10.封印
とっぷりと日は暮れ、都会育ちの人間には想像もつかないほどの暗闇が、あたりを取り囲んでいく。
山から下りてくる湿った空気は、昼間の熱を冷ましていく。
だが、遠くから聞こえてくる祭囃子や喧噪は、人の熱気までは奪うことができないのだと、訴えかけているようだった。
今日の祭りの日が近づくに連れて、どこかで練習でもしていたのか、お囃子の音が遠くから聞こえることが段々と増えていっていた。
そんな日は、ナニカは声を掛けても一切の反応を返さなかったり、あるいは苦し気に襖をガリガリと引っ掻き続けたりしていた。
その度に俺は、冊子に書かれていたオンバシャ様は、『囃子の音を嫌う』という文言を思い出す。
そして、より一層ナニカを早くこの部屋から解放してあげなければという思いを強めていたのだった。
今、屋内に人の気配はない。
ケイイチさんだけではなく、オジサンもオバサンもオジイサンも、近所の付き合いや手伝いがあるのか、皆揃って出払っていた。
普段は家に残っていることが多いオバアサンも今は病院にいるので、本当にこの家に残っているのは俺だけだ。
「……」
不意に頭に浮かぶ映像を掻き消すように、俺はブンブンと首を振る。
オバアサンの事を考えると、罪悪感で何もできなくなってしまう為、俺はなるべく思い出さないようにしていた。
だけど多分、あの出来事をなかったことにしなければ、もっときちんと自分の頭で考えていれば、あるいは何かが変わっていたのかも知れない。
俺は布団から抜け出すと、周囲に気を配りながらも、まずは蔵へと向かった。祭が終われば片付けを行う必要があるため、鍵は外されたままだ。重い扉を苦労しながら開き、懐中電灯で照らしながら俺は目当てのものを持ち出す。
廊下の立てるギィギィという軋みをいつも以上に気にしながら向かった先は、ナニカのいる奥の部屋だった。
――ガリ、ガリガリガリガリ……
わずかに届く祭囃子が嫌なのか、ナニカは引っ切り無しに襖を引っ搔いていた。
「ナニカ」
俺が呼びかけると、一瞬その音が止まる。だがすぐに爪を立てる音が再開する。俺は構わず、ナニカに声を掛ける。
「今日こそ、その部屋から出してやるからな」
そして俺は、蔵から持ち出してきた有りったけの道具のうち、鉈や鑿などを使って襖を壊すことを試みる。
だが、子供だから力が足りないとかそう言う次元の話ではなく、何故か襖には傷ひとつ付かなかった。
「はあ!? 何でっ! そんなわけ無いだろう!」
俺は焦って声を張り上げる。
確かに襖は封印されているとあったが、こんな物理的な衝撃にすら耐えられるとは、想定外だった。
前の封印から二年。もし時間経過で弱まる類のものならば、今はまだ盤石なのかも知れない。
外からは祭囃子が聞こえてくる。それが終われば親戚一家は家に帰ってきてしまうだろう。
頭を抱える俺を催促するように、襖一枚挟んだ向こうではナニカがひっきりなしに襖を叩いている。
その時不意に、俺の頭に閃くものがあった。




