第74話「宮廷の影」
兄弟との対面から数日、一同は国王の治療を続けながら、並行して暗殺未遂の調査も進めていくことにした。
朝の治療を終えたあと、リュゼリアとアシュルは、少し疲れた様子で客間へと戻ってきた。
「少しずつ、良くなっているようだ」
アシュルの言葉に、リュゼリアは、安堵の表情を浮かべた。
「良かった……このまま順調に、回復してくれれば」
シィナが、温かい飲み物を運んできた。
「お疲れ様です、お二人とも。少し、休んでくださいね」
「ありがとう、シィナちゃん」
その、温かい心遣いに、リュゼリアは、優しく微笑んだ。
その日の朝、ガイウスが緊迫した面持ちで一同の元を訪れた。
「調査に進展がありました」
その報告に、一同は姿勢を正した。
「陛下の体調が崩れ始めた時期の、宮廷内の記録を洗い直しました。すると――」
ガイウスは一枚の書類を差し出した。
「その少し前、宮廷の料理長が交代しています。前任者は長年、陛下の食事を担当してきた信頼の厚い者でしたが、ある日突然、辞職を申し出たのです」
その説明に、リュゼリアが真剣な表情で尋ねた。
「その前任の料理長は、今どこに?」
「それが……行方が分からなくなっています。実家にも戻っておらず」
その報告に、一同の間に緊張が走った。
「新しい料理長は、誰が任命したの?」
リュゼリアの問いに、ガイウスは少し言いにくそうに答えた。
「――レオン様の推薦、とのことです」
その名前に、一同は揃って息を呑んだ。
「レオン兄様が……」
リュゼリアの声が震えた。
「まだ断定はできません。ですが、この事実は看過できるものではないでしょう」
ガイウスの慎重な言葉に、アシュルが静かに口を開いた。
「新しい料理長を調べる必要があるな」
「はい。既に密かに調査を進めております。ただ――」
ガイウスは少し表情を曇らせた。
「相手は王子殿下の推薦を受けた人物です。慎重に進めなければ、こちらの動きが悟られる危険があります」
その警告に、一同は頷いた。
「私たちに何かできることは、ある?」
ルートの問いに、ガイウスは少し考えた後、提案した。
「――ルート様のお力を、お借りできれば。もし、その料理長が実際に穢れを扱う術を心得ているなら、皆様の感知能力が役立つはずです」
その提案に、ルートは力強く頷いた。
「分かりました。協力します」
こうして一同は、密かに新しい料理長の調査に乗り出すことにした。
その日の午後、厨房の様子をそれとなく確認するため、シィナとカインが使用人に扮して潜入することになった。
「緊張、しますね」
小声で呟くシィナに、カインは静かに頷いた。
「大丈夫です。私が傍におりますので」
二人は慎重に厨房へと足を踏み入れた。忙しなく立ち働く料理人たちの中に、一人、他とは少し違う雰囲気を纏った男がいた。
「あれが……新しい料理長」
シィナの囁きに、カインは静かに、その男の様子を観察した。
「――微かにだが、不自然な魔力の揺らぎを感じます」
その報告に、シィナは緊張を強めた。
「穢れの気配、ってこと?」
「断定はできません。ですが、警戒すべき対象であることは間違いなさそうです」
二人はそれ以上深追いせず、静かに厨房を後にした。
その頃、ゼクスは城内の警備担当者たちと交流を持ちながら、それとなく噂話を集めていた。
「最近、城内の雰囲気、なんかピリピリしてないか?」
ゼクスが世間話のふりをして水を向けると、若い兵士の一人が、声をひそめて答えた。
「ああ……実は俺たちの間でも、色々噂が流れてるんだ。陛下のご容態のこととか、後継者争いのこととか」
「そうなのか。詳しく聞かせてくれよ」
ゼクスの気さくな態度に、兵士は次第に口を開いていった。
「ザイード様の派閥は露骨に力を誇示してるが、レオン様の方も、最近、何やら裏で動いているって噂だ。具体的なことは俺たちにも分からないが」
その情報に、ゼクスは内心緊張しながらも平静を装った。
「へえ、そりゃ物騒な話だな」
その後、ゼクスはこの収穫を皆と共有することにした。
その夜、一同は改めて、この日の調査結果を共有した。
「カイン、その料理長、本当に怪しいの?」
ルートの問いに、カインは真剣な表情で頷いた。
「確証はありません。ですが、微弱な負の魔力の気配を感じました。恐らく、何らかの方法で穢れに関わる術を扱える人物だと思われます」
その報告に、リュゼリアの表情が険しくなった。
「もし、それが本当なら……レオン兄様は」
その先の言葉を、リュゼリアは言い淀んだ。ルートがそっと彼女の肩に手を添えた。
「まだ断定はできないよ。もう少し確かな証拠を集めよう」
その優しい言葉に、リュゼリアは静かに頷いた。
「――そうね。ありがとう、ルート君」
翌日、ガイウスから、さらなる報告が届いた。
「新しい料理長について詳しく調べたところ、過去に、ある闇の組織との繋がりが疑われる記録が見つかりました」
「闇の組織?」
ゼクスの問いに、ガイウスは頷いた。
「はい。禁じられた呪術や穢れを扱う地下組織です。詳細はまだ不明ですが、もし、その組織が今回の暗殺未遂に関わっているとすれば」
その推測に、一同の間に重い緊張が走った。
「レオン兄様が、その組織と繋がっている可能性がある、ってこと?」
リュゼリアの震える声に、ガイウスは慎重に答えた。
「――可能性の一つとして考えられます。ですが、まだ確証には至っておりません」
その慎重な言葉に、一同は静かに頷いた。
「もっと証拠を集めないと。このままじゃ、誰も納得させられない」
ルートの言葉に、アシュルが頷いた。
「そうだな。だが慎重に事を進める必要がある。相手が王子であるだけに、下手な動きは大きな混乱を招きかねない」
その忠告に、一同は気を引き締めた。
「今は陛下の治療を最優先にしながら、少しずつ確かな証拠を集めていきましょう」
リュゼリアの決意に満ちた言葉に、一同は力強く頷いた。
ゼクスから聞いた噂話についても、一同は真剣に検討した。
「レオンが、裏で何か動いてる、って噂気になるな」
ゼクスの報告に、アシュルは頷いた。
「ああ。料理長の一件と、合わせて考えると、無視できない情報だ」
「ガイウスにも、この話、伝えておいた方がいいですね」
シィナの提案に、リュゼリアは頷いた。
「そうね。少しずつだけど、点と点が、繋がってきている気がするわ」
その日の夜遅く、部屋に戻ったリュゼリアの元を、ルートがそっと訪ねた。
「リュゼリアさん、大丈夫? 今日は色々、辛いこと聞かされたと思うけど」
「ええ……正直、まだ信じたくない気持ちもあるわ。レオン兄様が、そんなことをするなんて」
その揺れる胸の内に、ルートは静かに耳を傾けた。
「でも、もし本当だったとしても、リュゼリアさんは悪くないよ。誰のせいでもない」
その優しい言葉に、リュゼリアは少し涙ぐみながら頷いた。
「ありがとう、ルート君。……あなたがいてくれて、本当に良かった」
しばらくの間、二人は静かに部屋の窓辺で夜風に当たっていた。
「昔から、レオン兄様はいつも穏やかで優しい人だったの。だからこそ、信じられないの」
リュゼリアがぽつりと呟いた。
「人は色々な顔を持っているものだと思う。……でも、まだ決めつけるのは早いよ。ちゃんと証拠を集めてから判断しよう」
ルートの冷静な言葉に、リュゼリアは深く頷いた。
「そうね。……あなたのそういう公平な考え方、好きよ」
その素直な言葉に、ルートは少し照れくさそうに微笑んだ。
「僕、リュゼリアさんの力になりたいだけだから」
その、ささやかなやり取りの中に、確かな信頼が、静かに、育まれていた。誰にも、まだ、名付けられていないその感情は、これから先、二人の間で、少しずつ、育っていくのだろう。
窓の外、二つの月が、静かに、その夜を照らしていた。王城での静かな、しかし緊迫した調査は、こうして少しずつ、その深部へと進んでいくのだった。




