第1話:211円の価値
「普通」というありふれたスタンダードな言葉の前には、
あまりに不平等すぎる世界だ。
そして、ぼくは「普通」になれなかった。
ただそれだけの理由で、ぼくの人生は詰んだ。
学歴、年収、人間関係。
誰かが勝手に決めた「正しさ」の重力に押し潰され、手元に残ったのは211円という絶望的な数字だけ。
これは、どん底に落ちたぼくが、自分を壊した奴らへの「復讐」を誓い、
やがてこの世界の仕組みそのものを終わらせていく記録だ。
世の中には、目に見えない「線」がたくさん引かれている。
学歴という線。年収という線。容姿という線。
そして、その線のどちら側に立っているかで、人間としての価値が決まる。それがこの世界の「ルール」だ。
コンビニのレジ横にある募金箱を見つめながら、ぼくは自分の指先を眺めた。
カサカサに乾いた指先。爪の間には、昨日まで働いていた日払いの解体現場の砂が詰まっている。
ポケットの中にあるスマートフォンを取り出し、画面を点灯させる。
光る液晶に映し出された銀行アプリの残高。
211円。
これが、21歳、Fラン大学中退、引きこもり歴3年のぼくの、現時点における「存在の価値」だった。
あと数時間もすれば、ここから奨学金の利息が引き落とされ、この数字は借金という名の負債へ変わる。
「……お会計、よろしいですか?」
レジの奥から、ぼくより少し年下に見える店員が声をかけてくる。
その目は、ぼくを見ていない。ぼくの背後に並ぶ、高級なスーツを着たサラリーマンを見ている。
彼にとって、ぼくは「客」ですらなく、ただの「障害物」なのだ。
ぼくは手に持っていた100円のパンを棚に戻し、店を出た。
外は雨だった。
冷たい雨が、高校1年生の時からずっと着続けている、生地の薄くなったパーカーに染み込んでいく。
歩道橋の上から、絶え間なく流れる車のヘッドライトを眺める。
あの車に乗っている奴らは、ぼくのことなんて微塵も考えない。
彼らは「社会」という大きな歯車の一部として機能し、税金を払い、マウントを取り合い、自分より下の人間を見て安心している。
なぜ、こんなに苦しいんだろう。
なぜ、ぼくの人生はこんなに簡単に詰んでしまったんだろう。
中学の時、剛田に殴られたあの痛み。
高校の時、美咲に「キモい」と笑われたあの絶望。
大学を辞める時、教授に言われた「君、これからの人生どうするの?」という、慈悲の仮面を被った侮蔑。
全部、誰かが決めた「正しさ」のせいだ。
誰かが決めた「普通」。誰かが行っている「当たり前」。
金があるのが正しい。金があるから正義。
友達が多いのが普通。社会の役に立つのが当たり前。
そんな勝手な常識が、ぼくという人間を押し潰し続けている。
「……消えればいいのに」
声に出してみると、喉の奥が熱くなった。
死にたいわけじゃない。でも、生きていたくもない。
どうすればこの泥沼から抜け出せる?
真面目に働けばいいのか? 誰かに謝ればいいのか?
……いや、違う。そんなことをしても、ぼくについた「落伍者」のラベルは剥がれない。
ぼくは、アパートに帰った。
四畳半の部屋。唯一の贅沢品である、中古のパーツを組み合わせて作ったデスクトップPC。
モニターの青白い光が、暗い部屋を照らす。
暗い画面に映る自分の顔は、ひどく惨めだった。
このまま消えるのは嫌だ。でも、普通に戻ることもできない。
だったら、せめて。
ぼくをここまで追い詰めた連中に、同じだけの、いや、それ以上の絶望を味合わせてやりたい。
ぼくの人生を最初に壊した「あいつ」の顔が浮かぶ。
あいつは今も、どこかで「普通」の顔をして、誰かに囲まれて、笑っているんだろう。
許せなかった。
ぼくはキーボードを叩いた。
学校の勉強はできなかった。でも、中学時代に引きこもっていた頃から、ぼくは知っていた。
この世界の「急所」は、意外と柔らかい場所に剥き出しで置いてあることを。
「……まずは、あいつから始めようか」
ぼくの指が、エンターキーの上で止まった。
震えていない。
211円の重力から、ぼくが初めて解放された瞬間だった。
初めまして。
本作を手に取っていただき、ありがとうございます。
第1話、いかがでしたでしょうか。
211円。この数字が、主人公にとっての今のすべてです。
でも、彼には唯一、世界に抗うための些細な「武器」がありました。
次回から、いよいよ本格的な復讐が始まります。
まずは、彼の人生を狂わせた最初の標的――「剛田」から。
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次話もお楽しみに。




