5.昔話
トントンと、あてがわれた客間の襖がノックされる。
一瞬、ナニカだと勘違いして俺はギョッとするが、すぐにケイイチさんの声がした。
「ナオキ君、いるかい? 頼まれていた本を持ってきたんだけど」
「あっ、すぐに開けます」
襖を開くと、今にも崩れそうな本の山を抱えるように手で支えながら、焦った様子のケンイチさんがいた。
「ご、ごめん。とりあえず置かせてもらっていいかな?」
「はいっ!」
こちらも、慌てて部屋に招き入れる。積み上がった本の山をどうにか崩さず畳の上に置いて、ケイイチさんはホッとしたように息を吐いた。
「この地域の歴史とか知りたかったんだよね。一応、郷土史とか役所の広報誌とか持ってきたけど、君には少し難しいかもしれないなあ」
俺は夏休みの自由研究の為と偽って、ケイイチさんに資料となる本を持ってきてもらっていた。もちろん、本当はナニカを解放するヒントを探すためだ。
だが、確かにそれらの本や冊子は、普段自分が読んでいるようなものよりもよっぽど難解そうで、俺は読む前からゲンナリしてしまう。
「良かったら、掻い摘んで説明してあげようか」
そうした俺の表情に気づいたのか、ケイイチさんはくすくすと笑ってそう提案してくれる。少しバツの悪い俺だったが、せっかくなのでその申し出に甘えることにした。
ケイイチさんは、ここが昔どの殿様の治める土地でそれがどのように移り変わっていったのかと言う歴史の話から、昔話として伝わる子供の神隠しの話、旅の法師が地元の神様と行った人を食う化け物退治の話などを教えてくれる。
「まあ、昔話も伝承も、時代が経つにつれて混じったり変わったりしていくものだからね」
これらの話も元は何だったのやらと、ケイイチさんは苦笑して肩をすくめる。
「この家も、随分昔からここにあるんですか?」
「ええっと、正確には分からないらしいけど、明和年間……江戸時代の半ばくらいからは記録が残っているらしいよ」
「へえー。こんなに大きいお家ですもんね」
「うん、そうだね。昔は羽振りもかなり良かったらしいよ。今はここは本家とは名ばかりで祭りごとを取り仕切るだけだけど、従兄弟とか親戚には会社を持っていたり、県議会に勤めている人もいるよ」
鄙びた地域に住んでいるにしては、ケイイチさんは都会的なお洒落な身なりをしていたので、昔は、というのは謙遜だったのかも知れない。だが当時の子供だった自分には分かるはずもない。
「そうそう。古いだけあって、この家にも面白い伝承も伝わっているんだ」
そう言って、ケンイチさんが語ったのはこんな伝承だった。
昔々、他所から流れてきた神様が家の子供と親しくなった。
神様は家の子供と瓜二つに化けるものだから、喋ってみてもどちらがどちらか分からない。まるで双子のように見えたという。
神様は座敷童となって家にいつき、以来この家は大層栄えるようになった。
「よくある昔話なんだけどね。だから今でも、この家にはその座敷童がいると言われているよ」
ナニカのことだ。
そう気付いた俺は、ケンイチさんに詰め寄る。
「その話、もっと詳しく教えてもらえますか!?」
「えっと、僕にはちょっと分からないかな。確か僕の叔父さんだか大叔父さんだかが、子供の頃に調べた事はあったみたいだけど」
そう返されて、俺はがっくりと肩を落とす。
「そう言えば、ナオキ君には弟か妹が生まれるんだったよね。おめでとう」
ふと思い出したように、ケンイチさんはお祝いの言葉を口にする。
だが、浮かない顔をした俺に何かを察したのか。彼は手を伸ばすと、まるで歳の離れた弟にでもするかのように頭を撫でてくれた。
「……確かに、家族なのかもよく分からない生き物が家にいるのは、気分が良いものではないよね」
「え?」
妙に冷たい口調に俺はギョッとして彼を見上げるが、ケイイチさんは優しげな目で俺を見るばかりだった。
「さて、他にはどんな話が聞きたいかな」
ケイイチさんは、にっこりと笑って俺に問いかけた。




