「いつか来る日のために」
ルートとシィナが、庭で、静かな語らいを続けていた、同じ頃。
工房では、リュゼリアが、一人、黙々と、道具の手入れを、続けていた。そこへ、ふらりと、ゼクスが、顔を出した。
「リサ、まだ、仕事してたのか」
「ええ、少しね。ゼクスも、休憩?」
「ああ、まあな」
ゼクスは、工房の隅に置かれた椅子に、腰を下ろした。しばらくの間、二人の間に、穏やかな沈黙が、流れた。
「なあ、リサ」
ゼクスが、ふと、真剣な声で、切り出した。
「シィナのこと、応援してくれてるの、嬉しいけど……最近、実は、少し、悩んでることがあるんだ」
その言葉に、リュゼリアは、手を止め、真剣な表情で、ゼクスを見つめた。
「悩み? 珍しいわね、あなたが、そんな顔をするの」
「からかうなよ。……実は、シィナのこと、なんだ」
「シィナちゃんと、何か、あったの?」
「いや、そういうんじゃなくて……もっと、根本的な、話なんだ」
ゼクスは、少し、言葉を選ぶように、続けた。
「シィナは、元々、この世界の人間じゃない。俺たちと、違う世界から、来た人間なんだ」
その言葉に、リュゼリアは、少し、驚いたように、目を見開いた。
「そう……だったの。知らなかったわ」
「シィナだけじゃない。ルートも、そうだ」
その言葉に、リュゼリアの表情が、ふと、強張った。
「ルート君も……」
「ああ。だから、その……もし、いつか、二人が、元の世界に、帰らなきゃいけなくなったら……その時、俺たちは、どうすればいいんだろうって、考えちまって」
その、率直な悩みの吐露に、リュゼリアは、しばらくの間、言葉を、失っていた。
「リサ……大丈夫か?」
ゼクスの、気遣うような問いに、リュゼリアは、静かに、首を振った。
「ええ、大丈夫よ。ただ、少し……あなたと、同じことを、私も、考えていたから」
「リサも……?」
「ええ。実は、少し前から、ルート君のこと、大切に思うようになっていたの。でも、その気持ちが、深くなるほどに、不安も、大きくなっていくのを、感じていたわ」
その告白に、ゼクスは、驚いたように、リュゼリアを見つめた。
「リサが、ルートのこと……」
「ふふ、意外だった?」
「いや……なんとなく、そうかもとは、思ってたけど。それより、今の話……お前も、同じ不安を、抱えてたんだな」
ゼクスの言葉に、リュゼリアは、静かに、頷いた。
「ええ。もし、いつか、ルート君が、元の世界に、帰らなければならない日が、来るとしたら……その時、私たちの、この関係は、どうなるんだろうって」
その、切実な問いに、ゼクスも、深く、頷いた。
「俺も、同じだよ。シィナと、これから、もっと、深い関係になりたいと思うほどに……いつか来るかもしれない、別れが、怖くなる」
二人は、しばらくの間、それぞれの、抱えていた不安を、静かに、語り合った。
「でも――」
リュゼリアが、ふと、真剣な眼差しで、続けた。
「私は、思うの。たとえ、いつか、別れが来るかもしれなくても、今、この瞬間の、幸せを、諦める理由には、ならないって」
「リサ……」
「もし、ルート君が、いつか、元の世界に、帰ることになったとしても……それまでの間、私が、彼と、一緒に過ごせた時間は、決して、無駄には、ならないもの。それに――」
リュゼリアは、優しく、微笑んだ。
「もし、本当に、大切な絆なら、離れていても、きっと、繋がり続けられると、私は、信じたいの」
その、力強い言葉に、ゼクスは、静かに、頷いた。
「そうだな……リサの、言う通りだ。俺も、シィナとの時間を、これから来るかもしれない、別れを、恐れて、無駄にしたくない」
「ええ。それに、ゼクス」
「なんだ?」
「もし、本当に、その日が来たとしても……あなたには、私が、ずっと、傍にいるわ。一人には、させないから」
その、姉としての、温かい言葉に、ゼクスは、少し、照れくさそうに、しかし、確かな安心感と共に、頷いた。
「ああ、ありがとう、リサ」
二人は、しばらくの間、穏やかな沈黙の中、それぞれの想いを、静かに、噛み締めていた。
「なあ、リサ」
「なに?」
「もし、ルートたちが、いつか、元の世界に、帰ることになったとしても……俺たちは、絶対に、二人のことを、忘れない。それだけは、確かだよな」
その言葉に、リュゼリアは、深く、頷いた。
「ええ、もちろんよ。それに――」
リュゼリアは、少し、いたずらっぽく、微笑んだ。
「そう簡単には、離れさせないように、私たちも、頑張らないとね」
その、力強い決意に、ゼクスは、思わず、笑ってしまった。
「違いない」
工房に、穏やかな笑い声が、静かに、響いた。
その後、二人は、しばらくの間、他愛のない話を続けた。これまでの旅の思い出、そして、これから、どんな未来を、共に、築いていきたいか。
「そういえば」
ゼクスが、ふと、思い出したように、口を開いた。
「アシュルと、カインも、なんか、最近、様子が、変わった気がしないか?」
「ああ、私も、気づいてたわ。海底遺跡での、あの一件から、二人の距離、なんだか、近くなった気がする」
「だよな。あの二人も、もしかしたら……」
その言葉に、リュゼリアは、興味深そうに、微笑んだ。
「ふふ、それは、これからの、楽しみね」
夕暮れ時、二人は、それぞれの作業に、戻ることにした。工房を出るゼクスの背中に、リュゼリアが、優しく、声をかけた。
「ゼクス」
「ん?」
「今日、話せて、良かったわ。ありがとう」
「ああ、俺もだ。……なんか、少し、心が、軽くなった気がする」
その言葉に、リュゼリアは、優しく、微笑んだ。
夕日が、工房の窓を、静かに、染めていく。それぞれの、確かな絆と、そして、静かな葛藤を抱えながらも、屋敷には、変わらぬ、温かい日常が、続いていくのだった。




