時鳥
キョッキョッキョケキョ。
青々と木々の繁る山からホトトギスの声が聞こえてくる。季節はいよいよ、夏へと移行したようだ。わずかに残る春の名残も直に染め替えられていくだろう。
湿り、暑さの増した昼日中。
ふわり、山を歩く蓬霧はあくびを繰り返していた。
「もう、お眠りになりますか蓬霧さま」
共に歩く狐の声はどこか寂しげだ。その毛並みもまた温かな冬毛から、涼し気な夏毛へと生え変わっている。
「うん、そうだね」
そんな身近な季節の移り変わりに目を細め、蓬霧はおっとりと狐の問に肯定を返した。
「今年の役割も終わりのようだ」
告げれば、とろとろと睡魔が瞼を重くする。ゆったりと進んでいた歩みは更に遅くなり、今にもその場で横臥しそうであった。
「なりませんよ蓬霧さま。この場所でお眠りになってはなりません。狐がきちんと先導いたしますから、少し休もうなどと言わないでくださいませね。いいですね、ついてきてくださいね、蓬霧さま」
ん、ふ、ふ。蓬霧が、笑う。
「ほんとうに、お前は姦しいねぇ」
ざわり、ざわり。木々たちも蓬霧の背を押すように風を送った。小鳥たちには時おり毛先をつばまれ前へ、前へと引っ張られる。山からの叱咤だ。
ん、ふ、ふ。蓬霧はまた、笑った。
狐は相変わらず姦しい。
「蓬霧さま、あと少しでございますからね。よいですね。いやしかし、今年もまた素晴らしい春でございましたね。花も風も光も生き物たちも、みな良い春でございました」
「うん、うん、そうだね、きつね」
「夏を越え、秋を越え、冬を越え。また次の春にお会いします時には私の子どもたちをご紹介いたしますからね。楽しみにお待ちください」
「うん、そうか。もう代替わりかい?」
「いいえ! 滅相もございません! 私はまだまだ蓬霧さまの近くにいとうございます。いさせてくださいますね? いえ、断られようとお側におりますが、子どもたちのことも紹介させて欲しいのです」
「うん、うん。分かった、分かった。また、お前が起こしに来なさい。来なければうっかり、寝過ごしてしまうかもしれないからね」
とろとろと、穏やかに、蓬霧は笑んで狐の言葉に頷き続けた。
そうやって、姦しい狐の先導で着いた先には青々と葉を茂らせた梅が一本立っていた。古い老梅だ。冬の終わり頃に、青白い美しい花を咲かせるそこが蓬霧の寝床であった。
神域への入り口でもある。
その幹へ、蓬霧はそっと手を触れた。
「それでは蓬霧さま、おやすみなさいませ」
背には恭しく頭を垂れる狐の姿。しばし別れを告げる獣に。
――うん。
春の神は鷹揚に頷き、ついと山を見渡した。
「おやすみ、」
そうして最後に言祝をひとつ残して、春の神は静かに眠りについたのだった。
東風吹かば にほひおこせよ 梅の花 あるじなしとて 春な忘れそ




