⑶ 詩織さんとデート
今まで詩織は、学校の帰りに食材を買いにスーパーへ寄るぐらいで、自宅と学校のあいだを往復するだけの日常を送っていた。
友達と一緒にお店へ寄ったり、遊びに行ったり、といった事を、まったくしてこなかったようだ。
学生の本分は勉強である。
実に模範的とも言えるが、詩織には勉強以外にも、色々学んでほしいと思った。
そこで、私は詩織をデートに誘った。
「今度の日曜日、何処かへ遊びに行こうか?」
詩織は嬉しそうに、目をキラキラさせている。
「詩織が遊びに行きたいところ、何処へ行こうか」
しかし、遊び慣れていない子に何処へ行こうかと聞いても、当然出てこない。
私は無難なところで幾つかあげた。
「動物園とか……ああ、水族館なんていうのも良いかもしれない」
すると詩織は、思いついたように言った。
「植物園へ行きたいです」
「し……植物園?」
なんともまあ、想定外のリクエストである。
私は、動きの無い植物をみて、何が面白いのか解らない。
まあ、綺麗な花を見て楽しむ。
人それぞれ嗜好は違う。
「わかった。雨天でなければ植物園へ行きましょう」
という事で、詩織と最初のデートが決まった。
しかし、植物園といっても色々ある。
日帰り出来る所で、なるべく大きな植物園を探した。
そこで○○植物園へ行く事にした。
車で行く事も考えたが、休日は駐車場が混雑するとの情報から、電車で行く事にした。
移動時間は約1時間。
9時30分開園との事で、8時30分に駅で待ち合わせる事にした。
・・・・・・
そして、その日が来た。
私は普段着の、研究室へ行く恰好だが、詩織は真新しい服装で来た。
落ち着いた装いだが、純白のワイシャツが眩しい。
背中に浮かぶインナーのライン。
つつましやかな胸の膨らみ。
これが女子中学生の透明感。
電車に乗って目的地へ向かう。
日曜のこの時間という事で空いている。
詩織と一緒に座った。
車内に降り注ぐ暖かい陽射しが眠気を誘う。
いかんと思い、気持ちを起こして詩織を見ると、詩織は嬉しそうに私を見ていた。
うたた寝しそうになる私を見ていたようだ。
こんな時、どんな話しをしたら良いか。
あまり詩織の事を言えない。
私も遊び慣れていないのだ。
無難なところで詩織に話し掛けた。
「詩織は学校で、何かクラブに入っているの?」
「私は園芸部に入ってます」
「ああ、だから植物園?」
「はい」
「どんな植物を育てているんだろう」
「私が育てているのは苔類です」
「……コケ?」
「はい」
「いやぁ、ずいぶんと渋い趣味をお持ちで」
「コケって、かわいいんですよ」
「はあ?」
「これは、溶岩石に着生させた、ヒノキゴケです」
そう言ってスマホの写真を見せてくれた。
水に浸された溶岩石から、力強く生えているコケ。
なるほど、たしかに、可愛いかもしれない……。
それからは、詩織がコケについて、色々な事を話してくれた。
ギンゴケは、極寒の南極大陸でも生育しているとの事。
もしかしたら火星にも、コケ類なら生息しているかもしれない……等。
詩織が嬉しそうに、色々な話しをしてくれる。
そんな詩織に愛おしさを感じた。
詩織の話しを聞かせてもらっている内に、目的の駅に着いた。
そこから歩いて15分ほど。
○○植物園に到着した。
最初に園内地図をもらい、詩織と確認した。
ものすごく広い。
私は、あまり植物園には興味無いが、歩き回るだけでも良い運動になりそうだ。
最初に、巨大なドーム型の温室へ向かった。
ここでは、日本では見る事の出来ない熱帯植物を見る事が出来る。
ジャングルに迷い込んだ感じだ。これはおもしろい。
大きな蝶が、ゆっくりと飛んでいる。
『キィーッ、キィーッ』と言った猿の鳴き声を効果音として鳴らしていたら楽しいのに……等と、植物園本来の目的から外れた事を考えていた。
温室内の気温は高いが湿度が低い為か、不快感はない。
詩織と手を繋いでゆっくりと散策した。
温室から出ると、暖かい陽射しと穏やかな風。
実に気持ち良い気候だ。
次にバラ園へ向かった。
西洋風の巨大な庭に、さまざまなバラが咲いている。
バラ独特の香りに包まれる。
ヨーロッパの古城庭園にでも来たような気分だ。
近くにレストランがあったので、少し早いが、そこで昼食をとる事にした。
メニューの中に、バラの花びらを使った冷たいパスタというのがあり、私と詩織はそれを注文した。
内容は、冷やしたパスタにバラの花びらとサラダをあえたもので、バラの花のほろ苦さがオリーブオイルによって緩和されている。
その後、ローズケーキとローズティを頂いた。
私は植物園に期待していなかったが、これはこれで楽しい。
次に向かったのは花畑。
一面、青色のシバザクラが咲いている。
これはすごい。
以前、北海道で見渡すかぎり、紫色のラベンダー畑を見た事があるが、あの時のような、目が覚めるような景色が広がっている。
私と詩織はベンチに腰掛け、冷たいお茶を飲みながら、ゆったりと花畑を見ていた。
右隣に座った詩織は、私に体を倒して言った。
「レイさんと仲良し」
私も右手で詩織を引き寄せて言った。
「はい」
詩織の体から伝わる暖かさ。
ああ、今日はデート日和だ。
・・・・・・
次に向かったのは日本庭園エリア。
わびさびを思わせる古池と竹林。
こういった、静寂の間も良いものだ。
等と考えていると、突然詩織がしゃがみ込んだ。
「わぁ、鳳凰ゴケ」
詩織はしゃがみ込んだまま、古池の周りを観察している。
「あっ、ギンゴケ」
詩織はスマホに接写レンズを付けて撮影している。
それはそれで楽しいのかもしれない。
私は詩織の後をついてまわった。
陽射しの当たる古池のまわりから、竹林の中へ入った。
太陽の光がさえぎられた、やや薄暗い世界。
そこは湿り気のある土でおおわれている。
いたる所が緑の地面。そう、全てコケだ。
今まで、コケの生えた地面に何の関心もなかったが、改めてみると、それはそれで面白い。
よく見ると色々な形がある。
日本に生息しているコケだけでも、1800種類以上との事だ。
さまざまなコケを観察し、最後に藤園へ向かった。
これはすごい。
藤棚から豪雨のように垂れさがる紫色の花。
広い藤棚の下を、詩織と手を繋いでゆっくりと歩いた。
ここは何処だ? まるで異世界へ迷い込んだようだ。
4時閉館との事で、ゆっくりと帰る事にした。
今日は歩いた。良い運動になった。
帰りの電車で、詩織は私の肩にもたれて眠ってしまった。
今日のデートが楽しみで、昨日は眠れなかったに違いない。
等と思いながら……実は私も眠れなかったのは……内緒だ。
駅に着いて詩織を起こすと、詩織は頬を染めて恥しそう。
夕食をどこかで、と思ったが、詩織もだいぶ疲れているようだ。
まっすぐ帰る事にして、詩織を自宅まで送った。
「コーヒー淹れますので是非上がって下さい」
詩織にせがまれたが、玄関前で失礼した。
そして私は、まっすぐ自分のアパートへ向かった。
その時の私は、何も気づいていなかった。
今日の詩織とのデートを、何者かがマークしていた事を。
何者かがマークしていた?
まさか!……玲さんに女の影が?
次回:(第2章 終話)花火大会




