3.ナニカ
夕飯時の雰囲気は、いつもと変わらないものだった。
オバサンは食事の最中もけらけらとひっきりなしに喋り、ケイイチさんが相槌を打つ。オジサンとオジイサンはほとんど口を利かず、オバアサンに至っては食べているのか寝ているのか分からない。
「ナオキ君、暇じゃないかい? 何か欲しいものがあったら買ってくるよ」
食事中、ケイイチさんが親しげな口調で俺に声を掛ける。
この家の長男のケイイチさんは、俺がこの家に来て以来、まるで自分の子供や弟にでもするかのように、あれやこれやと面倒を見ようとしてくれる。
自分の父親と同じか、もう少し年上か。大人の年齢はよく分からないけれど、優しく人当たりの良いケイイチさんには、何となく俺も親しみのようなものを感じていた。
そんな夕飯があらかた片付いたタイミングで、俺は思い切って口を開く。
「ねえ、奥の和室なんだけど……」
最後まで言葉を紡ぐよりも前に、ざざっと波が引くようにダイニングの空気が変わるのが分かった。
思わず押し黙る俺に、わざとらしい程に明るい口調でオバサンが声を掛ける。
「……ナオキ君、あのあたりはクーラーがないから暑いでしょ。もっと手前の涼しい部屋にいんさいな。熱中症になるからねぇ」
「そうだ。次の週末は川に連れて行ってあげるよ。魚が釣れるんだ。川釣りやったことあるかい?」
ケイイチさんも、あからさまに話題を変える。
俺は曖昧にうなずきながら、親戚一家の様子に強烈な違和感を覚える。だが、その雰囲気に呑まれた俺は、それ以上奥の部屋の話を続けることができなかった。
やはり、あの部屋にはナニカがいる。
その考えは、暇を持て余した俺の好奇心をこの上なく刺激した。
親戚一家は、何を隠しているのか。
アレの正体はいったい何なのか。
大人の言うことを聞いて良い子にしていなければならないという当たり前の思考は、それを暴きたいという欲求に屈服した。
親戚たちが家にいる時は、エアコンの効いた部屋でおとなしくしている。
だが、皆が出払っている日中は、俺は相変わらず手前の和室に入り浸った。
「――なあ、おい。いるよな?」
カリ、カリ……と、襖の表面をひっかく音が俺に返事をする。
幾度か試みを繰り返しているうちに、襖の奥のナニカは、俺が声を掛けると何らかのアクションを返してくるようになった。
言葉を発することはない。
だが、俺は襖の奥にいるナニカの存在を確信していた。
最初のうちは怖くて仕方がなかったが、相手が襖の向こうから一才出てくる様子がないとなると、やがて好奇心が優った。
「お前、いったい何なんだ?」
何の音も返ってこない。
「その部屋から、出られないのか?」
――コン、コン……
「お前、人間、なのか……?」
――ガタガタガタッ!!
「わ、わあっ。……ビックリ、させんなよ」
言葉が通じているのかは、分からない。
だが、得体の知れない何かと交信しているという非日常は、俺をひどく興奮させていた。
「なあ、お前って名前あるのか?」
――カリ、カリ……
「なら……そうだな。ナニカって呼んでいいか? 名前ないのも不便だし」
そう告げると、襖の奥から返事がかえってくる。
――コン、コン、コン……
偶然か、または気のせいなのかも知れないが、『ナ、ニ、カ』と応えたかのようなノックは、まるで襖の向こうの存在が、俺の付けた名前を受け入れた証拠のように感じられた。
「そうそう、俺がナオキで、お前がナニカだ」
だから俺は嬉しくなって、けらけらと笑う。
そうやって、俺は何日も襖の奥の得体の知れないナニカと交流を深めていった。
それが、何を意味しているのか、考えることもなく。




