第3話:暗闇の教科書
画面の中で、無機質な文字が躍っている。
英語、数字、記号。学校の授業では一分と持たなかった集中力が、今は何時間でも続く。
不思議な感覚だった。
教科書に書いてあることは「誰かのための正しさ」だったが、今僕が画面越しに必死に追いかけているのは、「あいつを殺すためのナイフ」の研ぎ方だったからだ。
「……まずは、環境からだ」
中学の不登校時代、壊れかけのPCを弄っていた記憶の断片をかき集める。
ハッキングなんて、映画みたいにキーボードを叩けば数秒で終わるものじゃない。
それは、相手の家の「鍵」が開いている場所を、何千回、何万回と、音も立てずに手探りで探し続ける泥臭い作業だ。
深夜。お腹がすこうが、お前を地獄に落とせるなら冷えた臭い水道水だけで空腹なんか紛らせてやる。
高校1年から着ているパーカーの袖をまくり、僕は海外の掲示板や、古びた技術解説サイトの海に潜った。
専門用語が壁のように立ちはだかる。
『パケット・キャプチャ』『ポートスキャン』『SQLインジェクション』。
意味がわからなければ、その場でスマホを使って検索し、一つずつ噛み砕いて脳に叩き込む。
勉強は嫌いだった。
でも、あいつが流したライブ配信の、あの「焦り」を思い出せば、脳が熱を帯びた。
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「……っそ、ふざけんなよ!」
剛田は、大学近くの薄暗いネカフェで、モニターに向かって叫んだ。
タワマンのラウンジも、取り巻きの後輩たちも、今はもうない。
SNSが炎上し、大学には匿名の告発状が届き、マルチの拠点からは「ほとぼりが冷めるまで消えてろ」とトカゲの尻尾切りに遭った。
だが、剛田は諦めていなかった。
「まだ終わってねぇ……。あの『信じてます』って言ってきた馬鹿どもから、もう一回吸い上げればいいんだ」
彼は予備のスマホで、新しいアカウントを作り始めていた。
アイコンは、かつて撮った高級車の使い回し。
『失敗から学ぶ、本当の成功法則』――そんな嘘くさいタイトルを打ち込む。
一度味を占めた「搾取」の快感は、そう簡単には忘れられない。
謝罪のフリをして同情を集め、また「信者」という名の財布を作ればいい。
「見てろよ、俺をハメたどこの誰だか知らねぇクズ……。必ず見つけ出して、倍返しにしてやるからな」
剛田は、自分がどん底に落とした人間のことなど、もう一ミリも考えていなかった。
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深夜三時。
ようやく、一つの「穴」を見つけた。
剛田が以前、サロンの会員向けに雑に作った管理サイト。
セキュリティなんて言葉すら知らない素人が、テンプレートを繋ぎ合わせただけの歪な構造。
そこには、あいつがこれまで騙してきた会員たちのリスト、そして……あいつの「現住所」や「銀行口座」に繋がる、暗号化もされていない生データが眠っていた。
学校のテストでは一度も導き出せなかった「正解」が、今はモニターの中で静かに僕を待っている。
211円の残高を眺めていた時よりも、指先は冷え切っている。
けれど、頭の芯だけが、恐ろしいほどに冴え渡っていた。
僕は、数時間前に覚えたばかりのコマンドを、一つずつ慎重に打ち込んだ。
静かな四畳半に、乾いた打鍵音だけが響く。
エンターキーを押し、処理が終わるのを待つ。
画面が切り替わり、膨大な顧客情報が、ただの無機質な文字列として僕の目の前に並んだ。
「……まずは、これか」
僕は、あいつが「再起」のために用意していた新しい口座の情報を、静かに書き換えた。
第3話をお読みいただきありがとうございます。
どん底の211円男が、ついに「武器」の作り方を覚え始めました。
一方で、しぶとく再起を図ろうとする剛田。
「謝罪」や「同情」すらも金に変えようとするあいつの姿は、まさに主人公が最も憎む「歪んだ常識」の象徴です。
次回、SNSの炎上では終わらなかった復讐が、さらに一歩「実害」へと踏み込みます。
あいつが最も執着する「お金」と「信用」。
それを、主人公はどう奪い去るのか。
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