第66話「小さな休息」
フィオレーナの訪問から数日、屋敷にはこれといった大きな出来事もなく穏やかな日々が流れていた。
「なあ、みんな」
朝食の席で、ゼクスがふと切り出した。
「最近ずっと緊張感のある話ばかり続いてただろ。たまには思いっきり羽を伸ばす日を作らないか」
その提案に、シィナが賛同の声を上げた。
「賛成です! 皆さん色々頑張ってきましたし」
「うん、いいね。どこか行きたい場所ある?」
ルートの問いに、リュゼリアが少し考えるように答えた。
「そういえば少し街の外れに綺麗な湖があるって聞いたことがあるわ。ピクニックにでも行ってみない?」
その提案に、一同は目を輝かせた。
「いいね! みんなで行こう!」
こうして、その日は久しぶりに完全な休日として過ごすことに決まった。
早速準備に取り掛かった一同は、それぞれ役割を分担した。リュゼリアとゼクスはお弁当作りを、シィナは敷物や道具の準備を、ルートは荷物運びを担当することになった。
「アシュル、カインは何をする?」
ルートの問いに、アシュルは少し考えるように答えた。
「私は周囲の警戒を担当しよう。せっかくの休日だ。安全には気を配りたい」
「私も同様に致します。ルート様に何かあってはなりませんので」
二体の生真面目な返答に、ルートは思わず苦笑した。
「二人とも、今日くらいはのんびりしようよ」
その言葉に、アシュルとカインは顔を見合わせた。
「――そうだな。たまには、それも悪くないか」
「ええ、あなたと共にのんびりとした時間を過ごすのも、また良いものかもしれません」
その答えに、ルートは嬉しそうに微笑んだ。
準備を終えた一同は荷物を抱え、街を出て湖へと向かった。
道中、初夏の爽やかな風が一行の頬を優しく撫でていった。木々の緑が鮮やかに輝き、鳥のさえずりがあちこちから聞こえてくる。
「気持ちいい天気ですね」
シィナの言葉に、一同は深く頷いた。
やがて辿り着いた湖は、想像していた以上に美しい場所だった。澄み渡った青い水面が太陽の光をキラキラと反射させている。周囲には色とりどりの花々が咲き誇っていた。
「わあ……すごく綺麗ですね」
シィナが思わず感嘆の声を上げた。
「本当だな。こんな場所があったなんて」
ゼクスも、その景色に見惚れていた。
一同は湖畔に敷物を広げ、持ってきたお弁当を広げた。リュゼリアとゼクスが腕を振るった様々な料理が彩り豊かに並んでいる。
「わあ、美味しそう!」
ルートの歓声に、リュゼリアは嬉しそうに微笑んだ。
「たくさん作ったから、いっぱい食べてね」
一同は和やかに談笑しながらお弁当を楽しんだ。
「このサンドイッチ、すごく美味しいです」
シィナの感想に、ゼクスが少し得意げに答えた。
「だろ? 俺の自信作だ」
「こっちの煮込み料理も絶品よ」
リュゼリアの言葉に、皆が頷いた。
食事を終えた後、一同は湖の周りでそれぞれ思い思いの時間を過ごすことにした。
「ねえ、泳いでみない?」
シィナの提案に、ゼクスが少し驚いたように答えた。
「泳ぐって、この湖でか?」
「はい! せっかくだから」
その明るい提案に、一同は賛同した。
軽装に着替えた一行は湖に足を踏み入れた。水は澄んでいて、思ったよりも冷たくなく、心地よい感触だった。
「うわあ、気持ちいい!」
ルートが水を蹴り上げながら楽しそうに声を上げた。
「ルート、油断するなよ!」
その声と共に、ゼクスが悪戯っぽく水をかけてきた。
「わっ、冷たい!」
その水掛け合戦に、シィナも加わり、湖畔には賑やかな笑い声が響き渡った。
「もう、みんな子供みたいですね」
リュゼリアが、その様子を微笑ましそうに眺めながら呟いた。
「リュゼリアさんも一緒にやりましょう!」
シィナの誘いに、リュゼリアは少し躊躇いながらも笑顔で頷いた。
「ふふ、それじゃあ私も」
こうして一同は、しばらくの間、無邪気に水遊びを楽しんだ。
ひとしきり遊んだあと、シィナはふと、湖畔に咲く花々に目を留めた。
「あ、この花、綺麗ですね」
白と淡い紫の花が、一面に咲き誇っている場所を見つけ、シィナは、その中へと歩み寄った。
「本当だ。花冠でも、作ってみるか?」
ゼクスの提案に、シィナは、目を輝かせた。
「いいですね! 作ったこと、ないですけど」
「俺も、あんまり得意じゃないけどな」
二人は、並んで座り込み、不器用な手つきで、花を編み始めた。時折、上手くいかずに、笑い合いながら。
「できた、かも……?」
シィナが、少し歪んだ形の花冠を、掲げてみせると、ゼクスは、思わず、噴き出した。
「歪んでるな」
「ゼクスさんのだって、負けないくらい歪んでますよ!」
その、微笑ましいやり取りに、少し離れた場所にいたルートとリュゼリアも、思わず笑ってしまった。
「あの二人、本当に、仲良くなりましたね」
リュゼリアの言葉に、ルートは頷いた。
「うん。見てるだけで、こっちまで、嬉しくなるよ」
その、和やかな空気の中、一同は、それぞれの、小さな幸せを、静かに、噛み締めていた。
少し離れた場所で、その様子を見守っていたアシュルとカインは、穏やかな表情で頷き合っていた。
「みんな楽しそうだな」
アシュルの言葉に、カインも静かに頷いた。
「ええ。こうした時間が、これからも続いていくことを願うばかりです」
「――そうだな」
二体はしばらくの間、湖畔の静かな風を感じながら賑やかな一同の様子を見つめていた。
「なあアシュル」
カインがふと口を開いた。
「私たちも、いつか、こうして家族と水遊びをするような日が来るのでしょうか」
その問いに、アシュルは少し驚いたようにカインを見つめた。
「――家族、か」
「ええ。まだ先の話かもしれませんが」
その言葉に、アシュルはしばらくの間、考え込むように湖を見つめていた。
「――悪くない想像だな」
その静かな答えに、カインは優しく微笑んだ。
水遊びを楽しんだ一同は、しばらくして湖畔に戻ってきた。それぞれ髪や服を乾かしながら穏やかな時間を過ごしていく。
「今日は本当に楽しかったです」
シィナの言葉に、一同は頷いた。
「うん、こういう時間も大切だね」
ルートの言葉に、リュゼリアも優しく微笑んだ。
「ええ、本当に。……これからも、こうして皆で楽しい時間を作っていきましょう」
夕暮れ時、一同は名残惜しそうに湖を後にし、屋敷への帰路についた。夕日に染まる道を歩きながら、それぞれが今日の楽しい思い出を静かに噛み締めていた。
「アシュル、カイン、今日は一緒に来てくれてありがとう」
ルートの言葉に、二体はそれぞれ頷いた。
「いや、こちらこそ良い時間を過ごせた」
「私も心から楽しませていただきました」
その素直な言葉に、ルートは嬉しそうに微笑んだ。
「また今度みんなで来ようね」
「ああ、ぜひ」
「楽しみにしております」
賑やかな会話を交わしながら、一行は夕暮れの道を進んでいった。
屋敷に戻った一同は、疲れた体を休めながらも心地よい満足感に包まれていた。
「今日みたいな日が、これからも、たくさんあるといいね」
ルートの呟きに、一同は静かに頷いた。
窓の外、二つの月が静かにその夜を照らしていた。穏やかな幸せに満ちた一日の終わりを皆で静かに噛み締めながら、屋敷の夜は更けていくのだった。
その夜、それぞれが自室に戻ったあと、庭にはまだアシュルとカインの姿があった。
「今日のカインの言葉」
アシュルが静かに切り出した。
「家族という言葉」
「あ、あれは、その、少し気が早かったかもしれません」
珍しくしどろもどろになるカインに、アシュルは小さく笑った。
「いや。悪くないと言っただろう」
その静かな肯定に、カインははっとしたようにアシュルを見つめた。
「アシュル……」
「気の早い想像も、たまには悪くない。それだけの話だ」
その素っ気ないながらも確かな温かさの滲む言葉に、カインは心から嬉しそうな表情を浮かべた。
「ありがとうございます」
夜空に浮かぶ二つの月の下、二人はしばらくの間、静かにこれから訪れるかもしれない未来に想いを馳せていた。




