⑵ 誰も居ない家に
私の研究室に、新任の先生が来られた。
担当教授は変わったが、今までの研究を続けさせてもらえる事となった。
私は大学の研究室で、助手としての仕事をしながら自分の研究を進めている。
研究のテーマは電磁波の絞り込み。
光は発散する。しかし単一波長で位相を揃える事で、広がらない光線(レーザー光線)を作る事が出来る。
同様に、電磁波に於いても広がらない電磁波線が作れると考え、その研究を進めてきた。
試行錯誤の末、広がらない電磁波線を作る事に成功した。
これによって、遠方の受信機に効率よく情報を送る事が出来る。
しかし、それを発表する予定の先生が行方不明となり、発表は延期となってしまった。
今日は一通りの実験環境を整えて、夕食前に帰宅した。
アパートに着くと、玄関扉の前で、また詩織が膝を抱えてしゃがんでいる。
しかし、私を見るなり深く頭を下げて、帰ろうとした。
なんだろう、ただ事では無いように感じた。
私は声を掛けた。
「何か、あったんですか?」
「……」
詩織は、ただ黙って下を向いている。
再び詩織に訊いた。
「何があったんです!」
「学校から帰ってきたら、部屋に空き巣が入って、荒らされていました」
「空き巣?……警察へは?」
「今、母が現場検証に立ち会っています」
「……そう」
「母から『後は私が対応するから、しばらく外出してなさい』って言われて、行くところが無いもので、ここへ来てしまいました」
詩織さんの母は、詩織を引き取ったにも関わらず、詩織に1人暮らしをさせている。
その事が問題にならないよう、詩織に外出させたのだろうか。
空き巣……つい先日、大学の研究室にも空き巣が入った。
そして今日、空き巣が入った詩織の家は、浅野先生の家。
こんな偶然、あるのだろうか?
そんな事を考えていると、詩織のスマホが鳴った。
相手は母親で、現場検証が終わり、荒らされた部屋を片付けたとの事。
母親は一緒に暮らしている男性の所へ戻るとの連絡だった。
詩織は私に挨拶した。
「それでは、私も家へ戻ります。ご心配をお掛けしました」
……この子が家に帰る。
今日、空き巣が入った家に。
誰も居ない家に……怖いはずだ。
「あの……」
とっさに声を掛けてしまった。
「せっかくだから、夕食でも一緒に食べていかない? 何かつくるよ」
未成年の少女が1人で住んでいる家に空き巣が入った。
その少女を知り合いの私が一時的に保護した。
そう、ただそれだけの事だ。
その時、詩織が見せた切なくも嬉しい表情が、私のこの先を大きく変えてしまうのだった。
私は詩織を部屋に入れた。
女子中学生が好みそうな物という事でオムライスを作った。
男の手抜き料理である。
そんな粗末なものであるが、詩織は嬉しそうに食べてくれた。
私の料理を食べ終えた詩織は私に尋ねた。
「あの……またここへ来ても……いいですか?」
女子中学生が1人暮らし。
心細いはずだ。
さすがにその時、ダメだとは言えなかった。
「……ああ」
そして付け加えた。
「外で待っていると、近所から不審に思われてしまうから、部屋に入って待っていて」
「はい」
私はこの部屋の合鍵を渡した。
詩織はそのカギをお守りのように胸の前で握り絞めていた。
中学生の少女が、誰も居ない家で毎日を過ごす。
こんな事、決して良い事ではない。
しかし、詩織にとって、ここへ来ても何も無いではないか。
私は1つ提案した。
「もし良かったら、ここで勉強しない?」
詩織は顔を上げた。
「うん、解らない所があったら教えてあげよう」
「本当ですか!」
詩織は、ぱぁっと明るい笑顔を見せた。
まあ、私の友人も、中学生の女子を相手に、家庭教師のアルバイトをしている。
それと同じようなものだ。
その時は、そう思っていた。
「ああ……じゃあ、今度来るときは、勉強する準備をして来て」
「はい……あの……では私は、里中さんの身の回りのお世話をさせていただきます」
「えっ?」
「お食事の用意したり、お掃除したり……私、通い妻になります」
「いやー……」
女子中学生……夫婦ゴッコに憧れる時期なのだろうか。
その時の私は、その程度に考えていた。
時計を見ると、20時を過ぎたところ。
「あ、こんな時間……」
さすがに泊める訳にはいかない。
「大丈夫です。私の家、ここから近いんです」
詩織の家は、ここから2つ目の駅で、駅からも近いと言う。
しかし、空き巣が入った家に、1人で帰す訳にはいかない。
「ああ、じゃあ家まで送ろう」
「いえ、そこまでして頂いては……」
「今日、空き巣が入ったという事で、家の中を一緒に確認しましょう」
「……ありがとうございます」
詩織は嬉しそうな表情を浮かべ、応じた。
・・・・・・
私は詩織を家まで送った。
さすが教授の自宅、しっかりとした家である。
部屋中の照明をつけて、詩織と一緒に室内を確認した。
特に心配はなさそうだ。
詩織の部屋……整然としている。
初めて入った少女の部屋。
……なんだろう、女の子らしいものが、何も無い。
私がイメージする『女の子の部屋』と、大きく掛け離れている。
私の認識が誤っているのか……それとも詩織が特殊なのか……?
そんな事を考えていた。
一通り確認した後、詩織がコーヒーを淹れてくれた。
リビングでコーヒーを頂きながら詩織に訊いた。
「私は、これで帰るけど……大丈夫?」
詩織は気丈な目を向けて答えた。
「はい。私には、里中さんのお守りがありますので」
詩織は、私が渡した部屋の合鍵を握り絞めている。
「わかった。何かあったら電話下さい」
私と詩織は携帯番号を交換した。
そして、私は自分のアパートへ戻った。
次回:それによって何が生まれる




