第56話「空に浮かぶ島」
海底遺跡から戻って、平穏な日々を過ごしていた、ある朝のこと。ルートたちの屋敷に、シルヴァンから、緊急の呼び出しが届いた。
「なんだろう、こんな朝早くに」
ルートが、少し、不思議そうに、呟いた。
「ギルドマスターが、直々に、呼び出すなんて、珍しいですね」
シィナの言葉に、一同は、身支度を整え、急いで、ギルドへと向かった。
ギルドの一室に到着すると、そこには、これまで見たことのないほど、真剣な表情を浮かべた、シルヴァンと、コハクが、待っていた。
「よく、来てくれた」
シルヴァンの、緊張した声に、一同は、姿勢を、正した。
「何か、あったんですか?」
ルートの問いに、シルヴァンは、静かに、一枚の、古びた地図を、机の上に、広げた。
「これを、見てくれ」
その地図には、大陸の、遥か上空――雲の上に、浮かぶ、島のような、輪郭が、描かれていた。
「これは……」
「『浮遊島』と、呼ばれる場所だ。かつて、この大陸を、統べていた、王家の、隠された財産が、眠っていると、伝えられている」
シルヴァンの説明に、一同は、興味深そうに、その地図を、見つめた。
「最近、この浮遊島に関して、不穏な報告が、相次いでいる」
「不穏な報告、ですか」
シィナの問いに、コハクが、資料を、確認しながら、続けた。
「はい。浮遊島の周辺で、これまでにない規模の、異常な魔力反応が、観測されています。加えて――」
「加えて?」
「浮遊島に、調査に向かった、複数の、冒険者パーティが、消息を、絶っています」
その報告に、一同の間に、緊張が、走った。
「また、行方不明者……」
ルートの呟きに、シルヴァンが、深刻な表情で、頷いた。
「恐らく、これまでの、氷雪の遺跡、妖精の森、海底遺跡と、同様の、事態が、起きているものと、思われる。そして――」
シルヴァンは、真剣な眼差しで、一同を、見渡した。
「浮遊島にも、召喚術の『核』が、眠っている可能性が、高い」
その言葉に、ルートは、静かに、頷いた。
「行きます。行方不明になった方々を、放っておくことは、できません」
「うむ、頼もしい限りだ。ただ――」
シルヴァンは、少し、言葉を、選ぶように、続けた。
「浮遊島には、地上から、直接、辿り着く手段が、ない。浮遊島特有の、特殊な、上昇気流を、利用する必要がある」
「上昇気流、ですか?」
ゼクスの問いに、コハクが、補足するように、説明を、加えた。
「はい。大陸の、とある山岳地帯に、浮遊島へと、繋がる、特殊な、気流のポイントが、存在します。そこから、飛翔能力を持つ、生物や、魔法の力を、借りて、島まで、辿り着く必要が、あります」
その説明に、一同は、顔を、見合わせた。
「アシュル、カイン、二人とも、飛べるよね」
ルートの問いに、二体は、それぞれ、頷いた。
「ああ、問題ない」
「私も、皆様を、お運びすることが、可能かと」
その返答に、ルートは、安堵の表情を、浮かべた。
「なら、僕たちなら、浮遊島まで、辿り着けそうですね」
「うむ、頼りにしている」
シルヴァンの言葉に、一同は、力強く、頷いた。
こうして、ルートたちは、浮遊島への、遠征を、決意することとなった。
準備を進める中、リュゼリアは、工房で、飛行時の、安全を、確保するための、装備の、開発に、取り組んでいた。
「上空での、活動なんて、初めてだわ。……でも、これも、腕の、見せ所ね」
リュゼリアは、そう言いながら、風の抵抗を、軽減する、特殊な、加工を、それぞれの装備に、施していった。
「落下時の、衝撃を、和らげる、魔導具も、必要かしら。念のため、皆さんに、持たせておくわね」
その、細やかな配慮に、ルートは、感心したように、頷いた。
「リュゼリアさん、いつも、本当に、助かってます」
「ふふ、これくらい、当然のことよ」
数日後、準備を、整えたルートたちは、浮遊島へと、続く、上昇気流のポイントへと、向けて、出発した。
道中、一行は、これまでの、旅を、振り返りながら、これから、待ち受ける、新たな冒険への、期待と、緊張を、静かに、抱いていた。
「浮遊島か……どんな場所、なんだろうな」
ゼクスの、呟きに、シィナが、答えた。
「王家の、財産が、眠っているという、話でしたよね。何か、この世界の、大きな謎に、繋がる、手がかりが、あるかもしれません」
「うん、僕も、そう思う」
ルートの言葉に、一同は、頷いた。
やがて、一行は、目的の、山岳地帯へと、辿り着いた。切り立った、断崖の先に、確かに、これまで見たことのない、不思議な、上昇気流が、渦を、巻いているのが、見えた。
「これが、その、気流……」
シィナが、感嘆の声を、漏らした。気流は、まるで、生きているかのように、周囲の、空気を、巻き込みながら、天へと、向かって、伸びていた。
「では、参りましょう」
カインが、静かに、告げると、まず、人型の姿のまま、その、黒い翼を、大きく、広げた。
「ルート様、私が、お運びいたします」
「うん、お願い、カイン」
ルートが、カインに、身を、預けると、カインは、力強く、羽ばたき、上昇気流に乗って、静かに、上空へと、舞い上がっていった。
同様に、アシュルも、羽の生えたメイド姿へと、変身し、シィナを、抱えて、上昇していく。ゼクスとリュゼリアは、リュゼリアが用意した、飛行用の、魔導具を、使って、それぞれ、気流に、乗った。
上空へと、昇っていくにつれ、眼下に広がる、大陸の景色が、次第に、小さくなっていった。
「わあ……!」
シィナが、思わず、感嘆の声を、上げた。眼下に広がる、雲海と、その先に見える、大陸の、雄大な景色は、これまで、見てきたどの光景とも、違う、圧倒的な、美しさを、湛えていた。
「綺麗だな……」
ルートも、思わず、その景色に、見惚れた。
やがて、一行は、雲海を、抜けた。その先に、広がっていたのは――想像を、絶する光景だった。
巨大な、いくつもの、島々が、まるで、宙に、浮かんでいるかのように、静かに、佇んでいた。島々の表面には、かつて、栄華を、誇っていたと、思われる、古代の、建造物の、遺構が、点在している。
「これが……浮遊島……」
ルートが、その、荘厳な光景に、思わず、息を、呑んだ。
「地上とは、まるで、違う、世界のようですね」
シィナの言葉に、一同は、静かに、頷いた。
一行は、最も大きな、中央の島――かつて、王家の、居城が、あったと、思われる場所へと、降り立った。
島の地面に、足を、つけた瞬間、これまでとは、明らかに、異なる、独特な、魔力の、気配が、一行を、包み込んだ。
「この感じ……」
アシュルが、慎重に、周囲を、見渡しながら、呟いた。
「かなり、濃密な、魔力の、気配だな。恐らく、この島の、どこかに、核が、眠っているのは、間違いないだろう」
その言葉に、一同は、緊張を、新たにした。
島の中央には、かつての、王城と、思われる、巨大な、建造物の、遺構が、そびえ立っていた。長い年月を、経てなお、その、荘厳な、佇まいは、失われていなかった。
「あそこに、向かいましょう」
ルートの言葉に、一同は、頷き、慎重に、廃墟と化した、王城へと、足を、進めていった。
王城の、内部は、外観以上に、荒廃が、進んでいた。かつては、豪奢であったと、思われる、装飾の、跡が、あちこちに、残っているものの、その多くは、崩れ落ち、あるいは、風化していた。
「ここに、行方不明になった、冒険者の方々も、来ていたのでしょうか」
シィナの問いに、ルートは、周囲を、見渡しながら、頷いた。
「うん、恐らく。何か、手がかりが、ないか、探してみよう」
一行は、慎重に、王城の、奥へと、進んでいった。長い廊下、崩れかけた、階段、そして、様々な、部屋の、痕跡。それぞれの場所に、かつての、繁栄の、名残が、静かに、佇んでいた。
やがて、一行は、王城の、最奥――かつての、玉座の間と、思われる、広大な、空間へと、辿り着いた。
「ここが……」
その空間の、中央には、崩れかけた、玉座が、静かに、佇んでいた。そして、その、傍らに――これまで見てきた、核と同じ、独特の、輝きを放つ、結晶が、静かに、浮かんでいた。
「あれが、この島の、核……」
ルートが、その、荘厳な光景に、思わず、息を、呑んだ。
だが、その、結晶に、近づこうとした、その時。
「――止まれ」
凛とした、声が、玉座の間に、響き渡った。
一同が、驚いて、振り返ると、玉座の、影から、一人の、人物が、静かに、姿を、現した。豪奢な、しかし、ボロボロに、朽ちた、衣装を、身に纏った、その人物は、幽鬼のような、儚い、佇まいを、していた。
「あなたは……」
ルートの問いに、その人物は、静かに、答えた。
「私は、この島の、最後の、王。……いや、正確には、王の、魂の、残滓と、言うべきか」
その、告白に、一同は、驚きの、表情を、浮かべた。
「あなたが……」
「この島は、かつて、私が、統治していた、王国の、中心地であった。だが――」
王の魂は、静かに、悲しげな、表情を、浮かべた。
「私の、治世の、末期、この王国は、大きな、内乱に、見舞われた。権力を、巡る、争い、そして――」
「そして?」
「召喚術の、力を、独占しようとする、一部の、貴族たちの、野心。それが、この王国を、崩壊へと、導いたのだ」
その、告白に、アシュルが、静かに、口を、開いた。
「召喚術の、力を、独占……もしや、それも、ヴェルダの、封印と、関係しているのでは」
その、指摘に、王の魂は、驚いたように、アシュルを、見つめた。
「その名を、知っているとは……そうだ。私の、治世の、時代、既に、召喚術は、封印の、影響を、受け始めていた。だからこそ、一部の、貴族たちは、残された、僅かな力を、独占しようと、していたのだ」
その、説明に、一同は、深刻な、表情を、浮かべた。
「私は、その、争いを、鎮めようと、力を、尽くした。だが――結果として、この王国は、滅び、私自身も、命を、落とすこととなった」
王の魂の、声に、深い、悲しみが、滲んでいた。
「私の、魂は、この島に、囚われ、長い間、彷徨い続けている。そして――」
王の魂は、真剣な、眼差しで、一同を、見つめた。
「私と、同じように、この島に、迷い込んだ者たちも、また、囚われの身と、なっている」
「行方不明になった、冒険者の方々ですね」
シィナの問いに、王の魂は、頷いた。
「そうだ。この島には、私と同じように、成仏できずにいる、多くの、魂が、彷徨っている。そして――その、原因の一つが、あの、核に、あるのだ」
「核が、原因……?」
ルートの問いに、王の魂は、静かに、頷いた。
「あの核は、本来、この世界の、力の、循環を、司る、神聖なものだ。だが、長い、封印の影響で、その、力が、歪み、この島に、迷い込んだ者たちの、魂を、引き寄せ、留めてしまう、性質を、帯びてしまったのだ」
その、説明に、一同は、緊張した、面持ちで、頷いた。
「あの核を、正しい形で、解放できれば、この島に、囚われた、魂たちも、救うことが、できるのでしょうか」
ルートの問いに、王の魂は、静かに、頷いた。
「恐らくは。だが、それには、大きな、危険が、伴うだろう。この島を、守護する、私の、忠実な、騎士たちが、いまだに、この場所を、守り続けているのだ」
その言葉と共に、玉座の間の、周囲に、いくつもの、鎧の、亡霊のような、存在が、静かに、姿を、現し始めた。
「あれが……」
ゼクスが、緊張した、声で、呟いた。
「彼らは、かつての、私の、忠実な、騎士たちだ。既に、命を、落としているが、その、忠誠心ゆえに、いまだに、この島を、守り続けている」
王の魂の、説明に、一同は、武器を、構えた。
「戦わなければ、ならない、ということですね」
ルートの、確認に、王の魂は、悲しげに、頷いた。
「すまない。だが、彼らもまた、長い、苦しみから、解放される必要が、ある。……どうか、彼らを、打ち倒すことで、その、魂を、鎮めてやってほしい」
その、切実な、願いに、ルートは、真剣な、表情で、頷いた。
「分かりました。必ず、皆さんを、救います」
その、決意の言葉と共に、玉座の間に、緊張が、走った。
「――来るぞ」
アシュルの、鋭い、声と共に、鎧の亡霊たちが、一斉に、動き出した。
「シィナ、後方から、援護を! ゼクス、俺と一緒に、前衛を!」
ルートの、指示に、二人は、即座に、応じた。
「了解です!」
「任せろ!」
カインと、アシュルも、それぞれ、武器を構え、迫る、亡霊たちに、立ち向かっていった。
「彼らの、想いを、鎮めるように、丁寧に、対処するぞ」
アシュルの、言葉に、一同は、頷いた。単なる、殲滅ではなく、彼らの、長年の、苦しみを、終わらせるための、戦い。その、意識を、胸に、一行は、慎重に、しかし、確実に、鎧の亡霊たちと、対峙していった。
ルートの、片手剣が、一体の、亡霊の、鎧を、切り裂く。その、瞬間、亡霊の、纏う、禍々しい、気配が、少しずつ、和らいでいくのを、感じた。
「――ありがとう」
微かな、声が、聞こえた、気がした。亡霊の姿が、淡い、光の粒子となって、静かに、消えていく。
「今の、声……」
ルートが、驚いたように、呟いた。
「彼らも、本当は、この、終わりのない、戦いから、解放されたかったのだろう」
アシュルの、言葉に、ルートは、深く、頷いた。
一同は、それぞれ、丁寧に、しかし、確実に、鎧の亡霊たちを、打ち倒していった。一体、また一体と、亡霊たちの、姿が、消えていくたびに、玉座の間に、満ちていた、重苦しい、空気が、少しずつ、晴れやかなものへと、変わっていった。
最後の、一体を、倒し終えた時、玉座の間には、静かな、安らぎに満ちた、空気が、満ちていた。
「――終わった、のですね」
王の魂が、静かに、その、光景を、見つめていた。その、表情には、これまでにない、安堵の、色が、浮かんでいた。
「あなた方の、おかげで、彼らも、ようやく、安らかに、眠ることが、できるでしょう」
その言葉に、ルートは、静かに、頷いた。
「王様も……あなたも、もう、大丈夫ですか?」
その、問いに、王の魂は、少し、驚いたように、目を、見開いた。
「私、のことまで、気にかけて、くれるのか」
「もちろんです。あなたも、ずっと、苦しんでこられたんですよね」
その、真摯な言葉に、王の魂は、静かに、微笑んだ。
「――ありがとう。あなた方のおかげで、私もまた、ようやく、この、長い、彷徨いに、終止符を、打てそうだ」
王の魂は、静かに、核の方へと、視線を、向けた。
「あの核を、正しい形で、解放してほしい。それが、私の、そして、この島に、囚われた、全ての魂の、救いとなるはずだ」
「分かりました。必ず」
ルートの、決意に満ちた、言葉に、王の魂は、静かに、頷いた。
一行は、改めて、核へと、向き直った。これまでと同じように、それぞれの、想いを、込めて、封印を、解く、儀式を、始めようとした、その時。
「――待て」
王の魂が、静かに、そう、告げた。
「この核を、解放する前に、一つ、伝えて、おかねばならないことが、ある」
「なんでしょうか」
ルートの問いに、王の魂は、真剣な、眼差しで、続けた。
「この、浮遊島の、核は、これまで、あなた方が、解放してきた、核とは、少し、異なる、性質を、持っている」
「異なる、性質……?」
「ああ。この核は――『時』を、司るものだ」
その、告白に、一同は、驚きの、表情を、浮かべた。
「時を、司る……それは、つまり……」
「この核を、解放すれば、召喚術の、力が、さらに、回復するだけでなく――この、世界と、あなた方の、故郷を、繋ぐ、『扉』そのものにも、何らかの、影響が、及ぶ、可能性がある」
その、重大な、告白に、ルートは、思わず、息を、呑んだ。
「それって……もしかしたら、僕たちが、元の世界に、帰る、手がかりに、なるかも、しれない、ということ、ですか」
その、問いに、王の魂は、静かに、頷いた。
「可能性は、否定できない。だが、同時に、大きな、危険も、伴うだろう。時の力を、迂闊に、扱えば、この世界、そして、あなた方の、故郷、双方に、取り返しのつかない、影響を、及ぼしかねない」
その、警告に、一同の間に、緊張が、走った。
「アシュル、どう、思う?」
ルートの問いに、アシュルは、真剣な、表情で、考え込んだ。
「――正直、慎重に、進めるべきだろう。だが、この核を、解放しないという、選択肢も、この島に、囚われた、魂たちを、思えば、取りづらい」
その、言葉に、ルートは、深く、頷いた。
「うん。……よし、決めた。慎重に、進めながらも、この核を、解放しよう。皆を、救うために」
その、決意に満ちた、言葉に、一同は、力強く、頷いた。
「では、私も、微力ながら、力を、貸させてもらおう」
王の魂の、言葉と共に、一同は、再び、核を、囲むように、円になって、立った。
玉座の間に、静かな、しかし、確かな、緊張感が、満ちていく。これから、始まる、儀式が、この世界、そして、ルートたちの、運命に、どのような、影響を、及ぼすのか――まだ、誰も、その、全貌を、知る由もなかった。




