第64話「新たな装い」
ガルドから特別な素材を譲り受けてから数日、リュゼリアの工房からは朝から晩まで槌を打つ音が絶え間なく響いていた。
「リュゼリアさん、根詰めすぎじゃないですか?」
朝、様子を見に行ったシィナが、心配そうに声をかけた。工房の中は、削り出された金属片や、様々な道具が、几帳面に並べられている。
「ふふ、大丈夫よ。むしろ、こういう作業をしている時が、一番、集中できて楽しいの」
リュゼリアは、そう答えながらも、目の下には、うっすらと疲労の色が見えていた。
「それでも、たまには、休憩も必要ですよ」
「そうね、シィナちゃんの言う通りだわ。ちょうど、一区切りついたところだし」
二人は、しばらく、他愛のない会話を交わしながら、休憩の時間を、静かに過ごした。
「リュゼリアさん、大丈夫ですか?」
工房を覗いたルートに、リュゼリアは少し疲れた様子で、しかし充実感に満ちた表情で答えた。
「ええ。ガルドさんから頂いた素材、本当に貴重なものだから。しっかり活かしたいの」
その真剣な作業ぶりに、ルートは感心したように頷いた。
「無理はしないでくださいね」
「ふふ、ありがとう。でも、これも皆さんの安全のためだもの。頑張らせて」
その温かい言葉に、ルートは優しく微笑んだ。
数日後、ついに新しい装備一式が完成した。工房に集まった一同を前に、リュゼリアは少し緊張した面持ちでそれぞれの装備を披露していった。
「まず、ルート君の分から」
差し出されたのは、これまでの片手剣とはまた違う洗練された輝きを放つ一振りの剣だった。柄には繊細な意匠が施され、刃には微かな魔力の光が宿っているように見えた。
「これは……」
「ガルドさんから頂いた特殊な鉱石を核として使わせてもらったの。強度も魔力伝導率も、これまでの比じゃないはずよ」
その説明に、ルートはその剣をそっと手に取った。驚くほど手に馴染む確かな重みを感じる。
「試しに振ってみて」
リュゼリアに促され、ルートは庭で軽く素振りをしてみた。振るった瞬間、これまでにない鋭い風切り音が響いた。
「すごい……全然違います」
その驚きの声に、リュゼリアは安堵の表情を浮かべた。
「気に入ってもらえて良かったわ」
続いて、ゼクスの篭手が披露された。以前のものより、さらに耐熱性を高めた特別な造りになっていた。
「これなら俺の炎の威力にも、しっかり耐えられるはずよ」
「さすがリサだな。ありがとよ」
ゼクスが早速その篭手をはめてみると、纏う炎の質がこれまでより、さらに安定しているのが感じられた。
「おお、すげえ。全然、負担が違う」
その感動の声に、リュゼリアは嬉しそうに微笑んだ。
シィナには新しい杖が贈られた。魔力の伝導率を極限まで高めた繊細な造りの杖だった。
「これなら詠唱の精度も上がるはずよ」
「わあ、ありがとうございます」
シィナがその杖を軽く振ってみると、これまでより、はるかに滑らかに魔力が流れていくのを感じた。
「すごい、いつもより、ずっと扱いやすいです」
その実感に、リュゼリアは満足げに頷いた。
アシュルとカインにも、それぞれ新しい装備が贈られた。アシュルにはこれまでの片手剣を、さらに磨き上げた一振り。カインには彼の魔法の威力をさらに引き出すための特別な腕輪が贈られた。
「これは見事な出来だ」
アシュルが自らの片手剣を確かめながら感心したように呟いた。
「あなたの腕前、ますます磨きがかかっていますね」
カインの称賛に、リュゼリアは少し照れくさそうに微笑んだ。
「二人にも喜んでもらえて嬉しいわ」
一通り装備を確認し終えた一同は、その日の午後、実際に新しい装備の性能を試すため、街の外れにある訓練場へと向かうことにした。
「よし、みんなで実戦形式の訓練をしよう」
ルートの提案に、一同は頷いた。
訓練場では、それぞれが新しい装備の性能を確かめるように動き回った。ルートの剣は以前よりも遥かに鋭く正確な一撃を繰り出せるようになっていた。
「アシュル、どう? 前より動きやすい?」
ルートの問いに、アシュルは頷いた。
「ああ。お前の動きに、しっかりと応えられる感触がある」
ゼクスも思う存分炎を放ちながら、その威力の向上を実感していた。
「これなら、もっと強い敵とも戦えそうだ」
シィナも詠唱の精度が上がったことで、これまでより複雑な魔法をスムーズに扱えるようになっていた。
「皆さんの装備、確実にレベルアップしてますね」
その様子を見ていたリュゼリアは満足げに頷いた。
「これなら、これからどんな困難にも立ち向かえるはずよ」
その力強い言葉に、一同は頷いた。
訓練を一通り終えた後、一同は少し休憩を取ることにした。
「リュゼリアさん、本当にありがとうございます。こんなに素晴らしい装備、用意してくれて」
ルートの心からの感謝の言葉に、リュゼリアは優しく微笑んだ。
「これくらい当然のことよ。皆さんが安全に力を発揮できるように、これからも精一杯頑張るから」
「うん、頼りにしてます」
その温かいやり取りに、その場の空気が和やかなものへと変わっていった。
「なあリサ。アシュルと俺の装備も、ずいぶん力が入ってるみたいだが」
ゼクスの指摘に、リュゼリアは少しいたずらっぽく微笑んだ。
「ふふ、大切な家族の皆さんだもの。当然でしょう?」
その温かい言葉に、アシュルとカインは、それぞれ少し照れくさそうに頷いた。
「――ありがとう、リュゼリア」
「私からも心より感謝いたします」
その微笑ましいやり取りに、その場の一同は思わず笑みを浮かべた。
休憩を終えた一同は、さらに、もう一段階、実戦を想定した連携訓練に取り組むことにした。
「ゼロ番が、もし本当に、複数の敵を伴って現れたら」
シィナの想定に、ルートは頷いた。
「うん、その場合の連携も、確認しておこう」
それぞれの役割を確認しながら、一同は模擬戦を繰り返した。ルートとアシュルが前衛を、カインが中距離からの支援を、ゼクスが機動力を活かした遊撃を、シィナが後方から全体を支える。その連携は、これまでの旅を通じて培われた信頼のもと、驚くほど滑らかに噛み合っていった。
「いいぞ、この調子だ」
ゼクスの声に、皆が力強く頷いた。
夕暮れ時、訓練場を後にした一行は、これから訪れるであろう脅威への備えが着実に進んでいることに、静かな安堵を覚えていた。
「これで、また少し心強くなったね」
ルートの言葉に、一同は力強く頷いた。
「ああ。だが油断はするなよ。運営の次の動きが、いつ来るか分からないんだから」
アシュルの忠告に、一同は真剣な表情で頷いた。
「うん、分かってる。でも――」
ルートは新しい剣をそっと握りしめながら続けた。
「今は、この装備と、みんなを信じて前に進もう」
その決意に満ちた言葉に、一同は静かな団結を感じ合っていた。
屋敷に戻る道中、ゼクスがふと、口を開いた。
「なあ、リサ。今度の休みにでも、アシュル達の結婚祝い、もう一回、やり直さないか? 」
その提案に、リュゼリアは、少し驚いたように、目を瞬かせた。
「あら、何度もやるの?お金大丈夫?」
「いいだろ、別に。祝い事は、多いに越したことないさ」
その、屈託のない言葉に、リュゼリアは、思わず、笑ってしまった。
「ふふ、それもそうね。じゃあ、今度は、私が、腕を振るって、ご馳走を作るわ」
その、温かいやり取りに、シィナも、嬉しそうに、賛同した。
「私も、何か、お手伝いしますね」
「私も、装飾品の一つでも、用意しましょう」
カインの申し出に、アシュルが、少し、照れくさそうに、頷いた。
「――ありがとう、皆」
その、賑やかなやり取りに、ルートは、静かに、微笑んだ。新しい装備を手にした喜びと、これから訪れるであろう試練への緊張。そのどちらもを胸に抱きながらも、こうして、皆で笑い合える時間があることが、何よりも心強く感じられた。
「アシュル、カイン」
ルートが、ふと、二体に、声をかけた。
「今度こそ、ちゃんと、盛大に、お祝いさせてね」
その言葉に、アシュルとカインは、それぞれ、温かい笑みを浮かべた。
「ああ、楽しみにしている」
「私も、皆様との時間を、心待ちにしております」
街への帰路を辿りながら、それぞれが新たな力と、そして確かな絆を胸に抱いていた。夕日に染まる街道の景色が、その静かな決意を優しく照らしていた。




