僕の事情 染井蒼太の場合
僕と碧は双子の兄弟。
親でも時々間違えるくらいそっくりで、それが楽しくて小さい頃はよく入れ替わって遊んでたんだ。
いつも一緒だったんだけど、桜帝学園の初等部に入学してからはあまり一緒にいられなくなってた。
お父さんがよく僕を連れ出したから。
よくわからないパーティとか食事会とかに僕だけを連れて行く。
その頃は厳しく叱ってくるお父さんが怖かったからどうして?って聞けなかった。
初等部1年の夏休み、その日も僕だけが連れて行かれた。
でも、そこはいつものようなパーティとかじゃなくて山里だった。
大人だけじゃなく、僕と同じくらいの歳の子供も何人かいたんだ。
遊んでおいで、と背中を押されて、戸惑いながら僕はその子たちのところに行くと、
「うわぁ!すっごい可愛い子!」
ポニーテールの女の子が僕に飛びついてきた。
びっくりして固まっていると、背の高い、真っ黒に日焼けしたガキ大将みたいな男の子がその女の子を僕から剥がしてくれた。
「ナコ、いきなり抱きつく癖どうにかしろよ」
「ごめーん。でもさ、可愛いんだもんしかたないよー」
「はじめて会うんだぞ、びっくりしてるじゃないか」
「うー…今度から気をつけるよ。えっと、びっくりさせてごめんね。わたしナコだよ。よろしくね」
男の子に諌められて女の子、ナコちゃんは僕に謝ってくれた。
「はじめまして、僕は染井蒼太です」
挨拶を返すと、
「そめいそうた?なげぇなぁ。なぁ、名前どんな字書くんだ?…ふぅん、難しい字だな。へぇ、青色なんだ。色の名前が入ってるなんてモモと一緒だな。じゃぁお前はアオだ!俺はリュウ!よろしくな!」
男の子、リュウくんは僕の渾名を勝手に決めて、その時から僕はそう呼ばれることになった。
渾名なんて初めてだったし碧みたいだなって思ったけど、碧も一緒にいる気がして嬉しかった。
リュウくんもナコちゃんも、とっても元気で優しくて、僕はすぐに打ち解けることができたんだ。
少しして、剛ちゃんと今の風紀委員長の悠貴くんがきた。
2人にもリュウくんは勝手に渾名をつけた。
剛ちゃんは漢字のでつの読み方でゴウ。
悠貴くんは見た目が生っ白い(なまっちろい)くて勇者っぽくないからユキ。
勇者っぽくないって…たぶん勇気と間違えたんだと思うけど、ちょっとひどいと思った。
悠貴くんの反応が面白かったから言わなかったけどね。
5人で遊んでたらそこにモモちゃんが来たんだ。
リュウくんとナコちゃんとは前からの友達みたいだった。
剛ちゃんとはちょっとだけケンカしたけど、すぐに仲良くなって僕らは一緒に村中駆け回って遊んだ。
いつの間にか僕らを遠巻きにして見てただけの子供たちも一緒に遊ぶようになってた。
小川に入って魚や沢蟹を獲ったり、虫捕りしたり。
畑で直接採って食べたトマトは青臭くて温かったけどとっても美味しかった。
モモちゃんは、僕の悩みも聴いてくれた。
モモちゃんは言ったんだ。
「お父さんもお母さんもウタのこと嫌いで厳しくしてるんじゃないと思うんだ。怖いかもしれないけど、ちゃんと話したほうがいいよ。俺は父さんや母さんといっぱい話したよ。ばぁちゃんがいつも言ってる。そうしないと自分の気持ちも相手の気持ちもわからない、会話が足りないのはダメなんだよって。TVの刑事ドラマ見ながらだけどね」
それを聞いてたリュウくんが、
「ちゃんと話してたら殺人事件なくなってドラマもなくなっちゃうよ!」
って笑い出して、みんなも笑った。
僕も笑った。
勇気を出してお父さんと話してみようって考えながら。
1日目と2日目の昼間はみんなで遊んだんだ。
僕はずっとモモちゃんの傍にいた。
モモちゃんは僕より少し背が低かったけど、僕の手を引っ張って先頭を切って遊んでた。
1日目の夜は一緒の蚊帳の中で寝た。
寝ちゃうまでいっぱいお話ししたよ。
楽しかったこと、悲しかったこと、怒ったこと、いっぱいいっぱい話した。
朝起きたらモモちゃんが腕の中で眠っててドキドキしたのは内緒。
2日目も、モモちゃんは僕の手を引いてくれた。
なんで?って聞いたら、
「手を離したらアオが泣きそうだからだよ」
だって。
その言葉で僕は泣きそうになったけど、がんばって我慢した。
その日の夕方、モモちゃんは用事があるからと早めに帰って行った。
モモちゃんの言った通り、手が離れると寂しくて少しだけ泣いちゃった。
リュウくんがポンポンって頭を撫でて慰めてくれたよ。
その夜、僕らはちゃんとした服に着替えさせられた。
山里だからか夏なのに夜は涼しくて少し寒いくらいだったから、子供用の礼服を着慣れている僕らは平気だったけど、リュウくんは窮屈そうだった。
ナコちゃんは可愛いワンピースが着られて嬉しそうだったけど。
着替えて向かったのは山の麓にある神社。
篝火が焚かれ、どこか幻想的で神聖な雰囲気だった。
厳かな神事は確かにすごいと思ったけど、僕ら子供には退屈で、リュウくんなんてうとうとしていた。
けれど…
神楽舞が始まったらそれどころじゃなくなった。
舞っているのがモモちゃんだったんだ。
古式ゆかしいっていうのかな、そんな装束に身を包んで飾りのついた冠を被って、右手に持った鈴を振りながら舞っているんだ。
その姿がすごく、すごく綺麗で儚くて、僕らは目が離せなかった。
昼間、僕らの先に立ち率先して泥んこになりながら遊んでたモモちゃんの、その変貌ぶりがとても怖かった。
神様がそのまま連れて行ってしまいそうに感じたんだ。
みんなもそう感じていたのかな。
舞が終わってモモちゃんが舞台からいなくなると同時に僕らは大人を掻き分けて走り出した。
モモちゃんが消えちゃう!
そう思ったんだ。
社務所の縁側から見える部屋でモモちゃんは寝かせられてた。
熱を出したらしく大人たちがバタバタ走り回ってた。
僕らは外から見ることしかできなくて。
こっちを見て、手を伸ばして笑ってくれたその儚い笑顔が忘れられない。
モモちゃんとはそれっきり会えなかった。
でも、帰りの車でお父さんといっぱい話した。
お父さんは本当は僕も碧も一緒に連れて行きたかったんだって。
でも、碧はちょっとわがままなところがあって礼儀作法も僕ほどできないから連れて行けないって言ってた。
一緒に行きたかったら僕からも碧に言い聞かせてくれって頼まれちゃったよ。
僕、がんばって碧に教えようと思ったんだ。
碧も僕と一緒がいいって言ってたからきっとうまくいくよ。
碧のわがままなところは結局治らなかったけれど、大事なところではちゃんと礼儀作法を守ってきちんとできるようになった。
それからは僕らはいつも一緒にいられた。
モモちゃんに会いたい気持ちはあったけど、お父さんが難しいって言ってたから諦めてた。
ずっとずっと焦がれていたモモちゃん。
こんな形で再会できるなんてなんて幸せなんだろう。
今日もモモちゃんは僕の隣で微笑んでる。
モモちゃんも成長したからかな、子供の頃より可愛くなってる気がする。
あの時は外を駆け回ってたからよけいに男の子って感じがしたのかな?
神楽舞の時はすっごく綺麗で男の子なのか女の子なのかわからない感じだったけど。
僕のことを覚えていなかったのは残念だな。
でも、これからはいつも一緒だって言ってくれた。
モモちゃんの神楽舞は世界を浄化する舞なんだって。
モモちゃんは、この学園のあちこちに悪いものがあるって言ってる。
悪いものというのは、人の悪意とか欲望、妬み嫉み、強すぎる愛情もダメなんだって。
一番ひどいのが生徒会室があるところらしい。
それからSクラスがある別棟。
それを聞いて綾ちゃんは頷いてた。
生徒会室はランキング上位者がいつもいるところだからそう言った感情が向かっていくのだろうって。
Sクラスの別棟は1階に各親衛隊の拠点になってる部屋があるからそのせいかもしれないって。
これから行く池も モモちゃんが通うようになるまで悪いものが溜まってたんだって。
正直、僕にはよくわからない。
生徒会室も親衛隊の所も僕にとってはとても居心地のいい所だったから。
モモちゃんに行っちゃダメだよって言われて行かないようにしてるんだけど、こっそり内緒で親衛隊のところには行ってる。
だって、会長の隊からの差し入れのお菓子が美味しいんだもの。
なんでも、会長に差し入れするためにおいしいおやつを研究してるグループがあるんだって。
たくさん作るから食べきれなくて他の親衛隊の所に食べてくださいって持ってくるんだ。
お菓子が届いた時に隊長が連絡してくれるんだけど、たまに会長に出会うことがある。
そんな時、会長は少し寂しそうに笑いながら、
「いつでも帰ってきていいぞ」
そう言って頭を撫でてくれる。
誰にも内緒だけど、僕はその会長の手が好き。
すごく優しくてなんだか泣きたくなるけれど。
そういえば、会長は僕と碧を間違えたことなかった。
不思議。
お菓子は時々持ち帰ってる。
でも、モモちゃんは手作りのお菓子が苦手みたいで、気持ち悪いから食べないっていつも言うんだ。
綾ちゃんは前に一服盛られたことがあるらしくて手作りのものには絶対に手をつけない。
それを聞いた碧も食べなくなった。
結局食べてるのは僕と、ああ見えて甘党の剛ちゃんだけ。
時々俊ちゃんと悠貴くんも摘み食いしてる。
池に着いたらモモちゃんは1曲だけ謡う。
あの神楽舞で聞いた謠。
不思議な調の祝詞みたいな謠。
その謠を聞くと胸がザワザワする。
これって親衛隊のところに行ってるから僕の中に悪いものが入っちゃったってことなのかな?
ザワザワするのと同時にしこりみたいなものも感じる。
これは何だろう?
小さなトゲみたいな…違和感?
これが悪いモノなのかな……




