第60話「広がる波紋」
ある日の午後、ギルドを訪れたルートたちを興奮した様子のシルヴァンが出迎えた。
その日は、朝から、家の裏庭で、リュゼリアが打ち上げた新しい防具の試着を、一同で行っていた。
「軽さは、申し分ないですね」
シィナが、袖を、軽く振りながら、感心したように言った。
「動きやすさも、大事だからね。ゼクスの分も、そろそろ、完成しそうよ」
リュゼリアの言葉に、ゼクスは頷いた。
「ありがとな、リサ。いつも、助かってる」
そんな、和やかな朝を過ごしたあと、一同は、シルヴァンから急ぎの呼び出しを受け、ギルドへと向かうことになった。
「聞いてくれ、大変なことが起きている!」
その勢いに、ルートは思わず身構えた。
「な、何かあったんですか」
「各地の召喚士たちから続々と報告が上がってきているのだ。突然これまで扱えなかった力が使えるようになった、契約している召喚獣が急に力を増した、という報告が」
その説明に、一同は顔を見合わせた。
「それって、僕たちが核を解放したことと関係あるんですよね」
ルートの問いに、シルヴァンは深く頷いた。
「間違いない。お前たちが各地の核を解放するたびに、この世界全体の召喚術の力が少しずつ、しかし確実に回復しているのだ」
その言葉に、アシュルも静かに頷いた。
「予想していたことではあるが、これほど早く目に見える形で影響が現れるとはな」
コハクが資料をまとめながら補足した。
「ギルドにも各地の支部から問い合わせが殺到しています。中には、これまで最弱職と言われ依頼をほとんど受けられなかった召喚士たちが、急に注目され始めているという報告もあります」
「注目、ですか」
シィナの問いに、コハクは頷いた。
「はい。これまで召喚士という職業は避けられがちでしたが、今では多くの若者が召喚士を目指し始めているそうです」
コハクは、そう言いながら、机に積み上がった、依頼票の束を、少し疲れた様子で見つめた。
「正直、対応が、追いついていない状況です。召喚士志望の若者たちからの、指導の依頼や、契約の儀式についての、問い合わせが、殺到していて」
「そんなに、急に……」
シィナが、驚いたように、その資料の山を、見つめた。
「ええ。ギルドとしても、この流れを、正しく、受け止めていく必要があります。付け焼き刃の対応では、かえって、混乱を、招きかねませんから」
コハクの、冷静な分析に、一同は、頷いた。
その話に、ルートは複雑な表情を浮かべた。
「僕たちのしたことが、そんなに大きな影響を与えているんですね」
「うむ、そうだとも。これは召喚士という職業の歴史における大きな転換点と言えるだろう」
シルヴァンの感慨深そうな言葉に、一同は静かに頷いた。
その日の夜、ルートたちは街の酒場で最近の噂話に耳を傾けることにした。四人が隅の席に座ると、周囲の会話が自然と耳に入ってくる。
「聞いたか、最近あちこちで召喚獣が急に強くなってるって話」
「ああ、俺の知り合いの召喚士も、これまでろくに戦えなかった契約獣が急に見違えるほど強くなったって驚いてたよ」
「なんでも噂じゃ、どこかの規格外の召喚士が、この現象のきっかけになってるらしいぜ」
その噂話に、ルートは思わず隣にいたゼクスと顔を見合わせた。
「なんか僕たちのこと、噂になってるみたいだね」
「まあ、これだけのことをしてりゃそうなるだろうな」
ゼクスの冷静な言葉に、ルートは少し落ち着かない気持ちになった。
その一方で、酒場の別の一角では少し不穏な話も囁かれていた。
「でもよ、召喚術がそんなに力を取り戻したら、運営とやらは、それを良く思わないんじゃないか」
「確かにな。あいつら召喚士の力を、ずっと抑え込んできたって話も聞くしよ」
「規格外の召喚士とやらも、そのうち運営に目をつけられて、酷い目に遭わされるんじゃねえのか」
その囁かれる不安の声に、ルートの表情が少し曇った。
「アシュル、今の話……」
「聞こえていた。だが驚くことではないだろう。私たちの行動は既に運営にとって看過できないものになっているはずだ」
アシュルの冷静な分析に、ルートは静かに頷いた。
その頃、街の別の場所では一人の若い召喚士が驚きと共に自らの契約獣の変化を実感していた。
「すごい……こんなに力が溢れてくるなんて」
彼の契約獣――小さな火の精霊は、これまでにない力強い炎を纏っていた。
「これも、あの規格外の召喚士様のおかげなのかな」
その若い召喚士の呟きに、通りすがりの人々が興味深そうに視線を向けていた。
こうした変化は、この街だけに留まらなかった。大陸各地で同様の報告が次々と上がってきていた。
冒険者ギルドの本部では、各地から寄せられる報告をまとめる作業に追われていた。
「これは、もはや一過性の現象ではないな」
本部の重鎮らしき人物が深刻な表情で資料を見つめていた。
「召喚術という職業そのものの地位が大きく変わろうとしている。この流れを正しく導いていく必要があるだろう」
その言葉に、周囲の職員たちも静かに頷いた。
一方、運営の施設では、この急速な変化に強い警戒感が広がっていた。
「規格外個体の影響力、我々の想定を遥かに超えています」
会議室で報告する職員の声には緊張が滲んでいた。
「このまま召喚術の力が完全に回復すれば、我々のこの世界に対する優位性は大きく損なわれることになります」
議長の重々しい声に、周囲の幹部たちがそれぞれ深刻な表情を浮かべた。
「対応を急ぐ必要がありそうだな」
その決定的な一言に、会議室の空気はこれまで以上に張り詰めたものへと変わっていった。
ルートたちの知らないところで、世界は確かに大きく変わり始めていた。それは希望に満ちた変化であると同時に、新たな危険をはらんだ変化でもあった。
街に戻ったルートは、屋敷の窓から夜空を見上げながら静かに考え込んでいた。
「アシュル、僕たちが始めたことって本当に良いことなのかな」
その不安げな問いに、アシュルは静かに、しかし確かな口調で答えた。
「――良いことか悪いことか。それを決めるのは、これから先の私たちの行動次第だろう」
「僕たちの行動次第……」
「ああ。この世界に大きな変化をもたらしてしまった以上、私たちには、その結果に責任を持つ義務がある」
その真摯な言葉に、ルートは深く頷いた。
「うん……そうだね。ちゃんと最後まで見届けよう。この変化がみんなにとって良いものになるように」
その決意に満ちた言葉に、アシュルは静かに微笑んだ。
「その意志を忘れるな。それがお前を正しい道へと導くはずだ」
窓の外、二つの月が静かにその夜を照らしていた。世界が大きく動き始めているその予感を胸に、ルートはこれから訪れるであろう新たな試練への覚悟を静かに固めていくのだった。
翌朝、ギルドから新たな知らせが届いた。
「大陸各地の召喚士たちが集まる、大規模な集会が開かれることになった」
シルヴァンの報告に、一同は驚きの表情を浮かべた。
「集会、ですか」
「うむ。この急速な変化について召喚士たちが情報を共有し、これからの方向性を話し合う場になるようだ。……ルート殿、お前たちにも、ぜひ参加してほしいという要請が来ている」
その要請に、ルートは少し緊張した面持ちで頷いた。
「分かりました。行きます」
その決意に、シルヴァンは力強く頷いた。
「うむ、頼もしいな。この集会が、これからの召喚士たちの未来を左右する重要な機会になるだろう」
準備を進める中、リュゼリアが心配そうに、ルートの装いを整えながら言った。
「大丈夫? 大勢の召喚士たちの前に立つなんて、緊張するでしょう」
「うん、正直、少し」
ルートの素直な答えに、リュゼリアは優しく微笑んだ。
「でも、あなたなら、きっと大丈夫よ。これまで積み重ねてきたもの、ちゃんと、みんなに伝わるはずだから」
その温かい言葉に、ルートは静かに頷いた。
「うん、頑張ってくる」
新たな大きな出来事への予感を抱えながら、ルートたちは次なる旅路への準備を、丁寧に進めていくのだった。




