第4話:砂の城の崩壊
深夜の静寂の中、僕はモニターを見つめ続けていた。
書き換えたデータが、あいつの人生をどう食い荒らしていくのか。
想像するだけで、胃の奥がチリチリと熱くなる。
剛田は新しいアカウントで、着実に「カモ」を集め直していた。
一度炎上したことで、逆に「逆境から立ち上がる不屈の起業家」という新たなストーリーを作り上げ、同情的な信者たちを囲い込んでいる。
あいつが新しく用意した決済ページ。そこから振り込まれるはずの「再起のための資金」は、もう、あいつの手元には届かない。
「……そろそろか」
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「よし……っ、これだ。これだよ!」
剛田は、薄暗いネカフェの個室で、ガッツポーズを作った。
目の前の画面には、新しく立ち上げた『逆転の成功哲学オンラインサロン』の入会者数が、リアルタイムで更新されている。
「一度失敗した方が、物語に深みが出るんだよ。馬鹿どもは、こういう『どん底からの復活劇』が大好きだからな」
SNSで炎上させた正体不明のアンチのことなど、もう頭の隅にもない。
この数日間で、百人以上の「信者」が、一人一万円の入会金を振り込んでいる。計百万。これだけあれば、また派手な写真を撮って、次のカモを釣るためのエサにできる。
「さて……まずは景気付けに、美味いもんでも食いに行くか」
剛田は、入会金の受け取り用に指定していたネット銀行の口座を確認した。振り込み通知は、ひっきりなしに届いている。
だが。残高の数字を見た瞬間、剛田の呼吸が止まった。
「……は? 0円?」
何度更新ボタンを押しても、結果は変わらない。入金履歴には、確かに一万円ずつの数字が並んでいる。だが、そのすべてが、入金と同時に『海外の無名なオンラインカジノ』や『実体のない怪しい電子ゴミ(NFT)』の購入費用として自動送金されていた。
「な……なんだこれ、バグか!? おい、ふざけんな! 俺の金が、なんでこんなゴミに……っ!」
慌てて振込先を止めようとするが、海外のサーバーを経由した送金は、取り消しなど不可能だ。さらに、サロンの掲示板には、管理者である剛田の書き込みとして、信じられない文章が投稿されていた。
『集まった資金は、全額僕の趣味のギャンブルに突っ込みました。負けたので一円も残っていません。また明日からお布施お願いします(笑)』
「……っ!? 誰が……誰がこんな投稿を!!」
凍りつくような沈黙の後、剛田のスマホに、怒り狂った会員たちからのメッセージが殺到し始めた。
『剛田! ギャンブルってなんだよ!』『俺たちの金をなんだと思ってるんだ! 泥棒!』
画面を埋め尽くす罵詈雑言。「不屈の起業家」というメッキは、一瞬にして粉々に粉砕された。
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モニター越しに、剛田が絶叫する姿が目に浮かぶようだった。
僕は、あいつの口座に入った金を、あいつが一番嫌う「無駄」な場所に消し飛ばしただけだ。
「……あは、はははっ」
乾いた笑いが、狭い四畳半に響いた。
喉の奥が熱い。211円の残高に怯え、ボロボロのパーカーの袖を噛み締めていた、あの夜。あの時の絶望が、今は少しだけ、確かな「勝利」の熱に上書きされている。
生まれて初めて、自分の手で「壁」を壊した。誰かが決めた「普通」や「当たり前」を盾に、僕を見下していた奴を引きずり下ろした。
久々に吐き出した呼吸は、驚くほど深く、軽かった。
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「……っぜ、絶対に許さねぇ……。殺してやる、ぶっ殺してやる!!」
一方、ネカフェの個室で剛田は、自分の髪を掻きむしりながら咆哮していた。
金も、地位も、再起のチャンスも、すべてを奪われた。それも、顔も知らない「影」の手によって。剛田の腸は、煮えくり返るような殺意で煮立っていた。
「……特定屋か、名簿屋か……何でもいい。全財産はたいてでも、お前の居場所を突き止めてやるよ」
剛田は、震える手でスマホを掴んだ。
復讐を成し遂げ、初めての達成感に浸る男。
そして、すべてを失い、復讐という名の「獣」に変貌した男。
二人の運命が、再び最悪の形で交差しようとしていることに、まだぼくは気づけなかった。
第4話をお読みいただきありがとうございます。
211円の男、久方ぶりの達成感と笑顔。
どん底にいた彼が、自分の力で「壁」を壊した瞬間の高揚感を描きました。
しかし、復讐は終わったわけではありません。
すべてを奪われた剛田は、もはや社会的なルールすら無視して、牙を剥き始めます。
主人公が「終わった」と安堵しているその裏で、狂気と化した執念が足音を立てて近づいています。
次回、物語は「電脳」から「リアル」の暴力へ。
一瞬の油断が、主人公を最大の窮地へと追い込みます。
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