第2話:偽りの輝きと、剥がれ落ちたメッキ
アパートの壁は薄い。隣の部屋から聞こえるテレビの笑い声が、今の僕には鋭利な刃物のように突き刺さる。
モニターの前に座り、僕は震える指で検索欄にあの名前を打ち込んだ。
『剛田 猛』
名前を見ただけで、中学の時に理科室の裏で腹を蹴り上げられた感覚が蘇る。
検索結果は、すぐに僕の視界を汚した。
あいつは現役の大学生でありながら、『若手起業家』や『自由なライフスタイル』という言葉をプロフィールに並べ、SNSで自分を飾り立てていた。
ホテルのラウンジでの打ち合わせ風景、ブランド物の財布、そして「仲間たち」と称する集団でのバーベキュー写真。
「……は?」
画面をスクロールする手が止まる。
あいつが絶賛している「次世代の資産形成」。不自然に「感謝」や「マインドセット」を連呼する信者たちのコメント欄。
違和感に気づいて、僕はあいつが自慢げにアップした高級時計の写真を、画像検索にかけた。
……海外のサイトにある拾い画だ。
別の投稿にある豪華なオフィスも、調べれば誰でも借りられる時間貸しのレンタルスペースだった。
「……嘘だろ。これ、マルチじゃねぇか……っ!!」
心臓の鼓動が速くなる。
ただの大学生の分際で、起業家だの自由だの抜かして、その実態は他人をハメて金を吸い上げる薄汚いネズミ講。
人から「夢」をエサに金を巻き上げて、自分だけは「勝ち組」のツラをして、高級な肉を食い、女と遊び、マウントを取る。
そんな、世間から見れば真っ黒な犯罪紛いのことをしておいて。
あいつは、僕に「普通」になれなかった罰を与えたあの顔で、今も笑っている。
「ふざけんなよ……。人を騙して、地獄に落として……その金で、こんな暮らしをしやがって!!」
視界が怒りで赤く染まる。
僕が211円の残高に震え、高1から着ているパーカーの袖を噛み締めている間に、あいつは嘘で塗り固めた『正義』を振りかざして、のうのうと生きていた。
許せない。
「普通」じゃないのは、僕じゃない。あいつの方だ。
あいつこそ、この社会のバグだ。
「……バラしてやる。お前のその薄汚いメッキ、全部剥いでやるよ」
僕は匿名のアカウントを作り、あいつの投稿の矛盾点を一つずつ整理して、静かにつぶやいた。
『この時計、海外サイトの拾い画ですよね? あと、このビジネス、先月行政指導が入った団体と関係ありませんか?』
一一一一一一
「あー、マジで最高だわ」
都内のタワーマンション、そのラウンジで剛田は背もたれに深く体を預けた。
手元には、自分の数ヶ月分の「成果」である高級シャンパン。
スマホの画面には、自分を崇める後輩たちからの「剛田さん、マジで尊敬します!」「僕も早くそのステージに行きたいです!」というメッセージが並んでいる。
通知音が鳴る。
見慣れない匿名アカウントからのリプライだった。
『この時計、海外サイトの拾い画ですよね?……』
「……ハッ、またかよ」
剛田は鼻で笑い、シャンパンを口に含んだ。
こういう「アンチ」は定期的に湧く。持たざる者が、持てる者の足を引っ張ろうとする、醜い嫉妬だ。
「拾い画? 当たり前だろ、イメージ戦略だよ。ガキが正義感振りかざしてんじゃねぇよ。成功者は孤独なんだよなー」
剛田はリプライを鼻で笑い、ブロックもせずに放置した。
この世界は、騙される奴が悪い。動かない奴が悪い。
自分は「選ばれた側」なのだと、疑いもしなかった。
――数時間後。
明け方、喉の渇きで目を覚まし、何気なくスマホを手に取った。
「……は? な、なんだこれ……っ!?」
画面を埋め尽くしていたのは、お祝いのメッセージではない。
数千件を超える通知。そのすべてが、罵倒と追及だった。
『詐欺師確定じゃねーかwww』
『拾い画で成功者気取りとか恥ずかしくないの?』
『こいつの住所特定班、まだ?』
昨日まで自分を「師匠」と仰いでいたカモたちが、手のひらを返したように自分を叩いている。
あのアカウントだ。あの匿名の、取るに足らないはずのリプライが、導火線になっていた。
「ふざけんな……っ、営業妨害だぞ! 一体誰が……誰がやったんだよ!! ぶっ殺してやる……!」
剛田は部屋をのたうち回り、必死の形相で自室からライブ配信を始めた。
「……あれは誤解なんです! 僕はただ、みんなに自由を……!」
カメラに映った自分の顔は、もはや「成功者」のそれではない。
冷や汗でテカり、視線が泳ぐ、ただの追い詰められた小悪党の形相だった。
一一一一一一
画面越しに、剛田のメッキが剥がれていく音が聞こえるようだった。
かつて僕を「キモい」と笑った時の余裕なんて、微塵も残っていない。
でも、コメント欄には「剛田さんも騙されてるだけかも」という同情の声も混じっている。
……吐き気がする。
あんな奴でも、まだ「信じてくれる誰か」というセーフティネットを持っているのか。
僕には、何もない。
211円の残高と、この薄暗い四畳半。
あいつが「ごめんなさい」で済ませて、また新しい名前で「普通」の暮らしに戻るなんて、絶対に許さない。
「……もっとだ。もっと奥まで、あいつを、この世界を、引きずり下ろさないと」
僕は、青白い光を放つモニターを見つめ直した。
学校の勉強はできなかった。
でも、復讐のためなら、僕は化け物にだってなってやろう。
「……教えてくれ。どうすれば、こいつらの息の根を止められる?」
僕はキーボードに手を置いた。
復讐という名の、果てしない学習が始まった。
第2話をお読みいただきありがとうございます。
自分を「選ばれた成功者」だと信じて疑わなかった剛田。
彼の慢心が、主人公の放った小さな火種で一気に炎上していく様子を、剛田自身の視点からも描きました。
「一体誰が!」という剛田の叫び。
その答えが、まさか自分がゴミのように扱った「あの男」だとは、彼はまだ気づいていません。
SNSの炎上では届かない、もっと残酷で知的な復讐のために、主人公が闇の技術へと足を踏み入れます。
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