土筆
山を一巡り、木々や精霊たちと言葉を交わし社へ帰ると、土筆が数本乱雑に置かれていた。摘んだと言うよりかは千切ったと表した方が正しいだろう。長さのまちまちなそれらのひとつを、蓬霧は手に取った。
「里の子でしょうか」
覗き込み、匂いを嗅いだ狐が尋ねてくる。ヒトの匂いがしたのだろう。鼻にシワが寄っていた。
元よりヒトの立ち寄る場所だ。見知らぬ匂いが気に入らないのだろう。獣らしい。無意識の反応に手を伸ばし、その部分を掻いてやった。
「きっとそうだろうね」
「わざわざ里から持ってきて、何のつもりでしょう」
「さぁ、」
蓬霧は微笑んだ。
答えを聞いた所で、理解出来るかも分からない問い掛けだ。尋ねようと思ったことはない。
在るが儘、とは少し違う心持ちだ。けれど、好きにすればいいと思う。
付かず離れず。
これまでも、これからも。
「何処かへ捨ててきましょうか」
鼻先で土筆を散らかす狐には首を横へ振って否を返した。
「やめておきなさい。子らが喜ぶだけだ」
手折られた土筆はここで朽ちるか、人の手で片付けられるのが良いだろう。風や鳥たちが何処かへ持ち去るのも構わない。
ただ、己がこれ以上関わることは憚られた。
何てこと無い、土筆を手の内で転がす。
「しかし、どうして土筆なんか持って来たのでしょうね」
よほど不思議なのだろう。同じように前足でつついて遊ぶ狐は、これにどんな意味があるのだろうかと首を傾げ続けていた。
うん、吐息のような相づち。
まだ瑞々しさを残すそいつに目を落とした。
――佐保姫の
思い起こした歌は懐かしい声と共に。
「蓬霧さま?」
こちらを見上げた褐色の瞳に目を細めた。
「さぁ、何でだろうね」
手に持った一本を元の場所へと置き、手に付いた土を払う。ふわりと、そこからも漂う春の匂いが鼻腔をくすぐった。
――佐保姫の 筆かとぞみる つくづくし 雪かきわくる 春のけしきは
夫木和歌抄/藤原為家




