あわい
気まぐれに足を伸ばした里では、田に水が引かれ細い苗が均等に植えられ始めた。照りつける陽射しはますます強く熱を帯び、明るさを増していく。かと思えば暗い雲が過ぎり雨を降らせた。
ばたぱたと、咲き始めた紫陽花が色鮮やかに雫を受けている。濡れた様がよく似合う花だ。丸く愛らしいその姿に蓬霧はそっと指を伸ばした。
きゃらきゃら、すぐ側を高い子どもの声が駆け抜けていく。明るい陽射しの届く雨の下。賑やかな里の様子に蓬霧は山の方へと少し歩みを戻した。
通り雨は程なく風に流されていった。
「蓬霧さま、まだ山へは戻られないのですか?」
腕に抱き上げられた狐はもぞもぞと四肢を動かす。里の何がそんなにも気になるのかが分からないのだ。狐の生きる場所でもない。人の気配の濃さに獣は居心地が悪そうであった。
「うん、もう少し」
鷹揚に頷いた蓬霧は眩しそうに空を見上げた。雲が去り、春霞と呼ばれるようなくすんだ青色から、突き抜けるような青色へと色味を変えた空だ。思わず遠く、遠くへ手を伸ばしてしまう。陽気な色合いに自然と口角は上を向いていた。
「よい色だね」
色の失せた、静かな冬もよい。けれど鮮やかに色の溢れる夏もまた好ましいのだ。
「春の空も、私は好きですよ」
狐が言う。
「うん、私も好きだ」
主がいらえを返す。
里を照らしていた太陽は少しずつ空を下り始めた。
白く光っていた日は赤々と、空をも燃やして。橙が青に色を滲ませ夜を引き連れる。大胆にも鮮やかな色彩が、また蓬霧の目を楽しませた。
「あぁ、夏は、これだからいい」
笑壺に入る主にやはり、狐は負けじと声を上げる。
「春も、よいものです」
分かっていると微笑む主は穏やかに、頷き狐にいらえを返した。
「そうだね、春もよいものだ」
暑い陽光が陰った夕暮れは未だ涼しく。春を残す風が日中の燻りを冷やしていた。
まだ、春。けれど、夏でもある。
季節の間を、蓬霧はゆったりと歩いていった。




