6.警告
ナニカと交流し始めて、何日たっただろう。
そろそろ親戚一家が帰宅し始める時間になり、俺はナニカに別れを告げて、日中居ると偽装している客間のひとつに向かっていた。
ナニカに約束した部屋から出る方法については、残念ながら一向に良いアイディアが浮かばなかった。ケイイチさんに用意してもらった本に目を通してみたり、書斎にある本を漁ってみたりもしたが、そもそも襖をどう開ければ良いかも分からない。
ひぐらしの合唱をなんとはなしに聞きながら、薄暗い廊下を軋ませていた俺はびくりと足を竦ませる。
廊下の先に、小柄な人影があったのだ。
だが、それはよく見るとこの家のオバアサンに他ならず、俺はほっと胸を撫で下す。
畑仕事などで外に出ていることの多い他の親戚一家とは異なり、高齢のオバアサンは軽い痴呆でも患っているのか、昼間も自室にいることが多かった。
その為、これまで俺と関わることもほとんどなく、俺は珍しさを感じながらも会釈をしてその横を通り過ぎようとした。
その時。
「……アレに、関わっちゃなんねぇ」
皺だらけの細い手が、俺の腕を掴む。
「ヒッ」
驚いた俺は反射的に腕を引き抜こうとするが、骨に弛んだ皮が纏わりついているだけに見える老婆の手は、その見た目からは予想できない力で俺を離さない。
「アレはおっかねぇバケモンだぁ。近付くんじゃね。あれはヒト――」
「は、離せよっ」
俺は乱暴に腕を振りほどき、廊下を走りだす。
どさっという音が背後から聞こえた気がしたが、俺は振り返らなかった。
ふいにぞわりと、取り返しのつかない場所に足を踏み入れつつある予感が脳裏を過ったが、俺はそれを頭から振り払う。
そして俺はクーラーの利いた部屋に駆け込むと、何事もなかった素振りで漫画のページをただ無心に捲った。
夕方、親戚一家は慌ただしそうにしていた。
普段よりも、1、2時間遅い夕飯の際に、オバサンが申し訳なさそうに言う。
「ご飯、ずいぶん遅くなって悪いわねえ。うちの婆さまが転けて、病院に連れてかないけんかったのよ」
ぽろりと、口に運ぼうとしていた米粒がテーブルに落ちる。
「あの、だ、大丈夫……なんですか?」
俺はおずおずと尋ねる。
転んだんじゃない。それを知っていた俺は、いつ責められるのかと思うと心臓が口から飛び出しそうだった。
「手を突いたときに骨が折れちゃったみたいでね。まあ、年も年だから念のため入院することになったんよ。しばらく私たちもばたばたしちゃうけど、ごめんね」
「い、いえ……」
オバアサンは俺のことは何も言っていないようだ。
俺はほっとしながらも、罪悪感に胃をキリキリとさせる。
「そうだ。ナオキ君さえ良かったら、今度の祭りの準備の手伝いをしてよ」
「まつり?」
ケイイチさんの言葉に俺は首をかしげる。確か、前もそんなことを言っていたような気がする。
「来週末、この村でお祭りがあるんだ」
小さい村の祭りだから屋台や神輿なんかは出ないらしいが、甘酒や御馳走が振るまわれるほか、お囃子を奏でたり、村中提灯を飾ったりするらしい。
「蔵の中に提灯があるから、それを取り出して飾り付ける準備を手伝って欲しいんだ」
作業に慣れていない子供が手伝った所で、大した手助けにはならない。恐らくは都会からわざわざ来た子供に何かしらの体験をさせてあげようという大人の配慮だったのだろう。
もっともその頃の俺には、そうした事情など想像もできず、ただおずおずとうなずくだけだった。




