第62話「隠していた誓い」
学術都市を後にし、帰りの馬車に揺られながら、ルートはふと先ほどのフィオレーナの言葉を思い出していた。
「ねえアシュル。さっきフィオレーナさんが言ってた『ご結婚された方』って、アシュルとカインのことだよね?」
その何気ない問いかけに、馬車の中の空気が一瞬止まった。
「――それは」
アシュルが珍しく言葉に詰まった。その様子に、シィナが目を丸くした。
「あれ、もしかして私たちに隠してたんですか? お二人、もう結婚されてたなんて!」
「え、待って、僕、全然知らなかった!」
ルートの驚きの声に、ゼクスとリュゼリアも顔を見合わせた。
「マジかよ。いつの間に、そんなことに」
その皆の驚きの視線に、アシュルはみるみる頬を赤らめていった。
「――その、言おう言おうとは思っていたのだが」
「思っていたのだが?」
ルートの追及に、アシュルは観念したように深く息を吐いた。
「――恥ずかしくて言い出せなかった」
その素直な告白に、馬車の中にしばしの沈黙が流れた。それからシィナが思わず微笑ましそうに笑い出した。
「アシュルさんにも、そういう可愛らしいところがあったんですね」
「か、可愛らしいとは何だ」
珍しく動揺するアシュルの様子に、カインが静かに助け舟を出した。
「ルート様、皆様。順を追ってご説明いたします」
「うん、聞かせて、カイン」
ルートの期待の込もった視線に、カインは静かに頷いた。
「――あれは、フィオレーナ様との集会よりも少し前のことでした」
カインは静かにその時の記憶を語り始めた。
あの日、ルートたちがそれぞれの用事で屋敷を留守にしていた、静かな午後のことだった。
工房の裏手にある小さな庭で、アシュルは一人、剣の手入れをしていた。そこへカインが少し緊張した面持ちで歩み寄ってきた。
「アシュル、少しよろしいでしょうか」
「なんだ、改まって」
いつもと違うカインの様子に、アシュルは手を止め彼を見つめた。
「今日はあなたにお伝えしたいことがあります」
カインは静かにその場に片膝をついた。まるで忠誠を誓う騎士のような姿勢だった。
「な、なんの真似だ」
困惑するアシュルに、カインは真剣な眼差しで続けた。
「アシュル。私はあなたと出会い、そしてこの屋敷での日々を共に過ごす中で、この想いが単なるライバル心でも敬意でもないと確信するに至りました」
「カイン……」
「あなたと、これから先の時間を正式に共に歩んでいきたいと思っています。どうか私と生涯を共にしていただけないでしょうか」
その真摯なプロポーズに、アシュルはしばらくの間言葉を失っていた。頬がみるみる赤く染まっていく。
「――貴様、そんな大切なことを、こんな唐突に……」
「唐突で申し訳ございません。ですが、この想いを伝えずにはいられませんでした」
その揺るぎない真剣さに、アシュルはしばらくの間目を伏せていた。それから静かに、しかし確かな決意を込めて頷いた。
「――ああ。私も貴様と共に歩んでいきたい」
その答えに、カインは心から嬉しそうな表情を浮かべた。
「ありがとうございます、アシュル」
「その代わり」
アシュルは少し照れくさそうに続けた。
「これは私たち二人だけの秘密にしておきたい。……皆に知られるのは少し恥ずかしいからな」
その素直な願いに、カインは静かに微笑んだ。
「畏まりました。あなたがそう望むのなら」
こうして二人は静かに、しかし確かな絆を結ぶことを誓い合った。
その数日後、二人は屋敷の裏庭で、ひっそりと小さな誓いの儀式を行うことにした。誰にも知られないように、月明かりの下、二人だけで。
「これより私たちは正式に夫婦となる」
アシュルの静かな宣言と共に、カインは恭しく彼女の手を取った。
「この命に代えても、あなたを守り共に歩んでいくことを誓います」
「私も貴様と共に、この道を歩んでいくことを誓おう」
二つの誓いの言葉が、静かな夜の庭に響いた。月明かりが二人の姿を優しく照らしていた。
――カインの静かな語りが終わると、馬車の中にしばしの静寂が流れた。
「そんなことが、あったんですね……」
シィナが感動したように呟いた。
「二人だけの秘密の結婚式、だったんだ」
ルートの感慨深そうな言葉に、アシュルは少し気まずそうに視線を逸らした。
「――皆に知られてしまったのは、正直、想定外だ」
「でも素敵な話じゃないか」
ゼクスの率直な言葉に、アシュルは少し頬を赤らめながら頷いた。
「――そうだな」
リュゼリアが優しく微笑みながら口を開いた。
「二人だけの大切な思い出を、そっと育んでいたのね。でも、これからは私たちにも教えてね。皆で二人のことを祝福したいから」
その温かい言葉に、アシュルとカインはそれぞれ静かに頷いた。
「――ああ、そうする」
「私も皆様に、この幸せを共有していただけること光栄に思います」
その素直な言葉に、馬車の中に温かい笑い声が広がった。
「なあ、今度改めてお祝いしようぜ。屋敷で、皆で」
ゼクスの提案に、一同は賛同の声を上げた。
「賛成! 遅くなったけど盛大にお祝いしましょう!」
シィナの弾んだ声に、アシュルは少し照れくさそうに、しかし確かな喜びを滲ませながら頷いた。
「――ありがとう、皆」
「私からも心より感謝いたします」
カインの静かな、しかし確かな感謝の言葉に、馬車の中はこれまで以上に温かい空気に包まれていった。
窓の外、夕暮れに染まった街道の景色が静かに流れていく。それぞれの絆を確かめ合いながら、一行は屋敷への帰路を辿っていくのだった。
――その夜、屋敷に到着した一同は、さっそくアシュルとカインの結婚を祝う、ささやかな宴を開くことにした。オーウェンにも急ぎ知らせを送ると、彼は驚きながらも「そりゃめでたい話だ」と、とっておきの酒を届けてくれた。
「じゃあ、改めて。アシュル、カイン、結婚おめでとう!」
ルートの音頭に合わせて、皆がグラスを掲げた。
「「乾杯!」」
賑やかな声が屋敷中に響き渡った。
「まさか、こんな形でお祝いすることになるとはな」
ゼクスが笑いながら言うと、アシュルは少し拗ねたように答えた。
「――貴様たちが、勝手に聞き出しただけだ」
「でも、嬉しかったでしょ?」
シィナの悪戯っぽい問いに、アシュルはしばらく黙り込んだ後、小さく頷いた。
「――ああ、正直に言えば、な」
その素直な告白に、皆が温かい笑みを浮かべた。
宴もたけなわの頃、リュゼリアがそっと二人に小さな包みを差し出した。
「これ、私からのささやかな贈り物よ」
開けてみると、そこにはお揃いの小さな指輪が二つ収められていた。
「私の精一杯の腕によりをかけて、作らせてもらったわ」
その心のこもった贈り物に、アシュルとカインは揃って目を見開いた。
「リュゼリア、これは……」
「これから先も、ずっとお二人らしく幸せでいてほしいから」
その温かい言葉に、アシュルは静かにその指輪を受け取った。
「――ありがとう、リュゼリア」
「私からも心より感謝いたします」
その夜、屋敷はこれまでにないほどの温かい笑い声と祝福の言葉に満たされていった。
少し離れた場所から、その様子を眺めていたルートは、静かな幸福感を噛み締めていた。
(アシュルとカイン、こんな風に幸せそうにしてくれて、本当に良かった)
これまで常にルートのために力を尽くしてくれた二体が、今、自分たちの幸せを見つけている。その光景は、ルートにとって何よりも嬉しいものだった。
「ルート様、どうかなさいましたか」
物思いに耽っていたルートに、カインが静かに声をかけた。
「ううん、なんでもないよ。ただ、二人が幸せそうで嬉しいなって思って」
その素直な言葉に、カインは優しく微笑んだ。
「それは私たちの台詞でもあります。ルート様が私たちの幸せを心から喜んでくださること、それこそが私たちにとって何よりの喜びなのですから」
その言葉に、ルートは温かい気持ちで頷いた。
少し離れた場所では、アシュルが贈られた指輪を大切そうに見つめていた。
「――こんなに幸せな日が来るとはな」
その静かな呟きに、隣に立つカインが優しく微笑んだ。
「これから、まだまだ幸せな日々が続いていくはずです」
「――ああ、そうだな」
二人は寄り添いながら、しばらくの間、賑やかな宴の様子を静かに見守っていた。
宴の終わり、庭に出たアシュルとカインは、二人だけの静かな時間を過ごしていた。
「――結局、秘密にはしておけなかったな」
アシュルの少し残念そうな呟きに、カインは優しく微笑んだ。
「ですが、皆様に祝福していただけたこと、私はとても嬉しく思っております」
「――そうだな。私も悪くないと思っている」
夜空に浮かぶ二つの月を見上げながら、二人は静かに寄り添い合っていた。二人だけの秘密だった絆は、今、皆に見守られる確かな幸せへと変わっていったのだった。
こういう事があってもいいじゃないる




