ぐぜり
今日は久々に寝坊をしてしまった。と、すっかり日が昇った空の下、いそいそと巣穴から社へと向かった狐は聞こえてきた姦しい声に耳を震わせた。
どうやら、誰かが来ているらしい。
声の方向へと向かってみれば、蓬霧の前で鶯が喚いていた。
「オレは、オレは、本気でモテたいんだ! 今年こそ、今年こそ可愛い子ちゃんと番いたいんだ! なのに、なのに!」
なんとも、うるさい。
耳を伏せ見上げた主は、相槌を打ちながら咲き始めた桜の花を見上げていた。あれは、たぶん聞いていないだろう。
鶯の泣き言ばかりが繰り返されていた。
「去年も、その前も、あんちくしょうがモテモテなんだ! そりゃ、オレより上手く鳴いてるさ。そりゃとびきり上手い。けど、けど、オレだって、努力はしてんだよぉ……」
「うん、うん。そうだね。お前はなかなか上手くならないね」
「蓬霧さま……」
わっと泣き出した鶯に狐は憐れみの目線を向けた。しかし、蓬霧に慰めを求めようと思ったことがそもそも間違いなのだ。同情はしない。
「あぁ狐、おはよう。今朝は遅かったね」
「おはようございます蓬霧さま」
足早に主に近づくと、鶯が「狐!」っと驚きその身を固く強張らせた。ぎゅっと鼻にシワが寄る。
「お、お、オレを食べても、美味しくないぞ!」
「うるさいな、食いやしないよ」
「ほんとうか!?」
高い声が耳に突き刺さるようだ。本当に、うるさい。小さな体へ威嚇するように鼻を近づけた。
「心底腹が減ってれば手を出すかもしれないけどね。狙うなら、もう少し大きいのを狙うよ」
脅しが過ぎただろうか。ひ〜とさらに身を縮めた鶯にため息をつく。吐息がかかったのだろう、小さな体がビクついた。――だから、食いやしないって。と狐ひとりごち、楽しげにやりとりを眺めていた蓬霧へと視線を移した。
「そんなに下手なのですか、これは」
「そうだね。お前も聞き覚えがあるはずだよ」
ほら、あの。と言われたところで狐に分かるはずもない。素直に首を傾げた。
「さて。この時期はどの鶯も練習しておりますので、どの声の持ち主かまでは分かりかねます」
「そうか」
驚きと納得を綯い交ぜにしたような表情で蓬霧は頷く。それから、うん、と唸り声をこぼし泣き崩れる鶯へと視線を戻した。
「なら鶯、ひとつ鳴いてみてくれ」
「い、今、この流れでか!?」
「あぁ。狐に聞かせてやってくれないか?」
「う、上手く鳴けないんだって言ってるだろ! それをわざわざ聞かせてやれってのか!?」
「うん、私は好きだよ。お前の鳴き声」
柔らかなそのもの言いに、鶯は言葉を詰まらせた。言葉通り蓬霧は下手な鶯の鳴き方も、それはそれで慈しんでいるのだ。上手くなったのならそれもまた、素直に褒めるだろう。
鷹揚な神の、戯れの頼みだ。断ることも出来ず、鶯はピッチョチョピッチョと声を震わせていた。
そのうち覚悟を決めたのだろう。ホー……っと声を響かせた。
「ホー……ホケケキョキョ」
「なんか……多いですね」
「う、うるさい」
小さな嘴がすかさず抗議を入れる。
「ちょっと緊張したんだ! いつもならもうちょっとちゃんと鳴けるんだ!」
変わらず、蓬霧は無垢に言ってのける。
「じゃあもう一度、やってごらん」
「もう一度!?」
「ほら、早く」
その無邪気さが鶯には堪えるだろう。しかしだからこそ抗えるはずもなく、今度はピッチョチョピッチョと助走をつけ。
「ホー……ホケキョッ」
「なにか、もの足りないですね……」
やはり、上手くはない。己の鳴き声に鶯は地団駄を踏み始めた。
と、そこに。山の向こうから鳴き声がひとつ。
――ホーホケキョ。
音のした方へと視線を向けた蓬霧が、満足そうに頷いた。
「うん、あちらは上手だ」
素直な蓬霧の言葉が今は余計に刺さるだろう。
「チクショー!!」
姦しい鶯の声が山に響いていた。




