↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最弱職の召喚士ですが、初召喚で太古の神獣と契約したら現実に戻れなくなりました  作者: あげまんじゅう


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
75/78

第76話「兄弟の果て」

レオンの纏う瘴気が、大広間の空気を重く歪ませていた。


先ほどまでの物腰柔らかな第二王子の姿はどこにもない。整った顔立ちは青黒い血管のようなものが浮き上がり、瞳は闇の組織の紋章と同じ紫色に濁っている。背後には禍々しい影が翼のように広がり、床にはひび割れた黒い魔法陣が音もなく脈打っていた。


「――どうして、そんな顔をするんだ」


レオンは笑っていた。だがその声には、これまでの穏やかさの欠片もない。


「僕はただ、公平に扱われたかっただけだ。父上は、リュゼリア、お前ばかりを見ていた。母の身分が低いというだけで、僕とザイードは端に追いやられた。お前が笑えば城中が祝福し、僕が何を成しても『次男らしい謙虚さだ』としか言われない。……そんな人生を、お前に分かるものか」


「レオン」


リュゼリアの声は静かだった。怒りよりも、深い悲しみが滲んでいる。


「わたくしは、あなたに嫉妬されるようなことをした覚えはありません。でも……あなたがそう感じてきたのなら、それはわたくしが、あなたの心に気づいてあげられなかったということ。それは、謝ります」


「――謝るな!!」


レオンの咆哮と共に、黒い瘴気の刃が幾筋も放たれた。空気を裂く音と共に、それは石柱を粉々に打ち砕く。


「同情なんて要らない! 僕が欲しかったのは、お前と同じだけの――いや、お前以上の光だ! それを、闇の組織が与えてくれると言った。力さえあれば、誰も僕を無視できなくなると!」


「――それで、父上を手にかけようとしたのか」


冷たく低い声で問うたのは、カインだった。執事然とした佇まいのまま、その瞳だけが刃のように鋭くレオンを射抜いている。


「父親を、実の娘への嫉妬のために毒に沈めようとした。それを『力が欲しかったから』の一言で片付けるつもりか。反吐が出るな」


「黙れ、しもべ風情が」


「しもべ、で結構。だが私の主はルート様お一人だ。その私の目から見ても――アナタは、話にならないほど醜い」


カインの声には、珍しく明確な怒気があった。ルートは自分の召喚獣がここまで感情を露わにするのを、あまり見たことがなかった。


「レオン、もう終わりにしよう」


ルートは剣を構えながら、一歩前に出た。心臓が早鐘を打っている。だが、足は震えていない。


「あんたの気持ちが分からないとは言わない。愛されなかったって思う気持ちは……俺にも、分かる部分がある。でも、それでも人を傷つけていい理由にはならない」


「……お前に、何が分かる」


「分からないさ、全部は。でも――俺は、愛されなかった過去のせいで、大事な人を傷つけないって決めたんだ。あんたにも、まだそっちを選べる道はあったはずだろ」


レオンの表情が、一瞬だけ揺れた。だがすぐに、それを塗りつぶすように哄笑した。


「今さら綺麗事を言うな! 僕はもう後戻りできない。闇の組織との契約は、僕の魂そのものに刻まれている。……ならばせめて、道連れにしてやる!」


レオンの体から、瘴気が奔流のように噴き上がった。魔法陣が真紅に輝き、大広間の天井にまで届くほどの黒い柱が立ち上る。


「アシュル!」


「ああ、承知している」


アシュルが前に出た。普段の柔らかな雰囲気は消え、絆を司る柱としての威厳が、その小さな体から立ち上る。


「レオン殿。その瘴気は、闇の組織があなたに植え付けた『偽りの絆』の残滓です。本物の絆ではない。本物の絆は、人を壊すためではなく、支えるために在るもの」


「講釈は要らない!!」


レオンが瘴気の刃を放つ。同時にザイードの手下と思われる黒装束の暗殺者たちが、物陰から一斉に飛び出してきた。数は五人。いずれも訓練された動き。


「シィナ!」


「任せて!」


ゼクスの声に応じ、シィナが素早く前に出た。魔導士としての彼女の詠唱は、この世界に来て磨き上げられた実力そのものだ。


「――氷結の陣!」


展開された魔法陣から鋭い氷柱が放たれ、暗殺者の足元を凍りつかせる。動きを封じられたところへ、ゼクスの魔族の力を宿した拳が叩き込まれた。


「リサさんの――いや、リュゼリアさんの家族のことに手を出すやつは、俺が許さない」


ゼクスの瞳には、これまで見せたことのないほどの怒りが宿っていた。彼にとってリュゼリアは、幼い頃、人間の街で誰にも顧みられなかった自分を救ってくれた、姉のような存在だ。その恩人を陥れようとした者たちを、許せるはずがない。


「くっ……!」


暗殺者の一人がゼクスに斬りかかろうとした瞬間、リュゼリアが作った特製の武具――炎の魔力を纏う短剣――がその刃を弾き飛ばした。


「暁」


ルートが呟いた。リュゼリアが打ってくれた、あの短剣だ。今は予備武器として腰に差しているが、いざという時にはこうして自分と仲間を守ってくれる。


「これで、五対五――いや」


リュゼリアが鍛冶師としての目で戦況を見渡し、静かに言った。


「暗殺者たちは、わたくしたちが抑えます。ルート様、アシュル様、カイン様――レオンは、お願いします」


「リュゼリア……」


「大丈夫です。わたくしも、剣は使えますから」


リュゼリアの手には、いつの間にか自らが打った細身の剣が握られていた。彼女もまた、ただ守られるだけの姫ではない。


「――ルート、いくぞ」


カインが低く囁いた。ルートは頷き、剣を構え直す。


「ああ。アシュル、カイン――力を貸してくれ」


「もちろんです、ルート様」

「言われるまでもない」


三人の呼吸が、ひとつに重なった。


「はああああっ!」


ルートが地を蹴った。剣先に纏うのは、氷雪の遺跡、妖精の森、海底遺跡、浮遊島――四つの核を解放したことで取り戻した、召喚術本来の力。まだ全ての核を解き放ったわけではない。それでも、かつて最強と謳われた召喚士の技の片鱗が、今、彼の中で目覚めている。


レオンの瘴気の刃と、ルートの剣がぶつかり合う。衝撃で床石が割れ、破片が宙を舞った。


「くっ……この力……お前、まさか」


「核はもう四つ、解放した。……あんたが望んでいた『誰にも無視されない力』ってのは、こういうものじゃない。奪って得る力じゃなくて、積み上げていく力だ」


「知った風な口を!」


レオンの背後の影が、無数の刃となって襲いかかる。それを、アシュルが翼を広げて防いだ。メイド姿の彼女の周囲に、絆の力による淡い光の障壁が展開される。


「ルート様、今です」


「――行くぞ、俺は」


気づけば、ルートの一人称が変わっていた。がむしゃらに前へ踏み込むその瞬間だけ、彼の中の何かが、弱かった頃の『僕』を置き去りにする。


「うおおおおおっ!」


剣が閃く。アシュルの絆の力と、カインの闇を裂く力が同時に剣身に纏わりつき、ルートの一撃はレオンの纏う瘴気の鎧を、まるで薄氷のように打ち砕いた。


「――ぐああああっ!」


レオンの体が吹き飛び、大広間の壁に叩きつけられる。瘴気が渦を巻きながら霧散していき、その下から、憔悴しきった一人の青年の顔が現れた。


荒い息をつきながら、レオンは膝をつく。もう、立ち上がる力は残っていないようだった。


「……終わり、か」


「レオン」


リュゼリアが暗殺者たちを打ち倒し終え、駆け寄ってくる。その表情は、憎しみではなく、深い哀しみに満ちていた。


「なぜ、僕を庇うような目で見る……お前を殺そうとしたんだぞ、僕は」


「あなたは、わたくしの兄です。血の繋がりのない、義理の兄だとしても……子供の頃、一度だけ、庭でわたくしに花の名前を教えてくれたこと、覚えていますか」


レオンの瞳が、大きく揺れた。


「……あんな昔のこと、覚えているのか」


「覚えています。あの時のあなたは、優しい兄でした。……今からでも、遅くないはずです。裁きは受けなければなりません。でも、その先で、もう一度やり直すことはできる」


「……っ」


レオンは何かを言いかけて、しかし言葉にならず、ただ拳を握りしめて俯いた。その肩が、小さく震えている。


その時、大広間の入り口から兵士たちが駆け込んできた。先頭にいたのはガイウスだ。


「リュゼリア様! 国王陛下がお目覚めになりました! 治療が――効いております!」


「――父上が!」


リュゼリアの表情に、光が差した。アシュルとリュゼリアによる長期の浄化治療が、ついに実を結んだのだ。国王の意識が戻ったということは、この一連の事件についても、正式な裁きが下せるということを意味する。


「レオン殿下は、わたくしが確保いたします」


ガイウスが冷静に告げ、部下たちがレオンを拘束していく。抵抗する様子はなかった。


「……リュゼリア」


連れて行かれる直前、レオンが小さく呼びかけた。


「なんでしょう」


「……ザイードには、気をつけろ。あいつは僕よりも、ずっと……闇の組織に深く入り込んでいる。僕はまだ、迷いがあった。だがあいつには、迷いがない」


その言葉を最後に、レオンは兵士たちに連れられて大広間を後にした。静寂が戻った空間に、皆の荒い息だけが響く。


「――終わった、のか」


ルートは剣を下ろしながら、ぽつりと呟いた。


「一つの戦いは、な」


カインが応じる。その視線は、レオンが連れ去られた扉の先――その向こうにいるであろう、もう一人の異母兄弟に向けられているようだった。


「ザイード、か……」


ルートも同じ方向を見つめた。レオンの最後の言葉が、重く胸に残っている。


「まあ、今この瞬間は、勝利を喜びましょう。ルート様、お怪我は」


「大丈夫、アシュルこそ」


「私は主のために傷つくことなど、傷のうちに入らん」


アシュルが微笑む。その隣で、カインが小さく舌打ちした。


「その台詞、私の方が先に言いたかったのですが…」


「貴様は黙っていろ」


いつもの調子が戻ってきたやり取りに、緊張していた空気が少しだけ緩む。


「ゼクス、シィナ、無事か?」


「ばっちりだよ! ちょっと魔力使いすぎたけど」


シィナが息を切らしながらも笑顔で答える。ゼクスは無言のまま、暗殺者たちが縛られている様子を確認し、それから小さく息を吐いた。


「終わったな。……リュゼリアさんの家族のことなのに、俺の方が熱くなっちまった」


「ありがとう、ゼクス。あなたがいてくれて、本当に心強かった」


リュゼリアがゼクスの肩に手を置く。姉弟のような二人の絆は、今回の戦いを経て、さらに深まったように見えた。


「――皆様、国王陛下がお呼びです。目覚められて早々、皆様に会いたいとのことで」


ガイウスの案内で、一行は国王の寝室へと向かった。


寝台に横たわりながらも、しっかりとした眼差しでこちらを見つめる国王の姿があった。血色は完全には戻っていないが、確かに命の炎は取り戻されている。


「……リュゼリア」


「父上……!」


リュゼリアが駆け寄り、その手を握った。国王は娘の顔を見つめ、目に涙を浮かべる。


「すまなかった。私が病に伏している間、お前一人にすべての重荷を背負わせてしまった。……そして、レオンのことも」


「父上のせいではありません。すべては、闇の組織に付け込まれた結果です」


「それでも、な。私が、もっと早くお前たちの心の内に気づいていれば……」


国王は言葉を詰まらせ、それから、ルートたちの方へと視線を移した。


「そなたたちが、娘とこの国を救ってくれた。……名を聞かせてもらえるかな」


「結城陽翔――こちらの世界ではルートと呼ばれています。リュゼリアさんとは、共に旅をする仲間です」


「ルート殿、か。……娘から、そなたのことは聞いている。命の恩人であり――娘の、大切な人だと」


国王の言葉に、ルートとリュゼリアは同時に顔を赤らめた。


「父上っ……!」


「隠さずともよい。私はもう、あの子を政略の道具にするつもりはない。……ただ、これだけは伝えておかねばならないな」


国王は表情を引き締めた。


「ザイードのことだ。レオンの一件で、闇の組織が本気でこの国――いや、この大陸そのものに介入しようとしていることが分かった。ザイードは元より力を重んじる質。組織にとっては、レオンより御しやすい駒かもしれん」


「陛下も、それを警戒されていたのですね」


カインが静かに問う。


「ああ。……そして、もう一つ。この国には、代々伝わる古い記録がある。召喚術の『核』と、かつて封じられた柱のことが記された、王家の秘宝だ。まだ解き放たれていない核の在り処についても、手がかりがあるという。そなたたちの話を聞く限り、今のそなたたちにこそ、それを託すべきだろう」


「――それは」


アシュルが息を呑んだ。


「柱であるあなた自身が、一番よくご存知でしょう。ヴェルダ殿が、なぜ召喚術を封じたのか。……この国の記録には、その真の理由の一端が記されているという伝承がある」


大広間での激闘の余韻がまだ体に残る中で、新たな手がかりが差し出された。ルートは、仲間たちと顔を見合わせる。


「見せていただけますか、その記録」


「もちろんだ。……だが今は、まず休むといい。そなたたちは、十分すぎるほどに戦った」


国王は穏やかにそう告げ、目を閉じた。長い治療と今日の激闘で、まだ本調子には程遠いのだろう。


一行は寝室を後にし、窓の外に広がるヴァルドレイクの夜空を見上げた。戦いは一つの決着を見た。だが、ザイードという新たな影、そして王家に眠るまだ見ぬ核の手がかり――物語は、まだ終わらない。


「……卵は、元気にしてるかな」


ふと、ルートが呟いた。オーウェンに預けてきた、あの卵のことを思い出したのだ。孵化はまだ先――名前をつける日も、きっともう少し先になる。


「オーウェン殿のことです。きっと、目に入れても痛くないほど大事にしてくれていますよ」


アシュルが微笑む。カインもまた、珍しく柔らかな表情を浮かべていた。


「早く帰りたいものだな、あの子のところに」


「そうだね」


ルートは頷き、それから隣に立つリュゼリアを見た。彼女もまた、複雑な表情をしながらも、確かな光をその瞳に宿している。


「リュゼリア。国のこと、これから大変だと思うけど……俺たちも、一緒にいるから」


「……ありがとうございます、ルート様」


二人は、そっと手を重ねた。戦いの後の静かな夜、ヴァルドレイクの星空の下で、新たな絆と――そして、まだ見ぬ核と謎が、静かに次の物語を待っていた。

やっと、引っ越しが一段落しました!!!長くお休みしてしまいすみません。これからもよろしくお願いします

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。