同じ空の下で
海底遺跡から戻って数日、屋敷には、いつも通りの、穏やかな日常が、流れていた。
その日の午後、庭で洗濯物を干していたルートは、同じように、庭仕事をしていたシィナと、ふと、二人きりになった。
「シィナ、少し、休憩しない? お茶、淹れてくるよ」
「あ、はい。ありがとうございます」
ルートが淹れてきた茶を手に、二人は、庭のベンチに、並んで腰を下ろした。
「最近、色々あったね。海底遺跡に、行方不明者の救出……」
ルートの言葉に、シィナは、静かに、頷いた。
「はい。でも、無事に、救出できて、本当に良かったです」
しばらくの間、二人は、穏やかな沈黙の中、庭に咲く花々を、静かに、眺めていた。
「ねえ、シィナ」
ルートが、ふと、思い出したように、口を開いた。
「シィナも、僕と同じ、プレイヤーなんだよね」
その問いに、シィナは、少し、驚いたように、目を瞬かせた。
「はい、そうです。改めて、聞かれると、少し、不思議な感じがしますね」
「シィナは、いつから、この世界に?」
「私は……確か、ルートさんより、少し前だったと思います。魔導士として、ログインした直後、急に、視界が真っ暗になって……気がついたら、この世界の、森の中に、一人で倒れていました」
その説明に、ルートは、静かに、頷いた。
「僕たちみたいに、気づいたら、こっちの世界にいた人、他にも、いるのかな」
「分かりません……でも、行方不明になった方々の中には、きっと、私たちと同じような、経緯の方も、いるのかもしれませんね」
その言葉に、ルートは、少し、複雑な表情を浮かべた。
「シィナは、いつか、元の世界に、帰りたいと思う?」
その問いに、シィナは、しばらくの間、考え込んだ。
「正直に言うと……最初の頃は、帰りたい気持ちが、強かったです。でも、今は……」
「今は?」
「この世界で、大切な人たちに、たくさん、出会えました。ゼクスさんも、その一人です」
その言葉に、ルートは、優しく、微笑んだ。
「シィナも、ゼクスのこと、ちゃんと、意識してるんだね」
「は、はい……」
少し、頬を赤らめながら答えるシィナに、ルートは、微笑ましそうに、頷いた。
「でも、それって……」
シィナの表情に、ふと、影が差した。
「もし、私が、いつか、元の世界に、帰らなければならないとしたら……ゼクスさんとの、この関係は、どうなるんでしょうか」
その、切実な問いに、ルートは、はっと、息を呑んだ。それは、まさに、自分自身も、抱えている、葛藤と、同じものだった。
「僕も、同じこと、考えてる」
その、静かな告白に、シィナは、驚いたように、ルートを見つめた。
「ルートさんも……?」
「うん。リュゼリアさんとの、こと。もし、僕が、いつか、元の世界に、帰らなきゃいけなくなったら……その時、どうすればいいのか、正直、まだ、答えが、見つからないんだ」
その言葉に、シィナは、静かに、頷いた。
「私たちは、同じ、悩みを、抱えているんですね」
「うん。だからこそ、シィナとなら、話せる気がした」
その言葉に、シィナは、優しく、微笑んだ。
「私も、ルートさんになら、この気持ち、話せる気がしていました」
二人は、しばらくの間、それぞれの想いを、静かに、語り合った。
「でも、正直に言うと」
シィナが、ふと、口を開いた。
「今、この瞬間の、幸せを、大切にしたいという気持ちも、あるんです。いつか、来るかもしれない別れを、今から、恐れすぎて、目の前の幸せを、見失いたくないというか……」
その言葉に、ルートは、深く、共感した。
「うん、僕も、そう思う。それに――」
ルートは、真剣な眼差しで、続けた。
「もし、いつか、僕たちが、元の世界に帰らなきゃいけなくなったとしても……その時は、その時で、みんなで、一緒に、考えればいいんだと思う。一人で、抱え込む必要は、ないんだから」
その、力強い言葉に、シィナは、静かに、頷いた。
「そうですね。……ルートさんと、こうして、話せて、良かったです。少し、心が、軽くなった気がします」
「僕も。シィナが、同じ気持ちだって、分かって、心強かったよ」
二人は、互いに、微笑み合った。庭に、吹く風が、二人の髪を、優しく、揺らしていく。
「あの、これは……もし、良ければなんですけど」
シィナが、少し、遠慮がちに、続けた。
「もし、いつか、私たちが、元の世界に帰ることになったとしても……ゼクスさんや、リュゼリアさんに、この世界のこと、忘れないって、伝えられたら、いいなって、思うんです」
「うん、僕も、同じこと、思ってた」
二人の、静かな決意に、しばしの間、穏やかな沈黙が、流れた。
「ねえ、シィナ」
「はい?」
「僕たち、この世界で、たくさんの、大切なものを、見つけたよね」
「はい、本当に」
「だから、今は、その時が来るまで、目の前の幸せを、精一杯、大切にしよう。それでいいと、思う」
その言葉に、シィナは、深く、頷いた。
「はい、そうですね」
二人は、しばらくの間、穏やかな時間を、共に過ごした。庭に咲く花々が、二人を、優しく、包み込んでいた。
その様子を、家の中から、そっと見守っていたのは、アシュルだった。
「――あの二人、大切な話を、しているようだな」
その呟きに、隣にいたカインが、静かに、頷いた。
「ええ。……ルート様の、抱える葛藤。私たちも、無関係では、いられませんね」
その言葉に、アシュルは、少し、複雑な表情を浮かべた。
「もし、あの子が、いつか、本当に、この世界を、去ることになったら……」
その先の言葉を、アシュルは、あえて、口にしなかった。だが、その表情には、確かな、不安の色が、滲んでいた。
「――今は、考えないようにしましょう。今、この瞬間を、大切にすることが、私たちにできる、一番のことですから」
カインの、静かな言葉に、アシュルは、小さく、頷いた。
「そうだな。……貴様の言う通りだ」
窓の外、ルートとシィナは、まだ、穏やかな時間を、過ごし続けていた。それぞれの、静かな葛藤を抱えながらも、確かな、絆で結ばれた、かけがえのない、日常が、そこには、あったのだった。




