第54話「隣にいる理由」
海底遺跡から戻って、しばらく経った、ある日のこと。
その日は、珍しく、ルートが、シルヴァンに呼ばれ、ギルドで、一日、召喚術に関する調査に、付き合うことになっていた。ゼクスとシィナも、それぞれの用事で、外出しており、リュゼリアも、工房で、集中して、作業に取り組んでいた。
結果として、屋敷には、アシュルとカインだけが、残されることになった。
「――静かだな」
リビングで、静かに、茶を飲んでいたアシュルが、ぽつりと、呟いた。
「ええ。ルート様が、いらっしゃらないと、この屋敷も、随分と、静かに、感じます」
カインの言葉に、アシュルは、小さく、頷いた。
二体の間に、これまでにない、少し、気まずいような、静かな沈黙が、流れた。これまで、常に、ルートを中心にして、関わってきた二体にとって、こうして、二人きりで過ごす時間は、あまり、経験のないものだった。
「貴様、こういう時、何をして、過ごしているんだ」
アシュルの問いに、カインは、少し、考えるように、視線を、上げた。
「特に、これといって、決まったことは。強いて言えば、ルート様のために、何か、お役に立てることを、考えている時間が、多いでしょうか」
「相変わらず、律儀な奴だな」
アシュルの、少し呆れたような言葉に、カインは、静かに、微笑んだ。
「あなたも、似たようなものでは?」
「――否定は、しない」
その、素直な返答に、カインは、少し、意外そうな表情を浮かべた。
「今日は、珍しく、素直ですね」
「別に、いつも、ひねくれているわけでは、ない」
その、少し、拗ねたような口調に、カインは、思わず、小さく笑った。
「――笑ったな、貴様」
「失礼いたしました。ただ、そういう、あなたの一面も、悪くないと、思いまして」
その言葉に、アシュルは、少し、頬を、赤らめた。それを、誤魔化すように、茶を、一口、飲む。
「そういえば」
カインが、ふと、思い出したように、口を開いた。
「先日の、海底遺跡での一件、改めて、お礼を、申し上げます」
「――今更、何を言い出すかと、思えば」
「いえ、あの時、あなたが、庇ってくださらなければ……私は、もっと、大きな傷を、負っていたかもしれません」
その、真剣な言葉に、アシュルは、少し、視線を、逸らした。
「言っただろう。あれは、単なる、反射的な、行動だ」
「――そう、何度も、仰いますが」
カインは、静かに、しかし、確かな眼差しで、アシュルを、見つめた。
「私には、そうは、思えません。あの瞬間の、あなたの、行動には、確かな、想いが、込められていたように、感じましたので」
その、指摘に、アシュルは、しばらくの間、言葉を、失っていた。
「――貴様は、時々、妙に、鋭いな」
「褒め言葉として、受け取っておきます」
二体の間に、これまでとは、少し違う、穏やかな空気が、静かに、流れていた。
しばらくの、沈黙の後、アシュルが、ふと、口を開いた。
「――貴様は、なぜ、あれほどまでに、ルートに、想いを、注げるんだ」
その問いに、カインは、静かに、微笑んだ。
「契約の瞬間、私の中に、ルート様の、全てが、流れ込んでまいりました。……彼の、抱えていた、孤独。誰かに、大切にされたいと、願う、切実な想い。それを、知った時、私は、この身の全てを、彼に、捧げようと、決めたのです」
その、真摯な告白に、アシュルは、静かに、頷いた。
「――私も、似たような、ものかもしれない」
「あなたも?」
「ああ。ルートの、抱える孤独……それは、かつて、私が、見守っていた、あの少女――リエナと、どこか、重なる部分が、あった」
アシュルは、静かに、続けた。
「だからこそ、私は、今度こそ、守り抜きたいと、思ったのだ。あの子の、笑顔を」
その言葉に、カインは、深く、頷いた。
「私たちは、根底にある、想いは、同じなのかもしれませんね」
「――そうかも、しれないな」
二体は、しばらくの間、穏やかな沈黙の中、それぞれの、想いを、静かに、噛み締めていた。
その時、ふと、カインが、口を開いた。
「――あなたと、こうして、二人きりで、静かに、話す時間。悪くないものですね」
その、素直な言葉に、アシュルは、少し、驚いたように、カインを、見つめた。
「貴様が、そんなことを、言うとはな」
「意外、でしたか?」
「――少し、な」
アシュルは、少し、照れくさそうに、視線を、逸らした。
「だが……私も、悪くないと、思っている」
その、素直な返答に、カインは、静かに、微笑んだ。
夕方、外出から戻ってきたルートが、屋敷の玄関を、くぐった。
「ただいま、二人とも」
「おかえりなさい、ルート様」
「おかえり、ルート」
二体の、いつもと変わらない出迎えに、ルートは、微笑みながら、頷いた。だが、その様子を、よく見ると、二体の間に流れる空気が、これまでとは、少し、違っているのを、ルートは、なんとなく、感じ取った。
「二人とも、なんか、今日、雰囲気、違う気がする」
その、何気ない指摘に、アシュルとカインは、それぞれ、少し、動揺したように、視線を、交わした。
「――気のせいだろう」
「ええ、特に、何も」
その、揃った返答に、ルートは、少し、不思議そうに、首を、傾げたが、それ以上は、追及しなかった。
夕食の席で、いつも通りの、賑やかな時間が、流れていく。だが、アシュルとカインの間には、これまでとは、確かに違う、静かな、しかし、確かな、変化が、芽生え始めていた。
その夜、自室に戻ったルートの元へ、いつものように、猫の姿になった、アシュルが、丸くなりに、やってきた。
「アシュル、今日、カインと、何か、あったの?」
ルートの、何気ない問いに、アシュルは、少し、驚いたように、身を、こわばらせた。
「――なぜ、そう思う」
「なんとなく、だよ。二人とも、いつもより、少し、優しい雰囲気だった気がして」
その、鋭い指摘に、アシュルは、しばらくの間、言葉を、失っていた。
「――別に、大したことは、ない。ただ、少し、話をしていただけだ」
「そっか」
ルートは、それ以上、深くは、追及せず、優しく、微笑んだ。
「二人が、仲良くなってくれてるなら、嬉しいな」
その、素直な言葉に、アシュルは、少し、複雑な、しかし、温かい気持ちで、頷いた。
「――ああ、そうだな」
窓の外、二つの月が、静かに、その夜を、照らしていた。まだ、はっきりとした、形にはなっていない、けれど、確かに、育まれ始めている、想い。それは、これから、時間をかけて、少しずつ、その姿を、明らかにしていくのだろう。
バテバテだけど頑張る




