第72話「見えざる病」
翌朝、一同は宮廷の医師団と合流し、これまでの診察記録を詳しく確認することになった。
「これが、これまでの記録です」
宮廷医師長を務める初老の魔族の男性が、分厚い書類の束を差し出した。
「陛下の症状は半年前から徐々に進行しています。当初は単なる疲労と考えておりましたが……」
その説明に、アシュルは真剣な表情で記録に目を通した。
「体力の低下、食欲不振、そして魔力の循環異常、か」
「はい。特に、この魔力の循環異常が最も深刻でして。宮廷の魔術師たちが、あらゆる治療魔法を試しましたが、効果はほとんど見られませんでした」
その報告に、リュゼリアは真剣な表情で口を開いた。
「効果がない、ということは、通常の病とは違う原因があるということよね」
「その通りです。ですが、原因については未だに特定できておりません」
その行き詰まった状況に、一同は深く考え込んだ。
「アシュル、私にも陛下の状態を診させてもらえないかしら」
リュゼリアの提案に、アシュルは頷いた。
「うむ、私も同行しよう」
こうして、アシュルとリュゼリア、そしてカインの三人は、改めて国王の寝室を訪れることにした。
国王は昨日よりも少し顔色が良くなっているように見えたが、それでも、その体は痛ましいほどに弱っていた。
「――失礼いたします」
アシュルは静かに国王の傍に近づくと、その体にそっと手をかざした。しばらくの間、目を閉じ、意識を集中させる。
「――これは」
アシュルの表情が険しくなった。
「アシュル、何か分かった?」
リュゼリアの問いに、アシュルは静かに頷いた。
「陛下の体内に、微量ながら、これまで見てきた『穢れ』と同質の魔力が混入している」
その告白に、一同は揃って息を呑んだ。
「穢れ、って……妖精の森のあれと同じ、ってこと?」
ルートの問いに、アシュルは頷いた。
「性質は似ている。だが、これは自然発生したものではないだろう。恐らく誰かが意図的に陛下に、この穢れを送り込んだ」
その衝撃的な推測に、リュゼリアの表情が凍りついた。
「誰かが意図的に……お父様を害そうとした、ということ?」
「可能性は高い。この微量かつ緩やかに進行する性質から見て、即効性の毒ではなく、時間をかけて確実に衰弱させる意図が感じられる」
その分析に、一同の間に重い沈黙が流れた。
「それなら……これは暗殺の企てって、こと?」
シィナの震える声に、アシュルは静かに頷いた。
「その可能性が高いだろうな」
その恐ろしい真実に、リュゼリアはしばらくの間、言葉を失っていた。
「誰が、そんな……」
その問いに答えられる者は、その場に誰もいなかった。だが、皆の脳裏には自然と、ある可能性が浮かんでいた。
「もしかして……王位を狙うお二人のうち、どちらかが」
ゼクスの慎重な言葉に、リュゼリアは複雑な表情を浮かべた。
「――信じたくないけれど。可能性としては否定できないわね」
その重い沈黙を破ったのはカインだった。
「今は犯人捜しよりも、まず陛下の治療を優先すべきかと」
その冷静な提言に、一同は我に返った。
「そうね。……アシュル、この穢れを取り除くことはできる?」
リュゼリアの問いに、アシュルは少し考え込んだ。
「不可能ではないだろう。だが、慎重に進める必要がある。無理に穢れを引き剥がせば、陛下の体力が、その負担に耐えられない可能性がある」
その説明に、リュゼリアは真剣な表情で頷いた。
「なら、どうすれば……」
「時間をかけて、少しずつ浄化していく方法が良いだろう。それに――」
アシュルはリュゼリアを見つめた。
「リュゼリア、お前の妖精王の加護による力も、恐らく、この治療に役立つはずだ」
その指摘に、リュゼリアは驚いたように目を見開いた。
「私の力が……?」
「ああ。妖精王の加護は生命力を司る性質を持っているはずだ。お前の力と、私の浄化の力を合わせれば、より効果的な治療ができるだろう」
その提案に、リュゼリアは真剣な表情で頷いた。
「分かったわ。……やってみる」
その日から、一同は国王の治療に本格的に取り組み始めた。アシュルが慎重に穢れを浄化し、リュゼリアが妖精王の力を借りて生命力を補っていく。
「――こう、かしら」
リュゼリアがそっと両手を国王の体にかざすと、淡い緑色の光が優しく、その身を包み込んだ。
「うむ、良い感じだ。その、まま続けてくれ」
アシュルの指導のもと、二人は慎重に治療を進めていった。
その様子を見守っていた国王が静かに目を開けた。
「――温かい、な」
その呟きに、リュゼリアは優しく微笑んだ。
「お父様、無理をしないでくださいね」
「ああ……お前の力、確かに感じるよ」
その穏やかなやり取りに、その場にいた一同も静かな安堵を覚えていた。
治療は数時間に及んだ。全ての工程を終えた頃には、リュゼリアもアシュルも、かなりの疲労を見せていた。
「今日は、これくらいにしておこう。一度に全てを治すことはできない。少しずつ続けていく必要がある」
アシュルの言葉に、リュゼリアは頷いた。
「分かったわ。……お父様、今日は少しは楽になりましたか?」
その問いに、国王は穏やかな表情で頷いた。
「ああ、随分と楽になった気がする。……ありがとう、リュゼリア。そして皆さんにも感謝する」
その感謝の言葉に、ルートは静かに頭を下げた。
「陛下、どうか、ゆっくり休んでください。僕たちも全力を尽くしますから」
その力強い言葉に、国王は静かに微笑んだ。
治療を終え、部屋を出た一同は、廊下で改めて、これからの方針を確認し合った。
「毎日、少しずつ治療を続けていけば、どれくらいで陛下は回復しそう?」
ルートの問いに、アシュルは少し考え込んだ。
「正確な見立ては難しいが、このまま順調に進めば、数週間程度で大きな改善が見られるはずだ」
その見通しに、リュゼリアは安堵の息を吐いた。
「良かった……」
だが、その安堵の裏側で、ゼクスが真剣な表情で口を開いた。
「治療は、それでいいとして、誰が陛下を害そうとしたのか、その調査も進めないといけないよな」
その指摘に、一同は緊張を新たにした。
「そうね。……ガイウスに相談してみましょう」
リュゼリアの提案に、一同は頷いた。これから始まる新たな謎への調査。その緊張を胸に、一行は静かに次の一歩を踏み出していくのだった。
その日の夕方、ガイウスを呼び、一同は改めて、これまでの調査結果を伝えた。
「陛下の症状が、何者かによる意図的なものである可能性が高い、とのことですね」
ガイウスは、深刻な表情で腕を組んだ。
「はい。それで、宮廷内で、最近、怪しい動きをしていた者に、心当たりはありませんか」
ルートの問いに、ガイウスはしばらく考え込んだ。
「――正直に申し上げますと、いくつか、思い当たる節がございます。ですが、確証がない以上、軽々しく、名を挙げることはできません」
その慎重な姿勢に、リュゼリアは頷いた。
「それでいいわ。確かな証拠を、見つけてから動きましょう」
「承知いたしました。私の方でも、密かに、調査を進めます」
ガイウスの言葉に、一同は頷いた。
その夜、それぞれが客間に戻ったあと、ルートは、少し疲れた様子のリュゼリアを気遣い、そっと声をかけた。
「リュゼリアさん、今日は本当にお疲れ様。無理してない?」
「ええ、大丈夫よ。……でも、正直に言うと、少し、複雑な気持ちなの」
「複雑、って?」
「お父様を助けたいという気持ちに、嘘はない。でも、その裏で、身内の誰かが、こんなことを企てているかもしれないと思うと……」
その、辛い胸の内に、ルートは静かに耳を傾けた。
「うん、辛いよね。でも、リュゼリアさんは、一人じゃないから」
「ええ、分かってるわ。……ありがとう、ルート君」
その、静かなやり取りに、廊下の窓から差し込む月明かりが、優しく二人を照らしていた。
こうして、国王の治療と、暗殺未遂の真相究明という、二つの大きな課題に向き合いながら、一行のヴァルドレイクでの日々が、静かに始まっていくのだった。
家族は仲良くしてほしい




