつら仲がいいのか?
そんな感じの揉め方だ。
ふとモモが気になり目をやると、驚いた表情を浮かべ、少し顔色が悪くなっている。
慌てて駆け寄ると、蒼太の腕に掴まりながら俺を見上げてきた。
「あいつ…誰?」
怯えているようだが、何故?
「モモ?どうしましたか?」
綾彦がそっとモモの背に手を当てなだめるように撫でる。
「あのこっちを睨んでる人、誰?」
モモの視線を追うと、大島と楡崎がこちらを厳しい目で見ていた。
「どいつだ?」
「黒髪の方の人。あいつ、怖い」
大島は茶髪だから楡崎の方か?
「あいつ、気持ち悪い」
「モモ?」
「母さんが言ってた、マガイモノは普通と違うから、悪いモノの元凶だからすぐにわかるって。俺、わかったよ。あいつがマガイモノだ。俺のこと睨んでる。怖い!」
楡崎がモモの言う悪いものの元凶だって!?
ギョッとして振り返ると楡崎は静かにモモを見ていた。
その視線は睨んでいると言うよりもひどく冷めている。
その視線の冷たさゆえなのか、周りの気温も一気に下がったように感じた。
「お、俺が浄化しなきゃ…」
そうは言うが、モモはガタガタ震えだしてもはや立っていられないほどだった。
慌てて綾彦と俊輔が支え、俺は楡崎の視線を遮るためにモモの前に立った。
ヒヤリとした視線が一瞬俺を捉え、フッと外される。
外されるまでの一瞬、俺は強烈な圧を感じた。
楡崎は…アレは…なんだ!?
今までに感じたことのないほどの圧だ。
楡崎は一言二言悠貴に声をかけると踵を返し、元来た道を大島と共に帰って行った。
それと同時にモモがへたり込んだ。
「モモ!」
「モモちゃん!」
悠貴も慌てて駆け寄ってくる。
モモはポロポロと涙を零し、
「無理…無理だよ…あんなの、俺じゃどうにもできない…怖くて無理…浄化しなきゃいけないのに、みんなを助けててあげなきゃいけないのに…俺…怖いよ…」
うずくまって泣き出した。
そんなモモを綾彦が抱きしめる。
訳がわからない俺たちはただ慰めるように撫でたりあやしたりするしかなくて。
モモが泣き疲れて眠るまで俺たちはそこでそうしているしかなかった。




