第6話「冒険者ギルド」
朝、ルートはアシュルと共に冒険者ギルドへと足を運んだ。
昨夜の宿の主人が言っていた通り、依頼をこなせば駆け出しでも稼げるという話だった。
何より、自分の力がどれほどのものか、まだ実感が持てずにいる今、実戦で試してみたい気持ちもあった。
ギルドの扉をくぐると、掲示板の前に人だかりができていた。依頼票を物色するプレイヤーたちの合間を縫って、ルートは掲示板に近づく。
「薬草採取、素材納品、護衛依頼……」
依頼票を眺めながら呟くと、肩の上のアシュルが冷めた声で言う。
「お前の実力なら、この辺りの依頼は児戯にも等しいがな。まずは腕試しに丁度いいだろう」
「そんなに簡単に言うけど、僕まだ何もできないよ」
「だからこそ、だ。今のうちに、自分の体でこの世界の感覚を掴んでおけ。私が全部やっていては、いつまで経ってもお前は育たん」
もっともな言葉に、ルートは頷いた。掲示板の中から、比較的簡単そうな薬草採取の依頼を選び取る。
そのとき、背後から声がかかった。
「あの、ルートさん……ですよね?」
振り返ると、見覚えのある顔があった。
街中で魔物に襲われかけていた少女――シィナだった。軽装の魔導士らしき装いで、杖を背負っている。
「シィナさん。奇遇だね」
「実は、ルートさんの噂を耳にして……もしよかったら、少しだけお話しできませんか?」
シィナに促されるまま、ギルド併設の休憩スペースに移動する。彼女は少し緊張した面持ちで切り出した。
「単刀直入に聞きます。ルートさんたち、最近増えている『行方不明者』のこと、何か知りませんか?」
その言葉に、ルートとアシュルは思わず顔を見合わせた。
「シィナさんも、その噂を?」
「はい……実は、私の姉が、その一人なんです」
シィナは俯きながら、ぽつりぽつりと語り始めた。半年前からこのゲームを始めていた姉が、二週間前から一切ログアウトの気配がなく、リアルでも連絡が取れなくなっているという。
「運営に問い合わせても、『調査中』の一点張りで……。でも、私、諦めたくなくて。この世界のどこかに、手がかりがあるんじゃないかって」
「……力になれるかは分からないけど、僕たちも同じようなことが気になってたんだ」
ルートがそう言うと、シィナの表情がわずかに明るくなった。
「本当ですか? 実は、ある噂を耳にしたんです。街の北にある『忘却の迷宮』――最近発見されたばかりのダンジョンなんですが、そこに足を踏み入れたプレイヤーの一部が、そのまま行方不明になっているらしくて」
「忘却の迷宮……」
「まだ攻略情報もほとんどない、危険な場所です。でも、姉の最後の足取りが、その近くだったという話も聞いていて……」
シィナの声には、はっきりとした決意が滲んでいた。ルートは、その表情に、かつての自分にはなかった強さを見た気がした。
「アシュル、行ってみたい」
肩の上のアシュルは、しばらく黙っていたが、やがて小さく息を吐いた。
「……無謀は承知の上、だろうな…止めても行くのだろう、お前は」
「うん」
「まったく、世話の焼ける主だ」
そう言いながらも、アシュルの声にはどこか、呆れながらも受け入れているような響きがあった。
「ただし、条件がある。今のお前の実力を、まず私が見極める。無策で飛び込むような真似は許さん」
「わかった」
シィナは、二人のやり取りを見て、少しだけ表情を緩めた。
「ありがとうございます……! 私も、できる限り力になります。魔導士としては、まだ未熟ですけど」
「こちらこそ、よろしく」
三人は簡単に情報を共有し合い、数日後、装備と準備を整えた上で「忘却の迷宮」に向かうことを決めた。
ギルドを出たあと、ルートは夕暮れの街並みを見つめながら、小さく息を吐いた。
「アシュル、正直に言うと、少し怖い。でも」
「でも?」
「行かなきゃいけない気がするんだ。僕と同じような目に遭ってる人が、まだこの世界のどこかにいるなら」
その言葉に、アシュルは珍しく、からかうような口調を挟まなかった。ただ静かに、ルートの横顔を見つめる。
「……お前は、変わったな」
「え?」
「初めて会った時、お前は自分のことばかりだった」
図星を突かれ、ルートは言葉に詰まった。アシュルの言う通りだった。自分自身の居場所を求めていただけの自分が、今は誰かのために動こうとしている。
「悪い変化だとは言っていない」
アシュルはそう付け加えると、ふいと視線を逸らした。その耳が、ほんの少しだけ赤らんで見えたのは、夕日のせいだけではないのかもしれなかった。
二人の頭上には、これから足を踏み入れることになる「忘却の迷宮」がそびえる北の山々が、薄闇の中に静かに浮かび上がっていた。
もう少し…いける…気が…する…眠いよ…パトラッシュ…




