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あるいは、知性という名の媚薬

 カエサルの差し出した大きな手が、空中で彼女の返答を待っている。 分厚く、剣ダコで固くなった掌。それはローマの力そのものであり、彼女にとっては掴まなければナイルの藻屑と消える、唯一の命綱だった。


 先ほどまで毒を吐き、世界を挑発していた彼女の唇が、ふっと柔らかく、蕾が綻ぶような曲線を描いた。 彼女は瞬時に理解したのだ。この男の前で、女の武器(肌)を安売りすることは、逆効果にしかならないと。彼が求めているのは、一夜の慰み者ではなく、彼と対等に渡り合える「怪物」なのだと。


 クレオパトラは震える指先を、わざと頼りなげに彼の掌に乗せた。 カエサルの無骨な皮膚の熱が、彼女の冷え切った指先に伝わる。彼女はそれを拒むどころか、吸い寄せられるように彼に寄り添い、真紅の外套に包まれた体を、さらに彼の懐へと滑り込ませた。

 上目遣いに彼を見つめるその瞳には、先ほどの鋭さは影を潜め、代わりに霧がかったような湿り気が宿っている。だが、それは媚びではない。獲物を前にした狩人が見せる、静かな興奮の表れだった。


「……望むところですわ、閣下」


 鈴を転がすような、けれどどこか重みのある声。 彼女は彼の掌を握り返すのではなく、そっと自分の頬に寄せた。52歳の男が戦場で刻んできた時間の重みと、鉄の匂いが染み付いた皮膚が、21歳の少女の滑らかな肌に触れる。


「ハゲの女たらしだなんてとんでもない。このように温かく、大きな手をお持ちの方だとは。噂というものは、当てにならないこと」


 彼女は小さく吐息をつき、カエサルの胸元に視線を落とす。

 その「あどけない信頼」の仕草は、百戦錬磨の彼でさえ一瞬、呼吸を忘れるほどに完成されていた。彼女は、彼が「女たらし」であることを否定し、「一人の温かい人間」として触れたのだ。孤独な権力者にとって、それがどれほどの劇薬(毒)となるかを知り尽くした上で。


「退屈を殺せ、とおっしゃいましたね」


 彼女は再び顔を上げ、カエサルの瞳をじっと見つめる。 そこにあるのは、挑発ではない。「私は貴方のための最高傑作コレクションなのだ」という、究極の献身を装った支配の宣言。


「ご安心くださいませ。私は、古代から続くファラオの知恵も、この地が育んだ膨大な天文学も、数カ国語の言葉も……そして、強欲な男たちを掌で転がすための政治の機微も。幼い頃から、この身に叩き込んでまいりました」


 可憐な指先が、カエサルの手首の脈打つ場所を、そっとなぞる。


「肌などお見せせずとも、貴方を酔わせて差し上げましょう。私の頭の中には、アレクサンドリア図書館よりも深く、刺激的な知識が詰まっておりますわ。……エジプトの夜がどれほど深く、知的な冒険に満ちているか。そのすべてを、貴方に捧げる準備はできております」


 カエサルの胸の奥で、何かが音を立てて崩れる音がした。 それは理性の壁か、あるいは「この娘を傷つけたくない」という奇妙な自制心か。

 目の前の少女は、確かに自分を誘惑している。だがそれは、肉体を使った卑俗な媚態ではない。自らの知性と、歴史と、魂を一つの「作品」として差し出す、あまりに贅沢で、恐ろしいほどの覚悟。


 ローマの女たちは、宝石や地位をねだった。 だが、この異国の少女は、「私の脳髄を味わえ」と言ってのけたのだ。


「……なるほど。君は、私をただの協力者にするつもりはないらしいな」


 カエサルの声が、わずかに掠れる。

 ローマの英雄は、頬に触れていた若き女王の手を離すと、今度は彼女の細い腰に腕を回し、ぐいと引き寄せた。 もはや「保護」ではなく、逃げ場を塞ぐ「占有」の動き。 真紅の外套の中で、二人の身体が密着する。


カエサルの革鎧の硬さと、彼女の身体の柔らかさが、互いの境界線を曖昧にしていく。


「いいだろう。その『知恵』とやらを、一から十まで検分させてもらおうか、お嬢さん。……だが、忘れてはいけないよ」


 カエサルは、彼女の耳元に唇を寄せ、低く囁いた。それは愛の言葉ではなく、共犯者への警告だった。


「私の退屈は、並大抵の毒では死なない。夜明けまでに私が満足しなければ……エジプトの命運は、君のその美しい涙と一緒に、ナイルへ流すことになるぞ」


 クレオパトラは、恐怖に身を震わせる代わりに、彼の首筋に細い腕を絡めた。 そして、満足げに微笑んだ。 その微笑みは、獲物が罠にかかったことを確信した魔女のように、残酷で、そして何よりも美しかった。


「ご期待に添いましょう、私の共犯者様パートナー。……朝が来る頃には、貴方はもう、私なしの世界など考えられなくなっているはずですわ」


ハゲの女たらし(でもスパダリ)VS 21歳の気位が高く知性的な絶世の美女!

野心が渦巻くローマとエジプトで、個性的な二人が頑張ります!

応援して出さるという方は、ぜひ下にある**【☆☆☆☆☆】評価と【ブクマ】**を!!

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