第75話「暴かれる陰謀」
調査を始めてから数日が経った、ある夜のこと。ガイウスがこれまでにない緊迫した表情で、一同の元へと駆け込んできた。
「大変です。あの料理長が城から姿を消しました」
その報告に、一同は揃って息を呑んだ。
「逃げた、ってこと?」
ルートの問いに、ガイウスは頷いた。
「はい。恐らく、我々の調査を察知したのでしょう。……ですが、逃げる前に一つ、証拠を残していきました」
ガイウスは一枚の羊皮紙を差し出した。そこには見覚えのある紋様、闇の組織の印と、そしてレオンの私的な紋章が記されていた。
「これは……」
リュゼリアが震える手で、その羊皮紙を受け取った。
「彼の部屋を調べたところ、隠し金庫の中から見つかりました。組織とのやり取りの記録のようです」
その決定的な証拠に、一同の間に重い沈黙が流れた。
「これで……レオン兄様が関わっていたことは確定、ってこと?」
リュゼリアの掠れた声に、アシュルが静かに頷いた。
「残念ながら、そのようだな」
その事実を突きつけられたリュゼリアは、しばらくの間、何も言えずにいた。ルートがそっと彼女の肩に手を添えた。
「リュゼリアさん……」
「――大丈夫。ちゃんと受け止める覚悟はできているわ」
気丈な言葉とは裏腹にその瞳には深い痛みが滲んでいた。
「この証拠を持って、どうすればいい?」
ゼクスの問いに、ガイウスは真剣な表情で答えた。
「国王陛下に直接お見せするのが最善でしょう。陛下のご判断を仰ぐべきです」
その提案に、一同は頷いた。
翌朝、一同は国王の寝室を訪れ、これまでの調査結果を包み隠さず報告した。
「――レオンが、そのようなことを」
国王の声には、深い悲しみと失望が滲んでいた。
「陛下、証拠はこちらに」
ガイウスが羊皮紙を差し出すと、国王は震える手でそれを受け取り、じっくりと目を通した。
「……間違いない。これはレオンの紋章だ」
その確認に、部屋全体が重い沈黙に包まれた。
「陛下、いかがなさいますか」
ガイウスの問いに、国王はしばらくの間考え込んだ後、静かに口を開いた。
「――レオンを、この場に呼べ。直接問い質す」
その決断に、一同は緊張しながらも頷いた。
程なくして、レオンが寝室に姿を現した。その表情は、いつも通り穏やかだった。
「父上、お呼びと伺いましたが」
「レオン」
国王の重々しい声が響いた。
「お前に聞きたいことがある」
国王は羊皮紙をレオンへと突きつけた。その瞬間、レオンの表情が初めて大きく揺らいだ。
「これは……」
「言い訳があるなら聞こう」
その厳しい追及に、レオンはしばらくの間、沈黙していた。そして、その穏やかだった表情が、ゆっくりと、これまでとは、まるで違う冷たい笑みへと変わっていった。
「――ふっ、ふふ。まさか、こんなに早く、バレるとはね」
その豹変した態度に、身構えた。
「レオン兄様……?」
リュゼリアの震える声に、レオンはこれまでとは、まるで違う冷ややかな視線を向けた。
「ああ、その驚いた顔。……いつも、そうやって皆に優しくされて、愛されて。お前はいいね、リュゼリア」
その言葉には、これまで隠されていた深い憎しみが滲んでいた。
「私はずっと努力してきた。誰よりも、この国のために尽くしてきた。それなのに、皆が見るのは、いつも、お前やザイードばかりだ」
「レオン兄様、それは……」
「黙れ」
レオンの鋭い一言に、リュゼリアは思わず口を噤んだ。
「私は力ずくで王位を奪う、ザイードのような粗野な真似はしたくなかった。だから、もっと確実な方法を選んだ」
その告白に、国王の表情が悲痛に歪んだ。
「お前は……自らの父親を殺そうとしたのか」
「殺すわけではない。ただ、少しずつ弱っていただき、私に王位を譲っていただくだけの話だ」
その冷酷な言葉に、一同は怒りを露わにした。
「そんなの、絶対に許されない!」
ルートの叫びに、レオンは面白そうに視線を向けた。
「規格外の召喚士、か。お前たちのせいで、私の計画は随分と狂わされたよ」
その言葉と共に、レオンの体から、これまでとは、まるで違う禍々しい魔力が溢れ出し始めた。
「――ここまで来たら仕方ない。力ずくでも、目的を果たさせてもらう」
「レオン兄様、やめて!」
リュゼリアの悲痛な叫びも虚しく、レオンはその手に闇の力を集束させ始めた。
「お前たちが邪魔をするなら、ここで全員、消えてもらうしかないな」
その宣言と共に、王城の寝室に、緊迫した戦いの気配が、静かに、しかし確実に満ちていくのだった。
アシュルが即座に、国王を庇うように、その寝台の前に立ちはだかった。
「――貴様、実の父を害しておいて、これ以上、罪を重ねるつもりか」
「罪、か。……くだらない言葉だ。この国では、力を持つ者だけが正義を語れる」
レオンの、その歪んだ価値観に、ルートは拳を握りしめた。
「そんなの、間違ってる」
「間違っているかどうかは、勝者が決めることだ」
レオンはそう言い放つと、闇の力を一気に解き放った。
「――散れ!」
その放たれた漆黒の衝撃波に、一同は咄嗟にそれぞれ散開した。
「陛下をお守りしろ!」
アシュルの鋭い指示に、カインが即座に国王の寝台へと身を寄せた。
「私がお守りします」
その頼もしい宣言に、アシュルは頷くと、レオンへと真っ直ぐに向き直った。
「――ここから先は、私が相手をする」
その静かな、しかし確かな覚悟を胸に、アシュルは白銀の光を纏わせながら、レオンとの対峙に身を投じていくのだった。
「アシュル、私も!」
カインが国王の傍をシィナに任せ、素早くアシュルの隣に並び立った。
「二人がかりとは、卑怯だとは思わないのか」
レオンの皮肉めいた言葉に、カインは冷ややかに応じた。
「あなたが大勢の無関係な人々を危険に晒そうとしている時点で、卑怯も正義も語る資格はないかと」
その鋭い切り返しに、レオンは忌々しげに顔を歪めた。
「口の減らない召喚獣だ」
レオンはそう言うと、両手に闇の力を集中させ、次々と漆黒の刃を放ってきた。
「――ッ!」
アシュルが剣で、その刃を次々と弾き返す。カインもまた魔力弾で、レオンの追撃を防いでいった。
「ルート、シィナ、ゼクスは他の者たちの避難を頼む!」
アシュルの指示に、ルートはすぐさま頷いた。
「分かった! みんな、こっちへ!」
ルートたちはマーサや他の使用人たちを安全な場所へと誘導していった。リュゼリアだけは、その場に留まり、震える手で拳を握りしめていた。
「リサ、大丈夫か?」
ゼクスの心配そうな声に、リュゼリアは首を振った。
「私も戦うわ。レオン兄様を……もう止めなきゃ」
その決意に満ちた言葉に、ゼクスは少し驚いたように彼女を見つめた。
「分かった。なら、一緒に行くぞ」
二人は互いに頷き合うと、アシュルとカインの援護へと加わることにした。
激しい攻防が続く中、レオンの放つ闇の力は次第にその勢いを増していった。
「くっ……この力、思ったより厄介だな」
アシュルが苦しげに呟いた。
「陛下の体から吸い上げた穢れの力を、自らの糧にしているのだろう。……忌まわしいやり方だ」
その分析に、リュゼリアの表情が怒りに染まった。
「お父様の命を削って、そんな力を……絶対に許さない!」
その叫びと共に、リュゼリアの体から妖精王の加護による緑色の輝きが溢れ出した。
「レオン兄様、目を覚まして!」
リュゼリアの放った浄化の光が、レオンの闇の力と真正面からぶつかり合った。
二つの力が拮抗し、寝室全体が眩い光と黒い靄に包まれていく。その鬩ぎ合いの中心で、レオンは苦しげに顔を歪めていた。
「くっ……この、忌々しい光は……!」
その苦悶の声に、リュゼリアは涙を堪えながら、さらに力を込めた。
「兄様、お願い……もう、こんなこと、やめて」
その切実な願いが届いたのか、レオンの闇の力がわずかに揺らいだ。だが、それも一瞬のことで、レオンはすぐさま歯を食いしばり、再び力を奮い立たせた。
「――まだだ。まだ終わらせるわけにはいかない」
その執念に、一同は改めて事態の深刻さを痛感するのだった。決着は、まだ見えない。




